完璧幼馴染と創る卒業式

千夏 ケイ

完璧幼馴染と創る卒業式

 卒業式。


 それは学生にとって、とても大切な式だ。今まで毎日通っていた学び舎を離れ、つるんでいた友人とも別れ、それぞれが違うステージへと進んでいく。一つの時代の区切りといってもいいだろう。


 だからこそ、失敗は許されない。終わり良ければすべてよし、ということわざがある。逆に言えば、このことわざは終わりが悪ければすべて台無しだとも読み取れる……はずだ。


 俺——北条信行——は、そんな重要な式を間近に控えている高校三年生だ。当然、卒業式の練習にも真面目に取り組んでいる——


「やっべぇ! 遅刻じゃん!」


 ——わけではなかった。


 ただ今、絶賛通学路を爆走中。別に誰かを助けていて~とかいう理由もない。昨日夜遅くまでゲームをしていただけという普通の愚かな寝坊だ。


 もしこんな俺のことを真面目と呼ぶ人がいたら、是非会わせてほしい。助けてもらいたいから。


 しかし、火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか。学校には、集合時間を少し過ぎた程度で登校することに成功した。だからといって遅刻は遅刻、致命傷には変わりないが。


 下駄箱を過ぎ、階段を駆け上り、教室に荷物を置きに行くが、誰にも会うことはなかった。みんなはもう練習が行われる体育館へ移動したみたいだ。


 覚悟していたとはいえ、その事実に頭を抱えたくなる。が、本当に抱えている暇はない。荷物を自分の席においてすぐに俺は体育館へと走り始めた。廊下は走っちゃダメ? 今だけは勘弁してくれ。


 走っている最中、どうしても頭をよぎるのが、これがどこかの教室ならどれほどマシだったかということ。


 俺の通っている新城高校の体育館は、俺たちの卒業後に建て替えの話も出ているほど古い。当然ドアの立て付けも悪く、開くたびに大きな音が鳴るのだ。


 そう、大きな音。遅刻の即バレは確定だ。しれっと混ざってやり過ごすなんてできるはずがない。つまり、学年全員の前で説教確定。


 もちろん教室でも狭さ故すぐにバレるが、クラスメイトと学年全員、どちらの前で怒られるかを比べたら圧倒的に前者だろう。最悪だ。


 なんてことを考えている内に、体育館へ着いた。着いたのはいいのだが、違和感を覚える。


 かすかにだが、みんなの話し声が聞こえてくるのだ。


 これはおかしい。今は卒業式の練習中のはず。決して放課後のおしゃべりタイムなんかじゃない。練習中にこんなに私語があるなんてありえないのだ。


 希望の光が見えてきた。もしや、という予想が頭をよぎる。なので、思い切ってドアを開けてみた。話し声が一瞬止み、みんなこちらを見てくる。恥ずかしい。


 だが、やはり予想は正しかった。先生は誰も体育館におらず、そこにいるのは俺と同じ三年生だけ。希望はやはりあったのだ。


 安堵した俺は、すぐさま生徒の集団へと駆け込む。


「ギリセーフだな」

「お前、運いいなぁ」


 友人たちが一斉に声をかけてくれる。ミスを茶化してくれるいい友達だ。すまんすまん、と謝りつつ、息を整える。全力疾走は疲れるね、やっぱり。


「ちょっとアンタ、なにやってんのよ」

「ん?」


 何度か深呼吸をして少し落ち着いた頃、声がしたので後ろを振り向くと、そこには俺の幼馴染——西村美晴——がいた。釣り目が特徴の彼女は、いつも冷静沈着で面倒見がよく、学内でも人気が高い。それでいて去年は生徒会長の職務を立派にこなすほど優秀なのだからまさに完璧な人だ。幼馴染という繋がりはあれど、遅刻するような俺とは全くもって比べ物にならない。


「まさかとは思うけど、アンタ二度寝した……?」

「……ゴメン」

「……はぁ~……」


 めっちゃくちゃ大きなため息をつかれてしまった。


「私は何のために起こしに行ったのよ、全く。こうなるんだったら、首根っこ引っ張って連れてくればよかったわ」

「睡魔には抗えないよね」

「は?」

「ごめんなさい、マジで」

「……しっかりしてよね、本当に。いくら練習だからって、気を抜いたらダメよ」

「おっしゃる通りです」


 ——ガラガラガラッ


 美晴からありがたいお話をいただいている途中、ドアの音が響いた。俺と同じ遅刻勢……ではなく、普通に先生が入ってきたようだ。


「ほら、須田先生も来たし、本番は気を付けるのよ」

「わかってるって。さすがに本番は遅刻はしない」


 美晴から注意を受け、須田先生のほうを見る。


 「遅れて申し訳ない。職員会議が長引いてね。今日が練習最終日だし、早速始めようか」

 

 そうマイクで全体に話すと、何やら資料を見始めた先生。

 学年主任である須田先生は、いつも何かしらの資料を持ち歩いている。

 本人は「大変だよ~」なんておどけて言っていたが、正直そんなレベルじゃないほど忙しそうだ。


「うん、そうだね。まずは歌の練習からしよう。この前練習した時もいい感じだったけど、もう一段レベルアップできるはずだ。それが終わったら、最後に一度、入場から通しでやろうか」


 先生の言葉を聞いた伴奏担当の生徒が体育館の壇上に置かれたピアノへと向かう。


「それじゃ、よろしくね」


 先生の声に伴奏者は頷き、ピアノを弾き始める。

 遅刻した分、120点の歌を見せよう。別に練習段階で先生を泣かせたっていいんだろ?

 やってやろうじゃないか。


 ◇   ◇   ◇


 練習が終わり、放課後。


 結局、先生は泣かなかった。まぁ、合唱は一人で同行できるものじゃないので仕方ない。悔しいのは悔しいけど。

 でも、先生を満足させられたのだから、及第点はもらっていいだろう。

 本番レベルのいい歌だった、って言っていたし。


 負け惜しみ(そもそも勝負じゃないから負けてない)をしていると、美晴が校門に寄りかかっているのを見つけた。


「おい、西村。何やってんだこんなところで」

「アンタを待っていたのよ、北条」


 まさかの俺待ちだったらしい。なんだろう、説教の続きか?


 ちなみに、俺は美晴のことを西村、と名字で呼んでいる。小さい頃は名前呼びだったが、中学の時に恥ずかしさから苗字呼びに変えてから戻すタイミングを完璧に失った。

 なんてことしているんだ、中学の俺。


 「まぁ、早く帰るわよ」


 歩き出す美晴の後ろを慌ててついていく。


 校門を出て、すぐにでも説教の続きが始まると思っていた俺だが、その予想は外れた。


(なんかずっと黙っているんですけど!)


 怖いから喋ってほしい。説教でも何でもいいから。

 そんなに怒っているのだろうか? もはや呆れてものが言えないほど?

 

 そのうえ、信号待ちの時、じっとこちらを見つめてくるので、怖さは倍増だ。


 しかし、このままというわけにもいかない。意を決して、美晴に声をかける。


「あの~、西村さん?」

「何かしら」

「今日はいったいどのようなご用件で……?」

「……」


 黙っちゃったよ。もう誓って遅刻はしないから許してほしい。


「……ゴメン——」

「ないわ」


 俺の謝罪と美晴の声が被った。最悪のタイミングだ。

 ……って、ない? 何が? 俺の謝罪の信用か?


