怠け者、異世界で努力家になる。

佐東

プロローグ

「ぐッぅ……!」


 俺、野茂尚武のもしょうぶは一人きりの部屋で、その生涯を終えようとしていた。


 日頃の不摂生が祟ったのだろう。深夜、バラエティ番組を流しながら横になり、うつらうつら微睡んでいると、経験のない激痛が胸を襲ったのだ。


「痛ッ……なん……だ……死ぬ……?」


 締め付けられるような痛みの中、出生から三十二年間の記憶が走馬灯のように駆け巡る。


 恵まれた人生だったと思う。両親は愛情を注いでくれた、将来に沢山の選択肢を与えてくれたのだ。


 それなのに……限られた時を怠惰に過ごし、大した努力もしなかった。休日は動画を見ながらゲームで遊び、貴重な余暇を潰すだけ。


 まだ若いと自分に言い聞かせて恋人を作ろうともせず、勉強もせず……ただ無意に時間を浪費していた。


 


「嫌……だ……」


 朦朧とする意識の中で、慚愧ざんきの念に駆られる。


 ――もしも奇跡的に助かったら……もしも次があれば。


 今度は誰よりも努力すると心に誓い、無念の中でその時を迎えた。


 俺が最期さいごに聞いたのは、テレビから流れる大ヒットゲームのCM。


「プレイスタイルは自由自在、貴方だけの人生を!」


 そんなフレーズを耳にして、野茂尚武のもしょうぶの人生は幕を下ろした。


 次に得た感覚は、寒さと息苦しさ。


 というか……息を吸えない!? 気管に何か詰まっていて呼吸が出来ない!


 必死に吐き出そうとしても上手くいかず、徐々に苦しさが増していく。


 パニックで頭が真っ白になり、手足をばたつかせていると、両足を掴まれて上下逆さに持ち上げられた!


「ホラ、吐き出すんだよ」


 そのまま湯切りでもするかのように振られる。その衝撃で、気管の異物を吐き出すことが出来た。


「ゴホッ」


 謎の液体を吐き出した直後、大きく息を吸う。


「スーー」


 冷たい空気が肺を満たし、苦しさから解放される。


「――よし、もう大丈夫だ」

「ハーー、スー、ハー、スー、ハー」


 呼吸が安定したところで、一安心だ。


 余裕が生まれ周囲を確認しようとするが、首がうまく回らない。そもそも視界がボヤけて白黒に見えている。


 ――どうなってるんだ? 自身の状態に戸惑いを覚え、不安が押し寄せて来た。


 先程感じた激しい胸の痛み……命は助かったみたいだけど、現状はその後遺症なのかな? 今居るのは俺の部屋ではないけど……病院だろうか。そもそも、部屋で横になっていた俺はどうやって発見されたんだ?


 不安に押しつぶされぬよう、勤めて冷静に思案しようとする。


 そんな最中、俺を抱えていた老婆が、部屋の中にいた別の人物へ声をかけた。


「ほら、男の子だよ」


「ありがとう、ヘル婆。よしよし、体拭こうねー」


「本当に助かったよヘル婆。イリナは休んだ方が……」


 別の女性に手渡された俺だが、それどころではない。


 次々と浮かび上がていた疑問が、彼らの会話を聞いたことで立ち所に氷解した。


「私は大丈夫。それより男の子よ? 名前はニルスに決定ね」


「ああ。明日、司祭様にお越しいただいてしよう」


 これって――――


「そうね。それにしても本当に可愛いわ。どんな子に育つのかしら」


「俺とイリナの子だ。きっと強くて賢い子に育つさ」


 ――――異世界転生ってやつじゃないか?


「はぁ……何をイチャイチャと……三十分もしたら初乳を飲ませるんだよ。エドガー、イリナには栄養のある食事を摂らせておやり。その子の乳で赤子も育つんだからね」


 会話の内容を聞く限り、本当に赤ちゃんとして生まれ変わっているようだ。


 というか彼ら、日本語を話しているのか?


「分かった。明日は畑の世話が終わったら森へ入るよ。秋だし食べ物も豊富なはずだ」


 父親のエドガーさんは農家みたいだな。異世界で農家をしてスローライフ。憧れがないと言えば嘘になる。


「あら、危ないわよ。この子が大きくなる前に何かあったら困るのよ?」


「大丈夫だ。これでも元Dランクの冒険者だぞ?」


 それは凄いのだろうか? 全く知識が無いので分からない。


「もう、本当に無茶しないでね?」

「勿論だ。二人を残したりはしないよ」


 しかし俺は、互いを思いやる幸せそうな彼ら見て思った。

 

 運よく与えられた二度目の人生で、何かを残したい。それが家族でも名前功績でも良い。


 何も残せず、一人で終わる人生なんて二度と御免だ!


 今日から俺は努力チートだ! 誰よりも努力して、誰よりも多くのモノを残して、誰よりも幸せになってみせる!


 ――そんな決意から三十分経ち、イリナさんからお乳を頂いた。


 本当に申し訳ないが、仕方ないのだ。俺だって望んで飲んでいるわけではない、バブってるのだ。


 離乳食が始まる五ヶ月くらいの間、お世話になりますが。

 必ずこの御恩はお返しますので、しばらくの間よろしくお願いします。


「あぶぶああぶぶあぶあぶ」


 よろしくお願いしますも言えませんが、誠意はあります。

 あ、ゲップまでさせていただいて。ほんと、すみません。


 ――その後、空腹が満たされた俺は睡魔に襲われ、異世界転生一日目を終えた。


 あれから冬を超え、春を迎えて。異世界に転生してから約六ヶ月、バブってオギャってう◯ちを漏らし続ける半年だった。


 一月も経つと羞恥心は鳴りを潜め、今では一丁前の赤ちゃんとして過ごしている。


「あらニルス、上手に食べられたねー」

「ばぶあー」


 エドガーさんから受け継いだ黒髪黒眼、イリナさん似の柳眉にシャープな鼻筋をした俺は今、離乳食を完食したところだ。


 因みにイリナさんの髪色はピンク。村民もカラフルだった。この世界の人々は、どのような理由があって多色に進化したんだろうな? 不思議。


 それはさておき、卒乳するまでの間に沢山のことが分かったので、軽く纏めようと思う。


 まずこの世界だが、今わの際にCMが流れていたLife Fantasyというゲームに瓜二つの世界だった。エドガーさんとイリナさんの口から出た名前や単語から考えても、ほぼ間違いないだろう。


 因みに俺はストーリークリア済みだ。ここもゲームクリア後の世界らしく、半年前には勇者が魔王を倒して王都へ凱旋したらしい。


「お口の周り、フキフキしましょうねー?」

「あぃ」


 次に我が家、スヴァルド家の事だが……結論から言えば、貧乏である。隙間風とか凄い。


 そもそも住んでいる村自体、人口五十人にも満たない寒村なのだが、その中でも下から数えた方が早い貧乏さんだ。


 イリナさんは毎日木工品作りなどの内職をしているし、エドガーさんも畑へ出ている。しかし肝心の収入や収穫量は思わしく無いようで、報われない。


 それでも森で獲ってくる魔獣肉など、貧しいなりに食べ物はあるのだが、優しい両親は我が家よりも貧乏なご近所さんへお裾分けをしていて、食卓はいつも寂しい。


 幸い冬越しの準備に薪は確保していたので、寒い冬はなんとか乗り切る事が出来た。


「――今ニルス、返事しなかったか?」


「名前に反応してくれるはもう少し先だと思うわよ?」


「ぁい!」


 苦しい生活の中でも愛情を注いでくれる二人を好きになれた。彼らの為にも、どうにかして生活レベルを向上させたい所存である。


 そんな目標に向けて俺がどんな努力をしているかというと、日々魔力操作の訓練に励んでいる。


 イリナさんが行っているのを見様見真似で始めた、体内の魔力をコントロールする訓練。朝から晩まで暇を持て余した結果、一日十二時間近くやってると思う。


 近頃は家族の目を盗み、手足に魔力を集めてハイハイするのがマイブームだ。これも良い訓練になるぞ。


「やっぱり返事してるんじゃ……うちの子は天才か!」


「うふふ、そうね。けど天才じゃなくても良いのよ?」


「――あい!」


 最後に、この世界とそっくりのゲームで存在したステータスやレベル、スキルの件。


 俺が生まれた翌日、家へ来た司祭が額に聖水を垂らして祈りを捧げると、ステータスウィドウのホログラムが見えるようになった。


 しかしステータスパラメーターとインベントリーが存在せず、言語は日本語で固定。


 他にもゲーム時より大幅に弱体化されていたステータスウィンドウだが、レベルとスキル一覧、そして一度行った場所しか表示されていないマップに、オートマッピング機能が残されていたので、有効活用させて貰おう。


「さて、ママもご飯頂くわ。良い子にしててね?」

「ばぶあばん! あい!」


「今お母さんって言わなかったかしら!?」

「流石にそれは無いだろう。ははは!」


 そうそう、スキル一覧には現在、魔力操作Lv2、身体強化Lv1と表示されている。半年頑張った結果だな。


 差し当たっては、こんなところか。頭を切り替えて今日も一日頑張るぞ!


「さて、イリナが食べ終わったら畑の様子を見てくるよ。ほらニルス、こっちへおいで」


 ふむ。エドガーさんは冗談のつもりで言っているんだろうけど、驚かせてあげよう。


「あぃ!」


 返事をして、ハイハイでエドガーさんの元へ。


「す、凄いわ。このままのペースで育てば、数年後には空を飛んでいてもおかしく無いわ」


「そうだな、俺たちも追いつけるように訓練するか……?」


 たまに変なことを言う両親だが、まだ二十代前半っぽいからな。若者のノリなのだろう。


 何はともあれ生後半年は、両親の愛情を一身に受けて訓練に励み、素晴らしい成長曲線を描きながら過ぎ去っていった。

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