代理戦争
燈栄二
代理戦争
「久しいな」
森の中、火を囲んだ反対側。男と同じ鎧に身を包んだ彼女はそう言う。冷たく、なめらかな声は最後に会った時から変わっていない。
「まさか君も戦いに参加しているとは思わなかったよ」
僕は正直な感想を述べつつ、彼女の方へ視線を向ける。利き手側には長弓。アキテーヌ公側の兵士の武器だ。連射性に優れ、カペー伯側の軍勢を圧倒している。しかし、戦況はこちら側に向いているのは確かな筈だ。
「まさか王太子様が戦死するとはね。そちらの陣営も大変じゃないか」
そう話を続ける僕へと、彼女は冷たくこちらに視線を向ける。忠誠心なんて無いだろうに、敵意だけは有り余っているようだ。
「戦死か……そんな噂も聞いたが、本当だかな。確かに、後継者ならあの男だと思っていたよ。まあ仕方がないさ。かつてマケドニアに勇敢にも反旗を翻したアギス王が、死んだことは、覚えているだろう」
あれから随分と経ったな、と彼女は最後に付け加える。確かに、ペロポネソスで彼女の故郷と覇権を争い、マケドニアの台頭から逃げ、ローマの支配下になった故郷を遠くから見つめ、ローマの混乱期を逃げ延び、今ではかつてアウレリアーヌムと呼ばれた地で隠れて再会している。
よくよく考えてみると、あれからそろそろ千年以上たっているのか。
「君はコンスタンティノープルに逃げたと聞いていたから、こんなところにいるなんて思わなかったよ。君みたいに聡明な女が、どうしてこんな戦場に? スパルティアタイの血でも騒ぐのかい?」
「殺したい奴がいる、からだ」
殺したい、それが今の自分たちにとってはどれほど意味のない言葉なのかは、賢い彼女は分かっている。永遠の命、致命傷からでも起き上がれる肉体。どれほど痛めつけても、必ず明日はやってくる。それでも殺したいなんて言葉が出るのは、彼女の絶えることのない執念からに違いない。
「まだ恨んでいるんだね。もう故郷も守るものも、僕らには残っていないのにさ」
彼女は短く切っている前髪を横に流す。初めて見た日には腰の長さまであった髪も、今では男と同じように刈られている。
「お前も殺したい。けれど今は、もっと殺したい女がいる。戦場で女が立つなんて認めない、あいつに殺される奴は作りたくない。この国の人間が言う神に愛されるなんてありえない」
「ああ、聖女様か。僕もまだ話したことは無いけれど、オルレアンを解放することに成功したらしいね。面白いよ、まさにフランスの為に神がお送りくださった奇跡みたいでさ」
僕は首にかけている十字架を取り出す。これに祈れば救われるらしい。ローマにいたころ、そしてフランク人と行動を共にしていた時に知った考え方だ。そんな僕に対して、彼女は側に置いていた弓を握る。
「まだそんなものを信じているのだな。この世界に神なんていない。私たちは永遠の命を得たが、骨なんて美味しくないし、神々の一員になったわけでもない。それに神を信じたところで何になる? 死後、永遠の楽園で暮らすのがそんなに楽しみか」
風が吹き、焚火の炎が歪む。その奥では、彼女が歯を食いしばってこちらを睨みつけている。もっと若い頃なら、とっくに殺しあっていたに違いない。
「まあ、人間に戻れるなんて甘い考えはしていないよ。けど、僕も生き残るために沢山の人を殺し、生まれ育った場所だって捨てて生き残ることを選んだ。そんな僕の生を許してほしい、そんな風に思ったんだ。
別に永遠の楽園なんて要らない、ただ、もしも本当に神様なんてものがいるんだったとしたら、人間を辞めてしまった僕がどう生きているのか、見ていてほしいと思ってしまったんだ」
君は現実主義だから分からないだろうね、そう彼女を見つめ返す。混血児の僕とは違って純粋なドーリア人。暗い髪と目が赤く照らされる中、彼女はため息をついて立ち上がる。
「救われると良いな。せいぜいこの世界が終わる時には。久しぶりに話せてよかったよ。だが、戦場で相まみえた日には殺す。首を洗って待っていろよ」
「僕も……君と殺しあうことを楽しみにしているよ」
用意しておいた土をかけ、火を消すと彼女の姿も暗闇に消える。僕はクロスボウを持つと、野営地に歩き出した。
代理戦争 燈栄二 @EIji_Tou
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