 「用事は特にないって言ってんの!」


 美晴が少し声を張る。横顔をよく見ると、少し赤くなっている。

 つまり——


「じゃあ、とにかく一緒に帰りたかったってことでいいか?」


 ——こういうことだろう。


「……っ。そういうことでいいわよ」


 恥ずかしそうにする美晴。思わず告白してしまいたくなるほど可愛いな。

 まぁ、告白するわけにはいかないんだが。俺と美晴じゃあまりにも釣り合わない。


 とにかく、説教じゃなくて安心した。まぁ、こうやって怯えたくないからもうしないように気を付けはするけど。


「にしても、こうやって一緒に歩いていると、いろいろ思い出すな」

「そうね、アンタの家で勉強教えるためによく一緒に帰っていたわね」

「その節は大変お世話になりました」


 美晴は頭が良い。だから、その頭脳には何度もお世話になった。定期試験対策だけでなく、高校受験、そして、大学受験も。


「まぁ、私が教えたんだから、受かっているんじゃない?」

「そうだといいけどなぁ。自信はあまりない」

「何言ってんのよ。こういうのは信じるのが大事よ。人事を尽くして天命を待つって言うでしょ? 頑張ったアンタ自身を信じないと、せっかくの運が逃げちゃうわ」


 わかっている。わかってはいるけど、もしかすると、がずっと頭をよぎってしまう。


「自分を信じられないのなら、私を信じなさい」

「え?」


 俺の微妙そうな顔を見たのか、美晴が俺の前に出て言い始める。


「高校受験も滑り止めの私立大も、私が教えて合格しているじゃないの。今のところ成功率100%よ。だから、今回も大丈夫」

「西村……」


 ここまで言ってくれているんだ。不安になっている場合じゃない。


「ありがとう、元気出たよ」

「そう、それはよかったわ。じゃあ、帰るわよ」


 美晴はまた俺の隣にきて歩き始める。少し遅れて、俺も歩き始める。


 俺よりも小さな体なのに、背中は大きく見える。

 たった一歩しか離れていないはずなのに、手を伸ばしても届かないように思える。


 あぁ、俺はいつまでこの偉大な幼馴染と一緒に——


 駄目だ駄目だ。不安になっている場合じゃないって、さっき思ったばかりじゃないか。こういう時は別の話題で気を紛らわすか。


「もうすぐ卒業式だな」

「そうね。気が付けばもう明後日だもの。それで? それがどうしたの?」

「いや、最高の式にしたいよなって思ってさ」

「それは同感。でも、遅刻した人がいうセリフではないわね」


 美晴がニヤリと笑う。

 まぁ、そりゃそうだ。


「それはマジでゴメン。でも、練習は頑張ったし、家族全員泣かせるつもりで俺は挑む」

「ホント、遅刻さえしていなければ頼もしくてかっこいいんだけどね……まぁ、それもアンタのいいところかな」

「え……?」


 急に褒められ、思わず立ち止まってしまう。

 なんで褒められた? 怒られはすれど、褒められる部分は1つもなくないか?


「なにやってんの、帰るわよ!」


 混乱しているうちに、美晴は先に歩いて行っていたらしく、少し距離がある。


「ごめん、今行く!」


 慌てて返事をし、美晴の背中を追いかける。


 ◇   ◇   ◇


 その日の夜。


 俺はベッド何度もを転がる怪物となっていた。


 勉強から解放された今、ゲーム三昧できるのだが、それが原因で遅刻した今日やるのはちょっと気が引けたからだ。


 どうしよう。あまりにも暇すぎて眠気が襲ってきた。時計を見ると、まだ21時を回ったところ。高校生が寝るにはまだ早い。


 しかし、三大欲求の一角である眠気には抗えず、段々と意識がふわふわしてきた。このまま深呼吸の一つでもすれば、ぐっすり寝られるだろう。


 その時だった。目覚ましかの如く、俺のスマホが鳴り響いた。


 「うわっ!」


 ふわふわ状態だった俺は、思わず声が出てしまうほど驚いてしまった。大丈夫かな。両親に聞こえてないだろうか。ちょっと恥ずかしい。


 まぁ、今はそんなことより、だ。目の前の電話に対処しなくてはならない。誰かと思って画面を見ると、美晴の名前が表示されていた。


「なんだ、美晴か」


 美晴と電話するのは全く驚くことではない。勉強を教わっていたのもあるし、それ以外にもよく電話しているからだ。


 21時といえば、彼女は愛犬とともにランニングに出かけている時間のはず。片手にリードを持って走りながら電話する美晴の姿を想像する。……いや、それはないか。いくら何でも危なすぎる。ベンチで休憩中なのだろう。


 そんなことを思いつつ電話に出た俺の耳に入ってきたのは、散歩中などというほのぼのとした雰囲気とは程遠い、絶望感に満ちた美晴の声だった。


「学校が……体育館が、燃えてる」


 ……え?


 ◇   ◇   ◇


 美晴の話は本当だった。


 火はすぐに消し止められたものの、体育館が半焼してしまった、と先生から連絡をもらった母さんに聞いた。


 そして、卒業式は中止するということも。


 考えてみれば、当然の判断だ。これから先、大学合格した人は引っ越しの準備をしなければならない。落ちた人は落ちた人で、中期試験や後期試験の対策もある。新しい会場の準備だって難しいだろう。


 だから、卒業式は諦めるしかない。


 それが、賢い選択だろう。人も場所も都合がつかない。事情も事情だし、きっとそれが正しい。


 だが、認めたくない。馬鹿だと蔑まれてもその選択肢は選びたくない。


 だって、高校の卒業式は人生で一度しかないからだ。

 地元の仲間たちと迎える、最後の卒業式だからだ。

 卒業式というゴールテープを切らずして、新生活のスタートラインに立てないからだ。


 それに、大学受験の結果によってはこれが美晴と、大好きな幼馴染と一緒にできる最後の行事かもしれない。


 諦めなければならない。が、諦めきれない。

 俺は、みんなと卒業式を迎えたい。


 ◇   ◇   ◇


 暗い、暗い部屋の中。


 電気もつけず、私は、部屋で一人、布団をかぶって泣いていた。


 そりゃそうでしょ。ただ中止というだけでなく、燃えている体育館を見たのだから。卒業式が炎によって消されるのをこの目で見てしまったのだから。


 あれだけ燃えたら卒業式なんて無理だろう。諦めるしかない。受け入れるしかない。頭ではわかっているが、納得させようとするたび、涙があふれてくる。


 もうこのまま寝てしまおうか。寝て起きて、すべて夢だったらいいな。


 現実逃避をするため、私は瞼を閉じた——その時だった。


 ~♪


 枕元に置いていた私のスマホから聞こえるのは電話の着信音。


 電話主には悪いが、到底話をする気分になれない。明日折り返そう。そう思って、名前だけは確認しておくかと画面を見た私は——反射で電話に出てしまった。


「もしもし、西村?」

「……なによ、こんな夜中に」


 電話の相手は信行。手のかかる私の幼馴染だ。泣いているの、バレてないかな。


「……泣いているのか?」

「あのねぇ、そこは察してスルーしなさいよ」

「だって、西村が泣くのなんて幼稚園以来聞いたことなかったから」


 当然のごとく、即バレした。にしても、私を何だと思っているのだろうか。サイボーグか何かだと勘違いしているんじゃないでしょうね。私だって泣くわよ。人に見せないだけで。


「そりゃ泣きもするわ。私たちの高校生活がいきなり火に包まれて終わったのよ? 逆に、アンタはどうして泣いていないの?」

「まだ、諦めていないから。諦めたくないから」

「……え?」


 なによ、それ。もう無理に決まっているじゃない。予定通りに卒業式を開催するなんてどう考えても不可能なんだから。信行はそんなこともわからない人ではないはず。


「俺が帰りに言ったこと、覚えているか?」

「……卒業式を最高の式にしたいって話?」

「そう。そして、家族全員泣かせるつもりだとも言った」


 今日の放課後の話だ。当然覚えている。卒業式の練習最終日に遅刻する人が言っていいセリフじゃないと笑っていたが、あれは本当のことだったのか。


「だから、しよう。卒業式。俺たちで創ろう」

「創るって言ったって、どうやって……」

「校庭を借りるんだ。何も卒業式は屋内だけって決まりがあるわけじゃないしな。電子ピアノとかスピーカーとかを使えば歌も何とかなるはずだ」


 ……確かにそうだ。体育祭などで使うからスピーカー設備はあるし、電子ピアノは音楽室にあるものを持ってくればいけるかもしれない。ちゃんと考えたんだなと感じる。


 それに、せっかくここまでやる気を出しているんだ。幼馴染として協力しよう。


「わかったわ。じゃあ、私は何をすればいい?」

「て、手伝ってくれるのか? ありがとう!」

「当然よ。それに、私なら手伝ってくれると期待して電話したんじゃないの?」

「う……それはそう。じゃあ、各クラスの人と連絡とって、卒業式は明後日校庭で開催する予定って伝えてくれないか?」

「いいけど、アンタは何するの?」

「先生達と交渉して、校庭とかの使用許可をもらう」


 使用許可、か。そもそも許可がないと卒業式の開催なんて夢物語だし、大切な仕事だ。でも、それなら——


「それ、私がやるわ」

「え、なんで?」

「なんでって、私の肩書を忘れたの? 元生徒会長よ? 私が交渉したほうが上手くいくと思うわ」

「……確かに! じゃあ、俺が他の人たちに連絡するわ」

「えぇ、よろしくね」


 さて、任せてもらったはいいが、先生達との交渉か……。どうなるだろうか。ちょっとだけ不安だ。最悪、先生たち抜きで強行するのも考えておくべきだろうか。


「あ~、西村さん……?」


 と、明日の交渉に向けて気合を入れていたところ、電話越しに情けない声が聞こえた。


「もしよければ、各クラスの学級委員長のLANE、教えてくれませんか……?」


 (……もう、どっちも私がやればいいのでは?)


