第1話 異界防衛軍
「は~、だりぃな……」
母親である知世中将の墓参りのあと、異界防衛軍本部に呼び出されたのだ。
亡くなった母の話題は、カガリには重い。
期待と好奇心を背負い続けて、十八になった。
不知火カガリ、階級は兵長。下から四番目の階級だが、今年防衛高を主席で卒業した身では、かなりの大抜擢だ。
異界防衛軍お茶の水支部、オフィリア05部隊にこの春配属されたばかり。
生島中佐は、お茶の水支部の基地司令でもある。
『ドウシタですか、カガリ。ソラとあうのヒサシブリです、うれしくないカ?』
空中を、ふわふわと浮く白いわたがしのような姿で、目鼻立ちが分からない。
敵意がないことが証明されてから、ずっと異界防衛軍の本部にいる。
「あ~ソラか。おまえ、相変わらず、体いじくられてんのか?」
『さいきん、ソウでもない。カガリはつかれテルか?』
ヴォイドフォークの中で、唯一どの星からきているのかが知られているソラは、政府によって正式名称をM1,022型異星人と名付けられている。
命名元は、ソラの主星である「月」の平均軌道速度からきていた。
Mは、moonの略称である。政府にネーミングセンスを求めても仕方あるまい。
「疲れてるっつーか、なんつーか」
『コマッテる、つーカ?』
「あ、なしなし! 今の覚えんな」
ソラはカガリが子供のときはもっと流暢にしゃべっていた。
当人の希望たってで、実験体を望んだソラは一部のパーツが欠けてカタコトになってしまった。
M1,022型異星人は、進化を諦めた種族らしい。月の環境では、遠目で文化の衰退する地球を興味深く見守ってきた。
月に着陸されたときは、話しかけようとして、会話の周波数に手間取ってタイミングを逃したらしい。
その後も、月にくる様々な地球人を観察するうちに、地球の言語を複数習得した。
それでも、M1,022型異星人たちは積極的にコンタクトを取らなかった。内部で紛争が勃発したのだ。
食べて、増えて、やることは特にない。
そんな生体のせいで、人口が飽和したのだ。
そうした内紛に飽きた集団が、ソラをメインにして地球に降り立った。
自身の体を兵器に運用させたり、
骨髄――異髄は、人類に様々な力を与えた。
魔法のようなスキル、
ソラたちは、そうして
「おまえも、因果な生き物だよな。俺はさんざん分析させられるのは飽きたよ」
「キョウも、ぶんせきカ?」
「入隊したからって名目でな。ついこないだ健康診断と称して似たようなことしたくせに」
カガリが子供のころから異界防衛軍の本部に縁があるのは、そのせいだ。
六歳の頃、学者の父と隠れ家を移動中に
その頃にはデジタル機器以外にも、敵はなにがしらの専門家の脳を狙うようになり、護送官は准将の母だった。
異髄力の優れた母は、父を食った
その際に敵の異髄と血を、同行していたカガリが直に浴びてしまい、異血覚醒という特殊な体質になってしまったのだ。
目の前で両親を殺害されたカガリは、六歳児ながら異髄力を発揮して大量の敵を殲滅する。
「やっだ~カガリじゃんよー! なにしてんのぁ?」
底抜けに明るい声がして、カガリの背中がバンと叩かれる。
それは、本来異界防衛軍の本部で聞くはずのない声だった。
「……なーんでアゲハがここにいンだよ。ってか背中いってぇし」
「こっちは、健康診断! なんだよ、もう三年くらいうちに顔出してないじゃん」
声をかけたのは、
異界防衛軍の制服に、結った髪が元気に揺れていた。
カガリは十五歳になって入寮するまで、母親の部下である久遠大尉の元で育っている。
揚羽とは幼馴染とも言えるが、揚羽からするとカガリは弟のようなものだ。
「別に用事ねーし、揚羽には関係ねーだろ」
「昔みたいに揚羽ねーちゃんって言ってみ? まー可愛げなくも同じ階級で入隊しおって」
二人の年は二歳差だ。
年頃になった揚羽の、あられもない部屋着に耐えかねて入寮したとは死んでも言えない。
異性として反応してしまうカガリの一方で、揚羽はカガリをまったく気にしていないのは、悔しいところだ。
「カガリはなんで、祭礼用の軍服着てんの?」
「生島中佐と墓参りいった、おふくろの」
揚羽の秀麗な顔が、そっと陰りを落とす。
普段では、そんな表情はとてもお目にかかれない。
「そっか……ごめん。不躾な言い方した」
「別にいいよ……。生島中佐は、少し気持ちの整理が出来たみたいだし」
あれは中佐の心の区切りだ。
カガリとしては、割り切りとはまた別の感情がある。
「じゃあ、また寮でね! 今度ケーキ奢っちゃる」
「……ケーキなんて食わねぇよ」
「なんか言った?」
「すんませんでした!」
久遠家に引き取られた当初は、よく食べていたからだろう。
だが、それも引き取られた手前、新しい扶養家族の顔色を窺っていたのだ。
可愛くない子供だった自覚はある。
本部から帰れば、カガリの所属するオフィリア部隊と揚羽の所属するローゼン部隊はお茶の水支部だ。
お互い独身寮、休憩時間が被れば食事に出ることもある。
不意に、カガリのフィーチャーフォン――通称ガラケーが鳴った。
「はい、不知火です」
「検査室が空いたので、こちらに来ていただけますか?」
「はい、了解しました」
電話を切って、カガリはため息をつく。
政府は、
今では、携帯電話を持つものは皆、ガラケーだ。
「じゃな、ソラ。またな」
遠ざかっていく揚羽を視線で追うのをやめて、カガリは検査室に向かう。
検査はたくさんの人間が立ち会う。
見世物の気分は、今でもなくならないのだった。
歩く姿はもう模範的軍人である。ソラは、カガリが見えなくなるまで同じ場所で浮遊していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます