第4話 イリヤ・ヴァイオレット

 コーネリアは震えて、新しいコップにお茶を注いだ。


「私に何の御用でしょうか」

「単刀直入に聞きます。刺身ちゃんですよね」

「何を言っているかわかりませんわ。刺身とは、私はフィッシュよりビーフ派ですことよ」


 おほほとコーネリアは誤魔化し笑いをする。


 説明しよう。


 刺身ちゃんとはコーネリア(?)の前世の学生時代のハンドルネームである。

 彼女はその名前で、数々のBL二次小説を執筆し、BL二次ゲームを作成した。


「誤魔化しても無駄ですよ。私が神様にお願いしてあなたをその体に入れさせましたから」


 なんですと!?


「ど、どうして……」

「どうしてって。あなたに文句を言うためですよ」


 イリヤは抑える感情に震わせて、告白した。

 彼は何時頃からか気づき始めた。自分の人生がループしていることに。


 だいたいが、騎士になりたての頃からである。

 彼は聖女の選定が始まるまで、騎士として切磋琢磨に訓練を励んでいた。

 しかし、何故かしつように男に好かれやすかった。

 見習い時代の講師から言い寄られたり、同期の騎士に襲われかかったり、後輩の騎士見習いに既成事実を作られそうになったり。


 聖女が決まり、自分が聖女の騎士となった後、いろいろあって仲間の騎士と結ばれた。

 なぜかわからないが、気づけば仲間にときめきを覚え、恋人関係となっていた。

 雰囲気にのまりつつも何だかおかしいなと気づいた瞬間に意識が遠のき、イリヤは騎士なりたての頃の自分へと戻っていた。


 変な長い夢をみたのだろとすぐ忘れていたが、年月が経過すると過去に戻される。


 数回繰り返し、さすがにおかしいと思い、イリヤはなるべく男と結ばれないようにした。

 聖女と友情関係を築きながら世界の脅威を退けた後、ようやく安心した。

 しかし、気づいたら騎士なりたての頃へ戻っていた。


「あなたにわかりますか。延々に終わらないループ世界で気が狂いそうな日々を送る私の気持ちが」


 イリヤの口から聞いた内容は壮絶だった。同情してしまう。


「そして私は、このループの真実を探るため旅へでました」


 多くの苦難を乗り越え、イリヤはようやく神の元へとたどり着いたのである。


 –––あ、実は君の運命の介入力が働いてね。


 神は軽い口調で説明した。

 この物語へ神以上の介入の力が働き、イリヤの運命がこのようになってしまったのだ。

 どうしてループするかと聞くと、神はさらに説明した。


 –––君が納得する結末を迎えなければ、ずっとやり直しなのだよ。


 何でそうなってしまったのだ。

 いっそ人生を終わらせて、別の人間に生まれ変わった方が幸せである。


「じゃあ、その介入力を何とかしたい」


 力の大本は別世界の女性の妄想の産物だという。

 女の名前は●●●●、『刺身ちゃん』という別名義で妄想産物を量産していたようだ。


 –––私から彼女をどうにかできないよ。向こうの神様には、色々世話になっているし。向こうと揉めたら課金しまくったソーシャルゲーム配信絶たれちゃう。


 外交上の問題で別世界に強く干渉できないようだ。


「ならその女と会わせてください。せめて、文句を言いたい!」


 それくらい許されるはずだ。

 神様は力の元になった女性へコンタクトをとろうとした。


 –––あ、ごめん。さっき刺身ちゃん死んだわ。


 イリヤは「はぁ?」と声をあげた。


 –––べろんべろんに酔って土手に転がり落ちてそのまま、爆睡し凍死したみたいだね。今あっちの神様が転生の手続きをとっている。


 何という死に方だ。

 いや、自分はこのループ地獄で苦しんでいるというのに、その刺身ちゃんはあっさりと転生できるのか。


「その女の魂をこっちの世界へ寄越させてください」


 自分でいうのも無茶苦茶な要求である。神様もさすがに困った。


「ここで死んでやる! 私の血で神殿を汚してやる」


 イリヤは剣を抜き首筋へとあてた。


 –––あわわ、やめてよー。わかったよ。向こうの神様と交渉するからちょっと待っていて。


 神様はしばらく向こうの世界の神様と交渉していた。


 –––ああ、とりあえず手続きはとれたけど、彼女が君の世界へ転生するのは君が50歳の頃だね。


 イリヤはさすがに腹を立てた。それでは意味がない。


「私のループ期間中の誰かに転生させろ」

「とはいえ、ほとんどの人物には魂が入っている。元からある魂を追い出して、彼女を入れると混乱が…あ、丁度いいのがあった」


 神様はリストを示した。

 それはコーネリア・エリザベスであった。


「この令嬢の中には魂がない。元は刺身ちゃんの妄想で生まれたキャラだからね」


 エリザベス侯爵家は存在しているが、その一人娘のコーネリアは本来存在しないのである。

 本来の世界では侯爵は養子をとり彼に継がせるらしい。


 彼女は刺身ちゃんの望む物語の進行の為にだけ作られた人形なのだ。

 刺身ちゃんの力がなければ彼女は動かないし、そもそも存在すらしない。


 丁度いいではないか。


 コーネリアはイリヤの母国の侯爵令嬢である。それならこの中へ入れてしまえ。


「そして私の文句を恨みを聞き語らせてやりますよ」


 ははとイリヤは笑った。

 目がだいぶいってしまったような気がする。


 神様はちょっと悩んだが、確かに彼の運命は不憫なものである。

 本来あるべき運命は元に戻れない程歪み切って、彼が望む未来へは到達できない。


 それではたった一度だけでも願いを叶えてやってもいいだろう。


 –––ひとつだけ願いを叶えるが、本当にそれでいいのかい? 他に願うことがあればそちらを優先した方が……


「このループを終わらせてくれるのですか」


 –––それはちょっと無理かな。


 神様は困ったように即答した。


「じゃあ、その刺身ちゃんを転生させてください! すぐに!」

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