元・幼馴染とサイダーを回し飲みする「友だち」に戻ったら、恋は弾けますか?
ゆりきんとん
第一章 日常編
第1話
「好きです。付き合ってください」
人生初の告白は、カメラ二台と大人十数人の前で、七回目を迎えていた。
俺の片手には、何故か、サイダーのペットボトルが握られている。
「……はい」
正面に立つ彼女が、小さく息を吸って頷く。
肩までの黒髪がさらりと揺れ、大きな碧い瞳が柔らかく弧を描いた。
この町の至る所に、サイダー片手に笑う彼女のポスターが貼ってある。
キャッチコピーは「サイダー級透明感の美少女」。
みんなは略して、こう呼ぶ。
──『サイダーの子』。
……で、俺の隣の家に住んでいる、元・幼馴染。
「カットー! はい、テイク7いったんOK!」
……いやマジで、なにしてんだろ、俺。
「今のもよかったんだけどさー、次はもっと波留ちゃんの目、ちゃんと見よっか。ほら、好きな子見るみたいにさ、アオハルだよ?」
メガホンを持ったお姉さんが、ひょいっと近づいてきた。
櫻井 美鶴さん。
このサイダーを作ってる葵川飲料の広報兼営業担当。年齢不詳。
明るい茶髪をふわりと揺らして、スーツの袖をラフにまくっている。
胸元のボタンたちが「キツイ」と俺に訴えかける。
「日陰で生きる俺に、これ以上青春求めないでもらっていいですかね」
「えーまたそんなこといってー。ねえ、波留ちゃんは? もっと四谷くんに見つめられたいよね?」
話を振られた波留は、髪の毛の先っぽを指先でくるくる回しながら、ちらっとこっちを見た。
「……そ、そんなわけないでしょ」
「えー? うっそだ〜。ほら、耳まで真っ赤にして。かわいい顔がさらにかわいくなってるよ〜?」
「う、うるさい! こんな死んだ魚みたいな目と見つめ合いたい人が、どこにいるの!」
「波留ちゃんそれはひどいよ〜。四谷くんはまだピチピチのお魚さんだよ?」
おいおい、俺はいつから人間辞めたんだよ……
「あの……帰っていいすか」
「ダメ」と波留が小さく声に出した後、慌てて続けた。
「そ、そんなに帰りたいなら、ちゃんと目見れば? ち、中途半端だと、またやり直しになるから!」
「はいはい、じゃあその空気のまま、次いってみよー! テイク8入りまーす」
美鶴さんがスタッフに指示を飛ばす。
か、帰りてぇ……
ここは町外れの河川敷。
夕日が川に沈む一歩手前の時間帯。
さっきまで俺は、そのど真ん中で、人生初の告白セリフを連打させられていたわけだ。
◇
数時間前。今日の放課後。
俺は、いつもどおり一人で校門を出た。
テンプレどおりの「友達少なめぼっち高校生」、自覚はある。
正門を出たすぐの通りの向かいには、錆びた自販機が一台。側面には、波留のポスターが貼られている。
『青春、飲み干そ。 アオ春サイダー!』
地元ローカル清涼飲料水――アオ春サイダー。
二年前から、この小さな田舎町で人気を博している、ご当地サイダーだ。
そして、ポスターの中だけなら、今でも目を合わせることができる、葵川 波留。
実物は、隣の家に住んでいる。
高校も同じで、クラスも一緒。
そして今は、ほとんど話すことはない他人。
小学校低学年くらいまでは、一緒に遊んでたっけ。でも学年が上がるにつれて、「男同士」「女同士」で固まるようになって。そのうち、廊下ですれ違っても軽く会釈するだけになって。
中二の夏、このポスターが貼られてからは、もう目を合わせることすら無くなったな。
……まあ、そうなるだろ。
こっちは、放課後にまっすぐ帰宅するぼっち。
あっちは、サイダー片手に笑う町のスター。
そういう意味で、俺――
そんなことを考えながら歩いていた、その時だ。
「四谷くーん!」
後ろから、やけに通る声で名前を呼ばれた。
振り向くと、スーツ姿の美女が、ニヤニヤしながら近づいてくる。
その後ろには、葵川飲料のロゴが入った白い軽バンが一台。
「……美鶴さん?」
「正解〜。久しぶりだね、四谷碧くん」
子どもの頃から、隣の葵川家にダンボールを運び込んでる姿をよく見た。
玄関でぼーっとしてると、「ちょっときて」「あ、それ押さえて」と普通にこき使われた記憶がある。
