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 わたしはアリナ.モリーナ。グリーン王国では今年六歳になる。


 そんなわたしは実は地球人でした。日本では熊本くまもと安莉奈として生活していた。当時十八歳だった。


 地球の両親はわたしが六歳の頃に離婚した。そして、父親も母親もわたしを引き取らず捨てた。そんな親から捨てられたわたしを叔母夫婦が嫌々引き取った。


 それからのわたしには辛くて苦しく悲しくてたまらない生活が待っていた。


 叔母は、「タダ飯食い」とわたしに何度も言った。「お兄ちゃんと久美代くみよさんは何を考えているのかしらね……わたし達に安莉奈を押し付けて」とブツブツ呟きわたしをジロリと見る。


 叔父も「この家が狭くなったな」と言ってわたしの顔をチラッと見た。


 この家の実の娘であるわたしと同い年のイトコの富菜とみなちゃんは「安莉奈ちゃんと同室なんて最悪だよ」と言ってわんわん泣いた。


 この叔母夫婦の家にわたしの居場所なんてなかった。


 わたしが成長するにつれて叔母さんも叔父さんもますます冷たくなる。明らかにわたしは邪魔な存在らしい。


 同じ小学校に通うイトコの富菜ちゃんは「この子タダ飯食いの安莉奈ちゃんなんだよ~」なんて言ってクラスメイトに言いふらす。なんて意地悪なんだ。


 そんなわたしのあだ名は『タダ飯食いの安莉奈ちゃん』になったのは言うまでもない。しかも気がつくと安莉奈ちゃんが消え『タダ飯食いちゃん』になっていた。


 その後の人生も最悪だった。


 わたしは平凡な家庭に生まれ両親から愛される。ただ、普通に親から愛されたい。願いはそれだけなのに……。みんなが当たり前に持っている小さな幸せさえ手に入れることできなかった。




 高校生になるとわたしはアルバイトを頑張った。早くこの家から出ていきたい。その思いで一心に。授業が終わると通学鞄を引っ掴み急いでアルバイト先に向かう。そんな日々だった。


「おかえりなさい。タダ飯食いちゃん。いつまでわたしと同じ部屋にいるの?」


 最近化粧に目覚めたらしい富菜ちゃんが色鮮やかなチークをぽんぽんとスポンジで頬に塗りながらわたしをチラッと見る。


「高校を卒業したら出ていくよ」


「ふ~ん、そっか。高校に行かせてもらえて良かったね~」


 富菜ちゃんは意地悪く顔を歪めわたしの顔をじっと見る。どうしてそんな顔をするの? わたし達は血が繋がったイトコだよね……。仲良くしてくれないの?


 ただ、高校に通わせてもらっていることは有り難いことだと思うのだけど……。


「高校に通わせないと世間体が悪いからね」

「そうだよな……追い出したなんて言われても困るしな」


 と叔母さん達が話しているのを聞いてしまった。


 少しでも好かれるようにわたしは笑顔を作ってみたり、お手伝いを率先してやった。


 だけど、何をやってもわたしは邪魔な存在でしかなかったのだ。


 お父さん、お母さんどうしてわたしを捨てたの?


 わたしはただ愛されたいだけなのに……。




 その後も両親は帰って来なかった。叔母さんと叔父さんにそれから富菜ちゃんもわたしに歩み寄ってくれることはなかった。


「神様、わたしの人生ってなんだろう。もう別世界にでも行ってのんびり生活がしたいです」


 神社の境内に足を一歩踏み入れると空気が澄んでいるように感じる。わたしはこの空気感が好きでよく神社へ参拝に行く。


 今日は思わず神様に不満を零してしまう。


「なんて神様愚痴を言ってすみません」


 わたしはぺこりと頭を下げる。わたしよりもっと辛い人は星の数ほどいるだろう。ご飯が食べられて屋根がある家で寝ることができるだけで幸せなんだよね。


 自分自身に言い聞かせるようにわたしは呟く。くよくよしない、強く生きなきゃね。


 木々に囲まれた境内の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。すると、体の奥に溜まっていたネガティブな気持ちが洗い流されみるみるうちに元気が湧いてきた。


 そして、わたしは両手を胸の前で合わせ合掌する。


「神様いつも見守ってくれてありがとうございます」


 神様に感謝の気持ちを伝えたその時。にゃーと猫の鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。


「猫ちゃんがいるの?」


 わたしは猫の鳴き声がする方向に視線を向けた。すると、段ボールが目に入った。


 これはまさか……。


 恐る恐る段ボールに近づき中を覗くと子猫が入っていた。その子猫はか細い声でにゃーにゃーと鳴きわたしを見上げ何かを訴えているようだ。


「猫ちゃんも捨てられたのかな?」


 わたしを見上げる猫のあどけなくて哀しげな目を見ているとわたし自身と重なって見えた。


「ねえ、猫ちゃん哀しいね……わたしも親に捨てられたんだよ。君は飼い主に捨てられたのかな?」


 そう尋ねると哀しさがじわじわと増す。哀しく虚しくてどうしようもない気持ちになる。


 猫のくすみのない夏の空や海の色によく似た純粋な目がわたしをじっと見ている。


「猫ちゃん。君は強いね……」


 気づくとわたしの目から涙が零れ落ちていた。その涙がポタポタと猫の真っ白な毛並みを濡らす。


 にゃー、にゃーと猫は鳴き吸い込まれそうな空色の目でどうしたのにゃん? と言っているかのような表情でわたしを見つめる。


「猫ちゃん……わたし君を飼ってあげたいよ。でも……無理なんだよ。ごめんね」


 わたしは自分の何もできない無力さがとても悔しかった。あの家にこの子を連れて帰ることなんてできない。


 悔しい、悔しい。悔しくてたまらない。「ごめんね」としか言えない自分自身に腹が立つ。


 その時。


「君を迎えに来たよ」


 とどこからともなく声が聞こえてきた。

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