第5話 屋根裏の散歩者編

 複合型ショッピングセンター『アピア』の屋上駐車場に僕はいた。

 向かいには総合文化センター『しまんとぴあ』がある。

 しまんとぴあは建造されて間もないが、既に雨漏りに困っていた。

「手抜き工事か」

 僕は呟く。辺りに車はあるが人はいない。青空が遠くの山まで広がっている。

「雨漏りといえばね」

 隣に恋人(と思っている)紅子さんが立った。

「部室がある旧校舎の女子トイレ、雨漏りしてる」

「えぇ!? そんなのダメだよ」

 僕はつい大袈裟に反応した。そうじゃないとつまらないヤツと思われそうだった、のかもしれない。

「旧校舎は二階までしかないから。雨がもろに来るの。しかも個室の真上。首筋に水滴が落ちてきて驚いた」

「治してもらえないのかな」

「今さら旧校舎の修繕なんて、してくれないと思うな」

 そこで僕はひらめいた。

「一条さん! あの人、日曜大工する人だから、ふさいでくれるかも」

「日曜大工て。趣味?」

 紅子さんは表情が乏しい。

 とにもかくにも僕らは部室に行ってみた。

 一条さんは椅子に身を預けてグーグー寝ていた。

 彼のゴルゴ13アイマスクをはぎとってやる。

「まぶしっ」

 と一条さんは目をすがめて身を起こす。

「なんだよ。せっかく石のお金で骨付き肉を買うところだったのに」

「原始時代に石のお金なんてありません」

「夢占いにものってなさそうね」

 一条さんは両手を上げて大あくびをした。

「というか一条さん、受験勉強してるんですか」

「さっきまでやってた。で? ご用はなあに?」

 紅子さんが説明した。すると一条さん、面倒くさそうな顔を隠しもしない。

「別に困らないだろう。個室は三つあるんだから」

「いえ、ここ旧校舎はゲーム研究部も使っています」

「男子しかいないじゃないか、あそこ」

「女子が入ったそうです。目的はあなた」

 紅子さんが指を突きつける。

「一条さん目当てです」

「ほーう」

 一条さんはまんざらでもない顔をした。

「つまり僕と廊下ですれ違ったりしなかったりしたいわけだというのだね」

 確かに一条さん、顔は整っているのだ。しゃべらなければイケメンなのだ。

「早い話がそうです。雨漏り問題を解決したら、白ひょうたんなイメージが打って変わって、『いざというとき、できる男』というイメージになりますよ。そしてモテモテになるのです」

 一条さん、照れ臭そうになる。

「いやあ、それほどでもあることを証明しなくてはね。行ってみようか」

 そんなわけで女子トイレに向かった。ドアノブに紅子さんが『清掃中』の札をかける。

 問題の個室の天井は、確かに墨汁のように滲んでいた。

「まず、脚立。便器の蓋を足場にすると割れてしまうかもしれない」

 階段下の用具室から脚立を持ってきた。

 一条さんはそれを足場にして天井をあらためる。

「あー。なんだこれ。小さい穴が空いてる」

「穴ですか」

 と紅子さん。

「錐で空けたような、ごく小さな円い穴だ。僕たちの部室が入る前から空いてたようだね。だから雨の染みで見えなかったんだ」

 つまりずっと前から雨漏りしていたのだ。

「とりあえず板でーーん?」

「どうしたんですか」

「これはカメラのレンズだな」

「え?」

 と紅子さん。僕も意表を突かれる。

「そんな、天井から覗いているんですか」

 一条さんは天井の穴をコツコツつついた。

「カメラが仕掛けられてる」

 僕と紅子さんはひとしきり動揺の声を交わした。

「誰が仕掛けたやら、今も動いているのか、さっぱりわからない。とりあえず板でふさごう」

「板なんてどこから」

「あったじゃないか島くん。アレが」

 その後、雨漏りは解消した。

 ある日、海老沢がたかたか走ってきて部室の戸を開けた。

「あの個室のアレ、なんなんですか」

 今、雨漏りは小さな板でふさがれている。

 板には『清掃中』と書かれてある。

 個室に座って天井を見上げると、そこはいつでも『清掃中』である。


屋根裏の散歩者編 終

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