「なんか用ですか?」
「うん! 君を捕まえに来た」
「小二の時に、勝手にジュース飲んだ罪なら許してください、あれは若気の至りというやつで」
「ちょっと手伝ってほしくてさ。まあ乗りなよ、少年」
「手伝う? また荷物運びかなんかですか」
「ブッブー、正解は、かわいい女子と一緒にCM撮影のお仕事でした。ギャラもあるよ」
あー……やっぱり関わっちゃいけない人だ、この人。
「かわいい女子の相手役は、もっと爽やかなイケメンだと思いますけど」
「いいからいいから。あ、ちなみにヒロインは波留ちゃんね」
「は?」
「詳しい話は乗ってからしてあげる」
そう言って、美鶴さんは俺の腕をつかんだ。
柔らかい感触が腕に当たる。
この感触って、もしかして、おっP――
気づいた時には、俺の身体は助手席に固定され、軽バンは発進していた。
「ちょ、ほんとにどこ行くんですか」
「河川敷〜。アオ春サイダーのCM撮ることになってね。男子がサイダー片手に告白して、ヒロインの波留ちゃんがOKするっていう、ラブい感じのやつなんだけど。相手役の男子が決まってなくてさ~」
「そこでどうして俺なんですか」
「その辺に居そうな、普通っぽい男子がサイダー片手に告白したら、美少女でも恋に落ちるって設定なのさ」
「ああ、なるほど。それはまさしく俺ですね……とでも言うと思いましたか?」
「あとねー」
信号待ちで車が止まったところで、美鶴さんがニヤッと笑った。
「波留ちゃん、昔から“碧くん碧くん”言ってたしね」
「はい?」
「小学校の頃とかさ、“碧くんと同じクラスで〜”とか、“今日一緒に帰って〜”とか。聞かされてた側の身にもなって?」
「……いやまあ、小学校の話ですから」
慌てる俺を横目に、美鶴さんは楽しそうにハンドルを切る。
「そうだね、でも今はちょっと疎遠らしいじゃん? 同じクラスなのに全然喋らないんでしょ?」
「……思春期なんです。ほっといてください」
「ほっとけないのでCMにぶち込みます。そんなわけで、相手役よろしく〜」
「幼馴染とちょっと疎遠ってだけで、醜態を全国に晒されるのは、あまりにも鬼畜では?」
「大丈夫、この町限定のローカルCMだし、四谷君の顔は映らないようにするから。それにギャラも出すよ?」
そこで、俺の中の庶民センサーがピクッと動いた。動いてしまった。
「ちなみに、おいくらくらい――」
「アオ春サイダー一年分」
「…………」
頭の中に、冷蔵庫いっぱいのサイダーが並んでいる図が浮かぶ。
「現金より価値あると思うんだけどな〜。四谷君的にはさ」
確かに……なんせ俺は無類のサイダー好きだ。
特にアオ春サイダーは俺好みの味をしている。
最初に舌に当たるのはちゃんとした甘さで、すぐその後に、少しだけ柑橘っぽい苦みが抜けていく。
炭酸も強すぎず弱すぎず、喉を刺すというより、胸のあたりでふわっと弾ける感じ。冷えてても常温でもそれなりに飲めるのが、個人的にはポイント高い。
「その顔はOKってことだね。はい決まり〜」
「俺まだ何も言ってませんけど」
そんな感じで流されて、気づけば俺は河川敷でサイダーを握っていた。
◇
「じゃ、とりあえず告白カットはOKってことで。細かいのはあとで撮るとして〜」
美鶴さんが手元のファイルから二枚の紙を取り出す。
「はいこれ、簡単な契約書。ギャラのとこだけ読み上げとくね」
俺と波留、それぞれに一枚ずつ渡される。
「え〜、『アオ春サイダー一年分の提供』」
これこれ!
「『一年分は三百六十五本とし、毎日一本だけ葵川波留の部屋に届ける。』以上!」
ん……毎日一本? 波留の部屋? どゆこと?
「ってことで、二人仲良く。毎日、波留ちゃんの部屋でサイダー一本分け合ってね!」
「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」」
──こうして、幼馴染の部屋でサイダーを回し飲みする毎日が、なぜか俺に確定した。
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