優しくなれたら
古井都
優しくない僕は今日もまた
8月の終わり、夏休みが明けてすぐの頃にクラスメイトが死んだ。
下校中の交通事故だったそうだ。
轢かれそうになっていた男の子を助けて命を落としたらしい。
彼とはクラスメイトだったけれど、僕は話をあまりしたことがなかった。
だから死んだと、聞かされたときも実感がわかなかった。
身近に起きたことなのに、まるで遠い街の知らない誰かの事のように感じた。
けれど皆は違ったらしい。
先生からホームルームで話を聞かされてクラスの皆は泣いていた。
先生も、つられて泣いていた。
ある人は顔をうつ伏せにして、ある人は大きな声を出して、ある人はティッシュで鼻をかみながら、皆、みんな泣いていた。
そんな光景を僕はただ見つめていることしかできなかった。
(あぁ、またか)
湧き上がってきたのは涙じゃなくて、こんなときですらどこか現実が他人事に思えてしまう自分自身への嫌悪感だった。
ああやって涙を流すことが当たり前の、普通の反応なんだろう。
どうして、どうして僕には出来ないんだろうか。
きっと、善い人間じゃないからだ。
昔の僕は、よく「優しい」と言われた。
嬉しくも、同時に恥ずかしくもあった。
君は「善い人」だと言われた気がして。
けれど、きっとそれは間違いだったのだろう。
もしくは僕が変わってしまったのだ。
本当に「善い人」なら、大切な、祖母の最後に涙を流しただろう。
優しくて、なんでも買ってくれた祖母。
動かしにくくなった足を引きずって遠くの街からよく遊びに来てくれた祖母。
そんな祖母の手を引いて歩く僕を、「優しい」と言ってくれた。
そんな人の死ですら、涙を流すことが僕には出来なかった。
冷たく保存された祖母の手を握ったときも。
棺の中に入れられた祖母を
お経が読まれているときも。
火葬場で、最後の対面をしたときも。
僕の瞳は乾いたままだった。
何を思っていたのか、考えていたのか、それすら思い出せない。
ただ、
あの時、どうして涙が出てこなかったのか、ずっと考え続けている。
答えはまだ、出ないけれど。
答えの出ないまま、涙一つも流せないまま、祖母の墓参りに行くことは、僕にはどうしても出来なくて、あの日から祖母には会えないままでいる。
あの日、あの時から僕の時間は動かないまま。
祖母の死に涙しなかった過去の僕を今の僕が
優しくなれたら 古井都 @huruimiyako-180419
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