 心の奥底でそんなことを思ったが、それでは意味がない。


 信行のフォローをするなら、私は元生徒会長だから知っていたというだけ。きっと私の幼馴染が友人の少ないぼっちだというわけではない……多分。


 教えた後はもう夜も遅いということで、解散することになった。お互い明日やることあるし、夜更かしはできない。


 ◇   ◇   ◇


 翌朝。学校のホームページを見ると、臨時休校の知らせが出ていた。校舎自体に被害はないとはいえ、消防の現場検証があるし当然だ。


 しかし、先生が不在というわけではないらしい。職員室に電話をかけて須田先生にアポを取った私は、学校へ向かうことにした。


 道中、信行からLANEが来て、まだ全員の確認は取れていないものの、みんな参加に前向きだそうだ。その期待に応えられるよう、頑張らないと。


 中止した卒業式の開催。恐らくすんなりOKが出ることはないと思う。さて、どうやって攻めようか。頭の中でシミュレーションしながら、私は学校へと歩いていく。


 ◇   ◇   ◇


 美晴のやつ、ビックリするかな。


 俺は今、学校の職員室前にいる。一旦先生との交渉は美晴に任せたものの、やはり言い出しっぺが不在じゃダメだと思い、一緒に交渉するために美晴を待っているのだ。


 (美晴~、早く来てくれ~……!)


 臨時休校ということで先生の数は少ない。ただ、見つかれば普通に不審がられてしまうだろう。さすがに不審者扱いされるまではいかないと思うが、変なリスクはないほうがいい。


 コツコツコツ……


 早く来て、という念が通じたかのように、階段を上がる音が聞こえる。美晴からのメッセージで学校についたことはもうわかっている。つまりこれは——


「えっ!? なんでアンタがここにいるのよ!」


 ——美晴で間違いない。


「どう? ビックリした?」

「そりゃするでしょ! なんでここにいるの?」

「よっしゃ、ドッキリ大成功~!」

「大成功~じゃないって。なんでここにいるのよ」

「あれ、なんでここにいるのよしか言わなくなっちゃった」

「アンタが答えないからでしょうが」


 そりゃそうだ。わかってはいたが、美晴はドッキリとかでで誤魔化されてくれる人じゃない。恥ずかしいが説明するしかないな。

 

「言い出しっぺがいないのはダメかなって。それに、ちゃんと交渉もしなきゃ俺たちが創ったとは言えないよなって思って来てみた」

「……そっか」


 ふぅ、と、美晴がため息をつく。


「やっぱり、本気のアンタはカッコいいわ」

「……え?」

「なんでもないわ」


 幻聴か? 今、カッコいいって言われなかった?


「いや、でも」

「そんなことより、ね?」


 美晴が戸惑う俺の手を取る。


「アンタが来てくれて、私は嬉しい。それじゃ、行きましょ?」


 手をつないだという事実を理解する間もなく、美晴の手が離れていく。しかし、フリーズしている暇はない。俺は美晴に続いて職員室へ入っていった。


 ◇   ◇   ◇


 現在、俺たちは職員室で難しい顔をした須田先生と話している。


「お願いします先生。卒業式の中止、考え直してくれませんか?」

「俺からもお願いします。今しかないんです」

「それは十分わかっているし、こちらとしてもやりたいんだけどね……あの体育館の惨状を見ると無理だとしか言えんよ」


 須田先生がスマホを操作し、写真を見せてくれた。それは、上部がひどく焼けた体育館だった。


「この惨状を見てくれ。こんなところで卒業式をするなんてさすがに危険すぎる。消防士さんの話では崩れてくる可能性だってあるそうだ」


 確かに。誰がどう見たってこんな体育館で卒業式なんてできない。しかし、そんなことは最初から分かっている。

 

「体育館じゃなくてもいいんです」

「北条、どういうことだ?」

「そうですね、昨日北条君が考えた案なんですけど、校庭で卒業式を行うというのはどうでしょうか」


 俺に代わって、美晴が説明してくれる。

 

「体育倉庫は燃えていません。そこに保管されている体育祭用の音響設備は使えるはずです」

「それはそうだが……うーん……」


 先生がブツブツと何か言いながらデスクから資料を取り出して見始めた。……これは厳しいか?


「……一度、校長先生と相談してみようか」

「「本当ですか!?」」

「こんな時に嘘はつかんよ。先生だってみんなとの思い出がある。ちゃんと卒業式をして送り出したいさ。校長先生も中止の判断はそうとう悩んでおられたし、実現可能な案があれば多分OKは出ると思う」


 校長先生……今まで話長すぎとか思っててごめんなさい。

 

「それじゃ、善は急げだ。校長先生に話してくるよ」


 先生が職員室から出ていく。どうなるかと思ったものの、案外あっけなく俺たちの交渉は終わった。やっぱり、俺はいらなかったな。全部美晴が交渉してくれた。


 その後、帰宅した俺に届いたのは、卒業式開催の連絡だった。


 諦めなくてよかった。後は明日、卒業式本番を迎えるだけだ。楽しみで仕方ない。


 ◇   ◇   ◇


 卒業式当日。俺は遅刻どころか予定より早く学校に来ていた。


 それもそのはず、機材や椅子等の準備をしなければならなかったからだ。


「そっち椅子足りてる~?」

「コードリール持ってきて~」

「電子ピアノ通りま~す!」

「保護者の皆さん、こちらの席からどうぞ座っていってくださ~い」

 

 卒業生全員がお互いに声をかけつつ、会場の設営を進めていく。その根底にあるのは、卒業式がしたいという願いだけ。しかし、そのたった1つの願いが俺たちを1つにしたのだ。


 だからだろうか。会場設営は短時間で終わり、すぐにでも卒業式を始められる体制が整った。卒業生は全員出席。保護者や先生方もたくさんいる。雲一つない青空で燦々と降り注ぐ春の陽光が祝福する、最高の旅立ち日和だ。


 そんなことを考えているうちに、卒業式が始まった。今まで退屈だった校長先生の話も、これが最後だと思うとどこか寂しく思えた。


 そして、卒業生の歌が始まる。高校生活最後の、いや、卒業生全員でできる最後の活動だ。将来、同窓会などがあっても来られない人だっているだろうし。そう思うと、より一層気合が入った。


 俺たちは歌う。これまでの高校生活を思い浮かべながら。辛いこともあったけど、楽しかったよね、と。

 俺たちは歌う。支えてくれた親や先生に感謝しながら。ここまで無事に成長できたのは、大人たちの助力があってこそだ、と。

 俺たちは歌う。卒業式ができた喜びを胸に抱きながら。来賓もいなければ、在校生の送辞もない。最低限の規模だけど諦めなくてよかった、と。


 様々な想いを込めた歌が終わる。そして、それは俺たちの高校三年間が、俺たちの手で創り上げた卒業式が終わりを告げたことを意味する。


 一筋の涙が頬をつたって落ちる。気が付かないうちに泣いていたようだ。見回すと、かなりの人が俺と同じように泣いている。……保護者全員、泣かせられたかな。結果はわからないが、俺たちは全力でやり切った。満足だ。


 ◇   ◇   ◇


 卒業式からの帰り道。俺の半歩前には美晴がいる。一緒に帰ること自体はそこまで珍しくないが、これが最後だと思うとやはり寂しい。


 「……企画してくれて、ありがとうね」


 今まで静かだった美晴から唐突に感謝される。


「体育館が火事になった日、アンタが電話をくれなきゃ今頃一人で部屋に閉じこもっていたかもしれない」


 あの美晴が? 全く想像つかない。

 急な告白に戸惑っていると、美晴が急に止まった。慌てて俺も美晴の隣で止まる。


「アンタは私のこと完璧超人と思っているかもしれないけど、そんなことないの。私はただ完璧を目指しているだけの普通の人間。そんな凄い人じゃない」

「いや、そんなこと——」

「あるわ。現に私、あの時電話で泣いていたでしょ? 相手がアンタとはいえ、電話中に」


 ……確かに。


「でね、これからもそういうことがあると思うの。私が完璧になり切れない瞬間が」


 美晴がこちらに手を差し出す。


「そんな時、またアンタの——信之の力を貸してほしい」

「美晴……」


 好きな女の子からこんなことを言われて断ることはできない。それに、美晴から必要とされている。その事実は飛び上がるほど嬉しい。拒否なんてありえない。俺は美晴の手を取り、握った。美晴も握り返してくる。こうして手をつなぐのはいつぶりだろうか。


「頼りにしてるわよ」


 美晴と一緒に再び俺は歩き出す。もう後ろを歩く必要はない。並んで俺たちは歩いていく。美晴の期待に応えられるよう、頑張ろう。


「あ、ちなみに」

「え?」

「信之からの告白、いつでも待ってるから。卒業式も諦めなかったんだし、私のことも勝手に諦めないでよね」


 ……頑張ろう。

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完璧幼馴染と創る卒業式 千夏 ケイ @Chinatsu_Kei

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