香りを聞き、大切なものを見る
- ★★★ Excellent!!!
技術の発展に伴い、人々は星空の美しさを失った。
私が子供の頃には、既にそんな風に言われていたことを思い出します。
緑は追いやられ、雨は淀み、風は濁り……大自然の本当の美しさを、私たちは一度も『きく』ことのできないまま、生きているのかもしれません。
本作の題材である香――ひいては五感を刺激するものも然り。
現代の食生活によって舌は肥え、デジタルによって磨かれた音に耳をさらす。
見るものはサイケデリックな極彩色で、材質の触感はユニバーサルに慣らされたもの。
そして、人の持つフェロモンをかき消してまで、それがあるべきものだと標準化された『清潔感』という名の香り。
とても豊かで貧しい時代に生まれてきたものだと、改めて思います。
そんな時代で、武装してきたあれやこれやを剥ぎ取り、醜くささくれ立った自分を晒すというのは、きっととても怖ろしいことでしょう。
しかし聞く耳を持たなければ意味がないように、そうやって心の底まで開いていなければ、香を体の内へ受け入れることは難しい。
つまり『香をきく』とは、自らを晒し、受け入れ向き合う姿勢ということなのだと思います。故に香道。道なのだと。
本作では、様々な悩みを持っ人々が、木葉堂を訪れ、香りによって癒されていきます。
その先もまた様々です。練香をお守りにして持ち帰る人もいれば、香りは店に置いて往くことを決める人もいます。
マスターは話を聞くだけ。解決はしません。
解決できるのは、今後の本人たちだけですから。
私も今、昨年の今頃にぽっきり折れてしまった心がどうしてもくっついてくれなくて、もういっそ時の流れとやらに任せようかと思っていたところでした。
しかし本作『きき処 木葉堂』から薫る香りをきくことで、少し、前を向けそうな気がしています。
素敵な作品をありがとうございました。