「わたし」の『365日のシンプルライフ』

結城きょう

プロローグ ①

 おもしろかった。

 その一言に尽きる。

 読書のお供にと思い淹れた紅茶はもう完全に冷めていたけれど、その経過した時間すら愛おしい。

 友人やSNSを前にしたらこの本の魅力を言葉を尽くして語りたくなるのだろうけれど、今はただこの満たされた気持ちに浸っていたい。


 少し冷たい風がカーテンを揺らし、部屋の中に入ってきた。それを思いっきり吸い込んで、これまで座っていた座布団を飛び出してばたっと仰向けになった。窓から入る秋らしい柔らかな日差しが顔に当たる。猫になったような気がして手足を思いっきり伸ばした。数秒伸びて、脱力。


 発売を待ち望んでいた小説を読み終えた。そしてそれは期待通りおもしろかった。その満足感を胸に、平日の昼間から秋の風と日差しを浴びて寝転がる。これまでも誰に禁止された訳でもなかったはずなのだけれど、こんな自由で満足度の高い生活を罪悪感なく自分で自分に許せるところまでわたしはたどり着いた。


 座りっぱなしで凝り固まった身体を動かすため、むくりと上体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。視界に入るモノはほとんどなく、あるものは自分のお気に入りのモノたちばかり。


 読書に集中するために閉めきっていた自室の扉を開け、家の中をぐるりと見まわす。うちのもう一つの洋室である彼の部屋の扉は開いていた。

「終わりました」

 彼の部屋を覗き込んで一声かける。

「おもしろかった?」

「うん、大満足」

 よかったね、と彼はにっこりしながら返事をくれた。

 わたしは、今日みたいにどうしても集中して読みたい本があるときには、何にも邪魔されないために閉め切った自室に籠る。同居人の彼には「火事以外は出てくるまで声をかけるな」と言っている。


 平日だろうと、昼間だろうと、自分がやりたいことを最優先でやる。

 自分がいたい人と一緒にいる。

 それを自分に徐々に許し始めたときから、少しずつ、少しずつ、生活が変わってきた、気がする。


  毎日が充実して、毎日が楽しくて。

  しんどいなと思うことももちろんあるけれど、それはわたしが望んだことだから「楽しい」のうちに入れておきたい。


 こう思える生活ができるようになったのは、長い長いあの一日の、おかげ。

 わたしはいつか、この日のことを誰かに語る日が来る気がしている。

 

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