電気ニワトリ、鳴くか鳴かないか

柊ひらき

電気ニワトリ、鳴くか鳴かないか

 かつて、終末のラッパというものが信じられていたらしい。私がそんな昔のフィクションを知ったのは、前時代に生きた人々の動画からだ。

 その動画は「宗教」という概念が人々を支配し、教育していた時代があったことを、未来人――つまり我々――に知らせるため遺された、過去からの不要な贈り物だった。遺物というものは、すべてがありがたい吉兆を示すオーメンであることとイコールではない。


「何をしているんだ! アルバート、目の前に集中しろ!」


 上司の声で、私は我に帰った。思考を目の前の電気ニワトリに戻す。クソッタレ上司は、私の右上にあるはずの量子カメラから私の仕事、つまり爆弾処理の様子をいつも監視している。

 上司の声は、ボーンコネクタから聞こえている。


「アルバート、いいか、今回の仕事は……」

「わかっていますよ、ボス。目の前の電気ニワトリに、街を破壊するくらい強力な分子爆弾が取り付けられているのでしょう? 私が爆弾解体に失敗したことがありましたか?」


 軽くため息をつく。まったく、このクソ上司は私の実績をリアルタイムで目にしてきたにも関わらず、なぜ私を信じてくれないのだろうか。

 いつもの通り、防爆室であるこの部屋まで慎重に運ばれたこの爆弾を、私はいつもの通りに処理するだけ。それだけだ。爆弾の威力は関係ない。これは、ただの、いつもの仕事だ。


「アルバート、お前の爆弾解除の腕はたしかに素晴らしい。だが今回はいつも以上に気をつけろ。お前の命だけじゃなく、市民たち、いや地球の外交方針もかかっているんだ」

「そうですね、この電気ニワトリはフォーリナーから贈られたものですね。この爆弾処理に失敗した場合、街が消滅します。フォーリナーとの戦争のきっかけになります」


 フォーリナーは、地球が一つの国家――つまりワンアース、ワンピープル――になるきっかけを作った存在で、突然現れた。太陽系の外からわざわざこの地球まで来て、我々地球人に交信を要求し、そして「地球を明け渡せ、服従せよ」と物騒なメッセージと共に、この電気ニワトリをプレゼンとして贈ってきたのだ。

 解析の結果、電気ニワトリは地球では目覚ましとして利用されている従来のものと同一だった。純金でできていること、そして街ひとつを文字通りチリひとつ残さず消し飛ばすのに十分な威力の分子爆弾が搭載されていることを除けば。


「わかってる。全部わかっているんですよ、ボス」


 そうだ、私はすべてわかっている。この両手と目に、星の命運が支配されていることを。

 慎重に電気ニワトリの羽を触る。細かい羽毛まで金で表現されているので、繊細さとは連想できないずしりとした重みを感じた。一本ずつ、慎重に抜いていく。羽の下に、分解機構があるのだ。

 

 いつも、同じことの繰り返し。この仕事に就いてからというものの、スリルには事欠かない。少し間違ってしまうと、自分の命は一瞬で吹き飛ぶ――この恐ろしい事実は、私の人生を狂わせた。

 

 ――スリルを! もっと! ギリギリの感覚を!


 私は、命の危機を感じると快感を得るようになっていた。


「アルバート‼︎」


 うるさいボスの濁声が、また私の骨を震わせる。骨伝導で伝わってくる彼の声は、いつもこの快感を邪魔する不快なノイズだ。クソッタレ上司は、いつも爆弾解体の鮮烈な瞬間――花園の悦――に浸っている私の脳内に、不要な注意を促してくる。


「わかっていますよ‼︎  それ以上叫ばないで‼︎」


 思わず、私も叫んでしまう。私の手は、すでに電気ニワトリの内蔵部のカバーの解体をしようとしていた。

 ――ここからだ。これまで感じたことのない威力の爆弾に触れることができる。つまり、これまで感じたことない快楽が待っている。

 そっとカバーに触れる。こちらも金でできているのだろう、照明の眩い光をそのまま反射している様は、まるで私の興奮をしごき上げているかのようだ。

 思わず、息を呑んだ。指先に少し力を込めてカバーを押すと、カコ、とわずかな音を立て、心臓部が露わとなった。

 電気ニワトリの分解をやったことがないわけではない。私は幼い頃から何かを分解するのが好きだった。マイクロフォンを壊した、いや分解したのは七歳の頃。電気ニワトリを初めて分解したのは二十歳の頃で、目覚まし音である雄叫び声をもっと大きくするために、スピーカーを外付けするためだった。

 この電気ニワトリ分解談を職場のパーティで披露したことで、私は「分解脳」を持つ人間として有名になった。私の酔っ払ったこのトークが、雑務を退けて爆弾処理に昼夜明け暮れる毎日を送れることに役立つとは、夢にも思っていなかった。


「おお…」


 感嘆のうめきが、私の口から漏れた。

 電気ニワトリの心臓には、見慣れた部品がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。そして薔薇のイバラのように棘があり虹色に光輝く系状の物質が、その心臓の歯車に、誠に見事に絡みついているではないか。


「これは……」


 流石にこれには、上司もうめくだろう。彼のうめきに珍しく同意する。

 私にはわかる。そして、上司も理解しただろう。

 この糸状の物質が、爆弾そのものであると。――これを解除することは、我々人間の脳内の毛細血管のすべてを通り良くする、神の如き御業が必要であると。


「――」


 そして、私はそれに匹敵するような技は持っていない。それこそ、いるかどうかもわからないので天才外科医を見つけてくるほうが早いかもしれない。

 だが、そんな悠長な時間はない。流石に、上司に判断を求めた。


「ボス、見てますよね。……どうしますか」

「……無理だ、もう止めろ」


 当然だ。当然の判断だ。


 ――だが、リビドーへの渇望が、私を狂わせる。私の中の悪魔が囁く。

 もし、この糸状の爆弾の分解処理をすれば、まるで快楽の蕾を口内に含むがごとき、これまで味わったことのない悦楽を感じることができるのではないか?

 ――私の右手は、先ほどの上司の言葉に逆らって、糸状の物質に触れようとしていた。


「アルバート、止めろ」


 強い威嚇の声が、骨に響く。上司の言うことはもっともだ。私はこの右手を止めなければならない。

 ――ああ、でも。

 もしこの物質に触れられることができるなら。


「止めろ‼︎」


 ――私は、間違いなく天使たちの園に招き入れられ。


「止めるんだ‼︎  何をしているアルバート……‼︎」


 ――至上の幸福を。


 電気ニワトリが鳴く。

 その後、地球政府はフォーリナーからの宣戦布告を受諾した、と報道した。

 ――これは、地球人類滅亡のきっかけとなる。


 了

 

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電気ニワトリ、鳴くか鳴かないか 柊ひらき @hiiragi_hiraki

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