第3話 「せんぱい、言って良いっスよぉ?」

「にひっ! おはようございますっス! せんぱい!」

「お前、なぁ……っ!」


 ベッドの上で。

 俺の腹に跨り胸元に両手を置いた小夏が、覗き込むように見下ろしてくる。

 腹部に広がる重さと、健康的に肉付いた女の子の柔らかい感触。

 小夏の顔の影が俺の顔にかかる程に近づいたその距離からは、女の子の甘い匂いと制汗スプレーの匂いが混ざり、俺の嗅覚を刺激しまくっていた。


「普通に起こす方法を知らないのかお前は!?」

「あっれぇ~? 昨日はあ~んなに褒めてくれたのにぃ、昨日の先輩はいなくなっちゃったスかぁ?」

「それはそれだ! 悪い事したら怒るだろうが!」

「可愛い後輩に馬乗りで起こされる事の何が悪い事だって言うんスか!」

「飛び乗るなって言ってんだよ!!」


 騒々しい朝だった。

 制服とはいえ、膝上十数センチのミニスカートで跨られている状況で黙っていられる筈が無い。しかも小夏が大股を開いているせいで、いつそのスカートの内側が見えてしまうか分からないドキドキまでセットである。


 人の気も知らないで挑発してくる後輩こうはい義妹いもうとに、俺は思いの丈を怒りにしてぶつけるしか出来なかった。


「そんな事言ってぇ、本当は嬉しいんスよねぇ~?」

「ぐっ……!?」


 悪戯な笑みを浮かべて、小夏は人差し指で俺の胸元をツーっとなぞり始める。

 寝巻越しとはいえそんな表情で文字通りされる悪戯は、くすぐったいどころの話ではなかった。

 寝起きから変な気分にさせるには十分すぎるというか、俺が一番最初に好きになったのが後輩の小夏なので、それはもうとんでもない劇薬だった。


「うりうりぃ~! 素直じゃないせんぱいにお仕置きっスよぉ~?」

「や、やめろ……ばか……っ!」


 小夏の指による俺の胸元弄りがヒートアップする。

 一本だった人差し指が、左右揃って二本になった。

 しかもそれぞれが別々の動きで、俺の胸元を弄り出すんだ。

 

「えぇ~? せんぱいがぁ、素直に嬉しいって言ってくれたらぁ……やめてあげてもいいっスよぉ?」

「だっ……れ、が……っ!」


 小夏が完全に調子に乗り出している。

 楽しくなってきているのかどんどん前のめりになってきて、それによってどんどん俺の腹に体重がかかっていた。我慢している俺の顔を見るのも楽しいらしく、無意識の内にただでさえ近かった顔もどんどん近づいてきている。

 黙っていればボーイッシュでカッコいい系の顔が、外で見せられないような蠱惑的な表情になっていた。


 このままではマズい。

 小夏に一方的にやられている状況的にも、くすぐったさを耐えている肉体的にも、俺の理性的にも、全てがマズかった。


「せんぱいが言ってくれれば良いだけっスよぉ? 昨日の夜はぁ、恥ずかしかったんスからぁ……」

「ご、誤解を……招く! 言い……方を、す、するな……!」


 どうやら小夏は昨晩の頭なでなでを根に持っているらしい。

 だけどあの時は嫌じゃないって言ってたし素直に受け入れていた筈だ。

 十中八九は、終わった後に部屋に戻ってから恥ずかしくなったのだろう。


 だからって一夜明けてから逆襲するのはどうかと思うが。


「ほらほらぁ、言っちゃうっスよせんぱぁい? 可愛い可愛い後輩にぃ、朝から馬乗りされて悪戯してもらいながら起こしてもらえて嬉しいってぇ……っ!」

「おまっ……え……っ!?」


 要求がどんどんエスカレートしていく。

 それは内容だけじゃなくて、左右の人差し指だけだった指が両手全部の指になってしまった。

 合計十本の指が縦横無尽無軌道に俺の胸元をくすぐる。まるで無数の柔らかいブラシに擦られているかのような感覚に声が漏れそうになる。

 

 そのあまりのくすぐったさに、俺は思わず身をよじって――。


「いい加減に、しろぉ!!」

「んっ、ひあぁぁんっ!?」


 ――ガシッと。

 俺の両手が小夏の細い腰を鷲掴みにした。

 その瞬間、まるで雷にでも打たれ方のように小夏の身体がビクッと震える。

 そしてさっきまでの悪戯な声とは正反対な、可愛らしい悲鳴がこぼれたんだ。


「……ぁ、っうぅ!」


 か細い声。

 ハッとした小夏は、ほぼ反射的な速度で自分の口元を押さえた。

 しかしその小さな手では隠しきれないぐらい、日焼けした頬がどんどん紅潮していくのを見てしまう。


「す、すまん……」


 そのあまりの変わりっぷりに、俺は思わず謝ってしまった。

 いつもならここから鬼の首を取ったような反撃が始まるのに……小夏は赤かった頬を耳の先まで赤くさせるだけで、静かになってしまう。


「……せんぱい、のぉ」


 そして絞り出すように。

 プルプルと小刻みに震えながら小夏が呟いた。

 儚く消え入りそうなその声も、くすぐりに夢中になり至近距離になったからこそ、俺はかろうじて聞き取れて。


「えっ……ちぃぃ……」


 聞き取れたからこそ、その破壊力は凄まじく。

 クリっとした丸い瞳を涙目にさせながらのその囁きは。

 小夏が後輩モードだという事を加味しても、とんでもない殺傷力で俺の良心を粉々に吹き飛ばしたのだった。

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