香りで人の心を救う。香りを創る人もまた香りに生かされる。

主人公である葵は、鋭い嗅覚と香を調合する天賦の才を持った美しい女性、紅葉と出会う。二人は両家の親族から許されないまま結婚し、『きき処 木葉堂』を開店する。そこは、人々の悩みや苦しみを聞き、その心に深く働きかける香りを調合し、香りによって心の痛みを癒す、そんな店だった。しかし紅葉は妊娠中に既に病に罹っており、娘を出産した後間もなくこの世を去る。本作は、母から香りの類まれな才能を受け継いだ娘・木葉と、その父である葵が営む『木葉堂』を訪れる人々と、彼らに真摯に向き合い香りで彼らの心を癒す父娘の物語だ。

香を扱う人々の香りへの向き合い方や、それぞれの来談者の心に働きかける香材についての知識、その香りの描写。そのどれもが大変細やかに描かれ、読み手も気づけば背筋が伸び、深い呼吸を呼び覚まされる。読み進めるうちに、鼻の奥にその心地よい香りが漂うようだ。
本作は、香りという人の心に強く働きかける神秘的なものをモチーフにしながら、静かに自分自身の心を見つめるひとときの大切さを思い出させる。誰かから一方的に説得されたり説教されたりするのではなく、脳や心の奥をやさしく刺激する香りに身を委ねながら自分自身を自力で振り返り、顧みる。そうして初めて、来談者は今の自分に最も必要なことは何かを掴み取っていく。

本作に描かれるのは、悩みを抱え店を訪れる来談者だけではない。調香師としての天才的な才能を持つ少女・木葉もまた、気丈な振る舞いの奥に苦悩を抱えている。遺影の中の母しか知らぬ孤独を抱え、周囲の友達とも深く馴染めないまま、彼女は生活能力の低めな父を支え、香を調合する。そんな日々の中で、彼女は自ずと孤独に強い自分を作り上げていく。それでも、まだ小学生の彼女がその重圧に軽々と耐えられるわけがなく——彼女の心の奥に押し込められていた深い悲しみが溢れ出す第七章は、胸がぎりぎりと強く締め付けられる。

香りで心の痛みを癒し、新たな力を呼び起こしてくれる『きき処 木葉堂』。木葉と葵のような温かな親子が営むこんなお店が本当にあったならば。心からそう思わずにいられない。
大変深い魅力に満ちた、多くの人にぜひ読んでほしいヒューマンドラマだ。

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