第7話
意識の底で、重く
「……お前が、やったのだろう……」
「……
それは、
湯気の向こうで笑っていたはずの両親の顔が、黒い霞に
「……来るな……」
「……近寄らないで……」
父と母の声が、同時に響く。しかし、その声は
「お父さん! お母さん!」
叫ぼうとするが、声は出ない。
そして、体が、徐々に変容していく。 指先が、鋭い爪へと変化する。歯は尖り、皮膚は鱗(うろこ)のように硬質化していく。全身の毛穴から、
「あああぁぁぁああああっ!!」
魂の奥底から絞り出される、純粋な悲鳴。それは、人間としての自分が、完全に失われることへの、絶望的な叫びだった。 やがて、
「……はぁ……はぁ……」
その時、急速な息切れと共に、
ゆっくりと、まぶたを開く。 まず目に入ったのは、見慣れない天井だった。木の
体は硬すぎず柔らかすぎない布団の上に横たわっていた。全身を襲う
(どこ……ここ……?)
(私……死んだはず、じゃ……?)
起き上がろうと、わずかに上半身を起こす。だが、腕から、ずきりと鈍い痛みが走った。 視線を腕へと向ける。 そこに広がっていた光景に、
腕には、真っ白い布が、ぐるぐると巻かれていた。包帯だ。その包帯の隙間から、わずかに覗く皮膚は、以前よりも白く、滑らかに見える。しかし、その手は――。
その指先には、以前の丸みのある爪ではなく、かすかに鋭く伸びた、まるで猫のような爪が、生えていた。
(ゆび……?)
悪夢の残滓が、再び脳裏をよぎる。体が、獣に変わっていく夢。 まさか……。
全身を触ってみる。 頭、顔、首、そして腕……。 どこもかしこも包帯が巻かれている。そして、体のどこからか、微かにふわふわとした感触がある。
(これは……なに……?)
髪に触れようと、そっと手を伸ばす。 指先が、頭のてっぺんに触れた瞬間、明らかに今までとは違う、硬く、それでいて柔らかい、奇妙な感触が伝わってきた。 そこには、自分のものではなかったはずの、ぴくりと動く獣の耳が、生えていたのだ。 そして、その感触を
悪夢が、現実になった。 濡羽色(ぬればいろ)だったはずの髪は、その色を失い、まるで雪のように真っ白な、白銀の髪へと変貌している。 その髪は、以前よりも長く、まるで絹糸のように、しなやかに背中に流れていた。
本来なら、この状況に、
(あ……。ゆめ、じゃなかった……)
感情が、うまく
「……目が覚めたようだな」
その時、部屋の襖(ふすま)が、音もなく開かれた。 そこに立っていたのは、私を助けてくれた、狐?の女の人だった。 黒と金を
「儂の名は
(この人が……あの時の……)
記憶の断片が、ゆっくりと繋がり始める。自分を救い、父を手にかけた妖狐。
「まあ、そうだろうな。急激な変容を遂げたばかりだ。体が馴染むまでには、まだ時間がかかる」
「お前は、
(私……
悪夢が、本当に現実になってしまった。 だが、やはり悲鳴は出ない。ただ、受け止めるしかないという、不思議な感覚がそこにあった。
「ここは、神々が住まう
「体が馴染めば、元の意識もはっきりするだろう。その時に、改めて話をしよう。今は名乗らなくてもよい」
そこに立っていたのは、金色の髪を持つ、美しい女性だった。 神々しいまでの光を放つその姿は、一目でこの場所の主と分かる。 彼女は、純白の着物の上に、素朴な割烹着(かっぽうぎ)を纏っていた。そして、その手には、湯気の立つ甘味の乗った盆を携えている。
「おお、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます