冬の日差し

染島霞

 

 切り捨てるように別れてから二週間が経とうとしていた。あの日返してもらった黒のアウター。それを紙袋の中から引っ張り出してから、ばさっと一払いして袖を通してみた。何か今までとは違う違和感を感じてしまった。それは彼女の家の匂いとも言うべき代物だった。ほのかに彼女の家の柔軟剤の香りが残っているのだ。焚き火を終わらせる前の残り火かと思った。

 少しやるせない気分になったのでコンビニへふらふら行きハイライトとホットコーヒーを買った。それから私は自分のこの無意識下の自然な行動が意味を帯びていたことに気づかされた。黒のアウターに煙草の匂いとコーヒーの匂いが染み込みあの頃の匂いが鮮明に再現されてしまったのだ。自分は大海に漂う流木のようなものであると信じていたが実際は無意識にしっかりとカヤックで目的を持って渡っている自我のある人間であったのだ。残酷なことに気づかされたのは目的地に辿り着いた時だった。漂流者でなくなったとはいえ気持ちはさすらい人のままなのでふらふらと家を目指す。十二月一日午後三時半。彼はそれはそれは小さな絶望を見出していた。冬なのにも関わらず肌寒さがなくむしろポカポカとした陽気さえあり、日差しが優しく温かい顔でこちらを見つめていたからだ。


・・・あぁ、そうか。俺は自分を呪い続ける人間だったのか。そしてそれでこそ事故証明ができるのだ。今は何人の助言や励ましも耳にはいらねぇ。強がり自惚れることで自我を保ってきた。しかしなんだ今日の天気は。やめてくれ。俺を全否定している用ではないか。無常だと思っていた世に意味を付与しないでれ。

 彼は目頭が熱くなる感覚を覚えた。それは数年ぶりに流した矛盾と戦う綻びの結晶だった。

  

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冬の日差し 染島霞 @rambow

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