銀河最強の厄災竜(フィアンセ)が、俺の部屋で「人間社会、チョロすぎw」とくつろいでいる件

秦江湖

第1話 空から降ってきたのは、俺の(自称)フィアンセでした

世界が壊れる音というのは、案外、マヌケな音がするらしい。


 たとえば、そう。  賞味期限切れのコンビニ弁当を温めすぎて、容器が「ボンッ」と爆発したような。  そんな音が、俺の頭上で響いた。


「…………は?」


俺こと、九条(くじょう)湊(みなと)は、箸を持ったまま硬直した。  


場所は都内郊外。父が35年ローンを組み、血と汗と涙の結晶として建てた念願のマイホーム。  


時刻は午後九時。家族揃った食事の後に、タブレットで動画を観ていた。  


その平穏(ルーティン)は、たった今、物理的に粉砕された。




 ――ズガァアアアアアアンッ!!



二度目の音は、洒落にならなかった。  


天井が抜けた。  


比喩ではない。俺の部屋の天井板が、石膏ボードと断熱材を巻き散らしながら、粉々に砕け散ったのだ。


 舞い上がる粉塵。  動画を流していたタブレットが、砂嵐(ノイズ)のような不快な音を立てて消える。  いや、タブレットだけじゃない。


 視界が、おかしい。


 部屋の空気が、紫と極彩色のネオンカラーに明滅している。  


重力がバグったのか、飲みかけのペットボトルの水が、アメーバのように宙に浮いている。  


まるで、3Dゲームのテクスチャが読み込みエラーを起こしたような、不気味で美しい光景。


「……なんだこれ」


「――ようやく見つけたぞ」


 その声は、頭上から降ってきた。  


鈴を転がしたような美声なのに、鼓膜ではなく脳髄を直接揺さぶるような、絶対的な響き。


 俺は、壊れた天井を見上げた。  そこに、『災害』が浮いていた。


 重力を無視して空中にあぐらをかいているのは、一人の少女だった。  


年齢は俺と同じくらいだろうか。  


だが、その造形(スペック)は、人類の平均値をあざ笑うかのように完璧だった。


月光を織り込んだような、透き通る銀髪。  


平凡な子供部屋には似つかわしくない、陶磁器のように白い肌。  そして何より――彼女の側頭部からは、ネオンカラーに発光する『黒い角』が生え、腰からはしなやかな『尻尾』が伸びていた。



 コスプレ? いや、違う。  あの角と尻尾からは、部屋の空間を歪ませている「何か」が放出されている。


本能が警鐘を鳴らしていた。  アレは、人間じゃない。関わってはいけない、上位捕食者だ。


 少女は、燃えるような紅い瞳で俺を見下ろし、不敵に笑った。


「手間を取らせてくれたな、我がつがいよ」


「……つがい?」


聞き慣れない単語に、俺は呆然と聞き返す。  彼女はふわりと床に着地した。  


それだけで、震度3くらいの揺れが起きる。  


彼女は俺の目の前まで歩み寄ると、スッと顔を近づけ――整いすぎた顔立ちで、傲慢に告げた。


「そうだ。私は銀河帝国第一皇女、リュミエ・ドラグノフ」


「……」


「光栄に思うがいい。貴様は、この私に見初められたのだ」


 彼女が俺の胸に人差し指を突きつける。  その指先から、バチバチと紫色の火花が散った。


「さあ、喜べ! そして跪け! 今日から貴様は私の夫となり、この星を征服するための礎となるのだ!」


ドタドタと階段を駆け上がってくる両親。


ドアを開けた瞬間、父(45歳)はリュミエの美貌……ではなく、天井の大穴を見て膝から崩れ落ちる。



「あぁあッ!! 俺のマイホーム!! まだ三年しか払ってないのに!! 断熱材が! 特注の断熱材がァアア!!」


「なんだこの騒がしい下等生物は」


一方で、母(42歳)は瓦礫の中で浮いている「角の生えた美少女」を見ても、ニコニコしている。


「あらあら、まあまあ。湊、お友達? ……にしては派手な入り方ねぇ」


「母さん、とりあえず父さんを介抱して。あと、警察は呼ばないで。ややこしくなる」


「わかったわ~。ちょうど夕飯作りすぎちゃったから、この子も食べていく?」



「……な、なんだこの一族は。私が怖くないのか? 私は銀河を統べる……」


「はいはい、銀河銀河。お腹空いてるんでしょ? 手、洗ってらっしゃい」


「……は、はい」

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