2. 人造勇者の決断

 『勇者』によって最後の魔王が倒され、グレイヴィシア王国が三大魔王との戦いに勝利を収めてから半年が過ぎていた。


 戦後の混乱も落ち着き始めたこの日、リーガンは古びた邸宅を見上げていた。


 ここは王国最大の財力を持つ大貴族、ディグビー家が密かに所有している建物だった。そして今日、この場所では人造勇者計画の関係者による極秘の会合が開かれることになっていた。


 錆の浮いた入り口の門は、人が通れる程度に開いている。リーガンは落ち着いた足取りで門をくぐった。二十歳を過ぎたばかりだが、髪と同じ色の黒い瞳には年齢以上の落ち着きが感じられる。


 その大柄で引き締まった体躯は外見よりもさらに強い力を秘めていた。それどころか、彼が持つ力は人間の限界すらも超えていた。


 リーガンはひとりだった。生き残った人造勇者は、彼だけだった。




 大型のテーブルが置かれた広い応接間で、人造勇者計画に直接関わった面々が席に着いていた。


 国王の側近であり、人造勇者部隊の指揮官を務めたミシェル・セヴェリン・ヴァートルドー将軍。


 将軍の右腕として彼を支えた副官、スヴェイン・アドルウィン。


 莫大な資金を必要とした人造勇者計画を財政面で支えたディグビー家当主、エヴァンジェリン・ディグビー。


 古くからグレイヴィシア王国と関わりがあるエルフ族の双子姉妹にして、人造勇者計画における薬学および魔法分野での協力者、アルニーアとエルニーア。


 王国に工房を構えるドワーフ族最高の鍛冶職人であり、人造勇者部隊の装備品製作に協力した、アイアン・スミス。


 この六名とリーガンに加えて、最後の魔王を討った『雷霆の勇者』ダリウスが、この日の会合の出席者だった。


 人造勇者のことを知る王国でもほんの一握りの存在である彼らを前に、リーガンは自分の考えを説明した。


 真っ先に反応したのはリーガンよりも二歳年下の、まだ幼さの残る顔つきをした本物の勇者だった。


「リーガンさん! あなたは本気でそんなことを言っているんですか!」


 話を聞き終えると同時に、ダリウスは怒りも露わにテーブルを強く叩いた。


 だが、『雷霆の勇者』の怒りはその程度では収まらず、両手はわなわなと震えている。その左手には、勇者の証である紋章があった。


「そうだ。俺は人造勇者の力を封じる。その後は彼らの墓で墓守として暮らすつもりだ」


 ダリウスを落ち着かせようとリーガンは穏やかに言った。


「お二人はこんなバカな話に協力するつもりなんですか!」


 未だ怒りに燃えているダリウスはエルフの双子姉妹、アルニーアとエルニーアににらみつけるような視線を送った。


「結論から言えば」

「私たちは協力する」


 先に口を開いたのが姉のアルニーア。金色の髪を右肩に垂らしており、黒いローブを身につけている。年は十五歳くらいに見えるが、実際はそれよりもずっと上だ。


 続いて口を開いたのが妹のエルニーア。姿形も服装も双子の姉であるアルニーアと全く同じだが、金色の髪だけは左肩に垂らしてある。そして、二人の金色の髪からは長くとがった耳がのぞいていた。


 人造勇者計画における魔法および薬学分野での協力者二人は、そろってため息をついた。


「私たちもこの男には散々言って聞かせた」

 呆れた目でリーガンを見ながらアルニーアが言う。


「それでもこの男は考えを改めなかった」

 エルニーアもまた、姉と同じ目でリーガンを見ていた。


「この会合が終わり次第」

「私たちはリーガンに封印を施す」

 二人はそろってそう言った。


「悪いな。また手間をとらせることになる」


 リーガンは無茶な要求を聞いてくれた二人に詫びた。口で言うのは簡単だが、植え付けられた人造勇者の力を封印するのは並大抵のことではない。


「あなたはバカ」

「本当にバカ」

 アルニーアとエルニーアはそろって顔をしかめた。


 この二人とは人造勇者計画始動前からの付き合いだ。すっかり見慣れた二人のしかめっ面に、リーガンはかすかな苦笑いを浮かべた。


 双子姉妹の隣の席に座っているドワーフの鍛冶職人、アイアン・スミスもまた無言でかすかな笑みを浮かべている。


 ドワーフ族には珍しいきれい好きで、身だしなみにもこだわるスミスの完璧に整えられた口ひげが、ほんの少し持ち上がっていた。


「スヴェイン、墓地の方はもう完成しているはずだな?」

 

 リーガンは一人だけ椅子に座らずにテーブルの脇に立っている、軍の制服をきっちりと身につけた細身の男に聞いた。


「あ、ああ。墓はすべて完成している。……ただ、以前説明したとおり、彼らの墓石には名前を記していない」


 慌ててうなずいたスヴェインは、少し間をおいてからそう付け加えた。


 いつもはヴァートルドー将軍の副官として自信満々のスヴェインだが、いまは恐る恐るといった具合でちらりとダリウスの様子をうかがっていた。


 案の定、若き勇者の反応は激しかった。


「あの人たちの墓に、名前を記していないだって……?」


 殺気すら感じさせる『雷霆の勇者』の姿に、スヴェインは息を飲んだ。ダリウスほどあからさまではなかったが、アルニーアとエルニーアもまた、怒りを滾らせているのが見て取れた。


「僭越ながら、わたくしとしてもそれが適切なこととは思えませんね」


 常に穏やかな物腰で丁寧な物言いをするスミスですら、不快感を隠さなかった。


「落ち着いてくれ。これは最初からわかっていたことだ。グレイヴィシア王国にとって俺たち人造勇者はなにもかもが最重要の国家機密だ。墓石に名前なんて記せるわけがない」


「国家機密だからってこんなの認められませんよ! あなたたちはこの国を救ったんですよ!」


「魔王を倒したのはお前だろう」


「バカなことを言わないでください! 俺は三大魔王のうちの一体にとどめを刺しただけです! それもあなたたち人造勇者が二体の魔王を倒して、最後の一体を追いつめたところにのこのこと現れてね!」


 再び強くテーブルを叩くと、ダリウスは一息にまくし立てた。スミスたちは不本意ながらも一応納得してくれたようだが、ダリウスの方は収まらなかった。


 実際のところ、すべてダリウスの言うとおりだった。人造勇者たちは三体の魔王が手を組むという未曾有の危機に立ち向かい、二体を倒して残る一体を追いつめた。


 そしてそこに、三大魔王との最終決戦直前になって勇者の力に目覚めたダリウスが遅れてやってきて、満身創痍だったリーガンに代わって最後の一体を倒したのだ。


 七人いた人造勇者は、魔王たちとの戦いでリーガン以外全員が死亡していた。


 ダリウスの言葉を聞いて、脳裏に散っていった彼らの姿が蘇った。だが、それはほんのわずかな時間に過ぎなかった。すぐに頭を切り替えて仲間たちの死を振り払う。


 三大魔王の討伐からもう半年が過ぎた。こういうことには、もう慣れている。


「お前が来てくれなければ俺たちは負けていた」


「あなたたちがいなければこの国は滅んでいましたよ!」


 諭すように言ったリーガンの言葉を、ダリウスが一蹴する。


 これもまた、ダリウスの言うとおりだった。三体の魔王による攻勢は凄まじかった。グレイヴィシアは滅亡寸前まで追い詰められたのだ。


 人造勇者がいなければ、勝利など到底あり得なかった。


「俺たちはみんな、表舞台に立てないのを承知の上で計画に志願したんだ。人造勇者は自国の兵士を実験台にして生み出されたんだぞ。俺たち七人が完成するまでに犠牲になった兵士の数は百や二百じゃすまない。三大魔王に勝ったとはいえ、この国は疲弊した。今の状況でこんなことを公にするわけにはいかない。この国を守るために、人造勇者の存在は決して表に出してはならないんだ」


「……命をかけて国を救ったあなたたちの存在すら認めることが出来ないというのなら、グレイヴィシアなんて魔王たちに滅ぼされていれば――」


「ダリウス、やめろ」


 リーガンはこの上なく厳しい目で雷の勇者を見た。ダリウスは一瞬にして凍り付いたかのように固まって、口をつぐんだ。


 ダリウスの怒りは十分理解できる。だがそれでも、グレイヴィシアを救った勇者に、あれ以上言わせるわけにはいかなかった。


「……俺たちは賞賛されたかったわけじゃない。この国を守りたかっただけだ」


 リーガンは穏やかに言った。これは自分だけのことではない。あの日散っていった彼らも皆、同じ思いで戦っていたのだ。

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