第2話
家を出る前に、担任教師に『今日もオンラインでお願いします』とメッセージを送った。すぐに返事があった。
『了解。今週、一日くらいは来られるといいな』
学校は、我が家の状況を理解して、手厚くサポートしてくれている。
遠隔で授業を見れば出席の扱いにしてくれるのだ。
その優しさを裏切っていることに罪悪感が湧くが、妹のお願いは、絶対。
制服を脱ぎ、Tシャツの上にパーカーを着て家を出る。
駅に向かい、広い道路沿いで信号待ちしているとき、雪鳴からLINEで指示が届いた。
今日開店するポップアップストアで、推しの動画配信者のグッズが販売されるようだ。
商品リストがズラッと並び、最後は『転売ヤーに負けないでね!』で締められている。
欲しいもの、か。
おれだって言ってみたいよ。
ふと思いついて、スマホからSNSにこんな投稿をした。
『風船、飛びました! 誰か、ノコギリマンのフィギュアくれー!』
このSNSでは、登録した誕生日がくると、画面の中を風船が飛ぶ。
誕生日のアピールだ。
フォロワー数人が、顔も本名も知らないおれのために、『いいね』をしてくれた。
いいねについた『5』という数字を見て、喜びを嚙みしめる。
うん、これで全部。
今日、嬉しいことは、もう終了。
そう自分に言い聞かせたとき、
「お誕生日、おめでとうございます!」
背後から元気のいい女性の声がした。
今日が誕生日の人って、けっこう多いんだな。
自分のことだと思わずにいたら、とんとんと肩を叩かれた。
「……?」
振り返ると、見知らぬ美少女が立っていた。
腰まで届く長さの金髪で、背が高い。
肌がとても白く、雰囲気に品がある。
口元に微笑を浮かべた顔からは、勝ち気な性格を感じた。
何より特徴的なのは耳だ。細長くて先が尖っている。
ファンタジーを題材にしたマンガやゲームに出てくる、森の種族エルフのようだった。
ただ、服装がひどくミスマッチに思える。
紺色のセーラー服に、真っ赤なスカーフ。
上着が短く、プリーツが入ったスカートは裾が地面に擦るほど長い。
映画で観た、何十年も前のヤンキーみたいな服装だ。
朝からコスプレ?
てか、何のキャラ?
おれが唖然として黙っていると、彼女は満面の笑みを浮かべて、
「
それは質問ではなく確認だった。
なぜ、おれの名前を知っているのだろう。
「は、はい……?」
少女は戸惑っているおれに深々と頭を下げた。
「エトリーユと申します。エティとお呼びください。異世界の『ナイン』から、あなたをお迎えに参りました」
「……ナイン?」
知らない単語が次々に飛び出して、理解が追いつかない。
「16歳、つまり今日から、あなたの『勇者』の資格が解禁されます! この日を、『ナイン』のすべての人が待ちわびておりました!」
両手の拳を握り、勢い込んで話す。
荒唐無稽なことを言われたのに、勇者という言葉に不思議な引力を感じた。
――いや、ただの変な人だろ。それか、聞き間違えだ。
理性がすぐにそれを打ち消した。
「そういうの、大丈夫なんで……!」
話を強引に終わらせて、車道の方を向いた。
背後から明るい声がした。
「さあ~、元気に逝っちゃいましょう!」
背中に、強い衝撃。
おれは勢いよく車道に押し出された。
よろめきながら、体をひねって振り返る。
エティと名乗った金髪の少女が、笑顔で両手を突き出している。
この子に押された?
なんで?
一歩、二歩、勢いが止まらない。
おれの体は完全に車道に飛び出していた。
クラクションの音が響き渡る。
物流会社の大型トラックが、すぐそこに迫っていた。
時間の流れを妙に遅く感じる。
嘘だろ?
誕生日なのに。
初対面の、妙な女の子に突き飛ばされて、死ぬ……?
脳裏に雪鳴の顔がよぎった。
おれがいなくなったら、誰が妹の世話をする?
こんなところで死ねない!
でも。
自分でも信じられないけれど、少し。
ほんの少しだけ――
やっと、解放される。
心のどこかに、そんな気持ちがあった。
悲鳴に似たブレーキ音が、あたりのすべてを押し潰す。
おれはトラックと正面から向き合い、両手を広げて運命を受け入れようとした。
そのとき。
人影が降ってきて、おれとトラックの間に割って入った。
小柄な少女だ。
一瞬、肩越しにおれを見た。
ショートボブにした栗色の髪と浅黒い肌、それに大きな瞳。
おれを突き飛ばした金髪の少女と同じく、耳が尖っている。
タイトな黒いノースリーブの服、赤いチェック柄のミニスカートと黒のロングブーツ。
この服装も、いまどきではないような――
おれに向かって何かを叫び、手を大きく横に払った。
耳をつんざくブレーキ音で声が聞こえなくても、何を言っているのか伝わってくる。
――下がって!
永遠に感じられた数秒が終わる。
栗色の髪の少女が、両手をトラックに向けて構えた。
足を前後に広げ、衝撃に備える体勢を取る。
まさか、トラックを止めるつもりなのか?
そんなの無理だ!
瞬間、少女の両腕が紫色の光に包まれた。
トラックを運転している中年男性の顔がはっきりと見えた。
目を飛び出さんばかりに見開いている。
ぶつかる……!
――ドンッ!
栗色の髪の少女とトラックが衝突した。
少女が勢いよく跳ね飛ばされ――ない。
トラックのバンパーを両手で受け止めた。
ザザザ ザザッ!
数メートル、体ごと後退しつつ、トラックを完全に止めた。
信じられない。
体の何倍もあるトラックを、あんな華奢な体格で――
何かが焦げた嫌な臭いがあたりに漂った。
栗色の髪の少女はトラックのバンパーから手を離し、背筋を伸ばして小さく息を吐いた。
「――間に合った。衝突を完全に回避」
いや、ぶち当たっていたけど?
と思いつつ、驚きのあまり、声が出なかった。
少女が再び振り返っておれを見た。
下がり眉で、優しげな顔をしている。
「私はミアナパルラ。ミアでいい」
「あ、ありがとう……」
「ホマレ、私はあなたを守りに来たんだ」
「……おれを? 誰から?」
ミアは、無言でエティと名乗った金髪の少女を指さした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます