第3話 2023年の奈良県知事選における候補者選定
⑴ 2023年の奈良県知事選における候補者の選定。この点に関しては、高市早苗さんの評価を下げた友人が結構な数に上る。いわく。「荒井さんはもう一期だけやらせてくれたら、あとは退くと言っているのだから、共倒れ(山下候補が漁夫の利を得る)を避けて、年寄りに花を持たせてやったら良かったのに」。これが高市さんの評価を下げる人たちの共通認識であった。結果がすべてといってよい世界だから、あの選挙戦が彼女の評価を下げたことは否めないが、高市早苗という人物の政治的意思決定過程を精査すると、たとえ負けることになったとしても、あの折の候補者選定は政治家高市早苗にはブレがなく、それなりに筋が通っていると、私は最近、思うようになっている。
⑵ 友人たちの中には、高市早苗さんの政治判断は、サッチャー女史と櫻井よしこさんを足して二で割ったら分かりやすい、などと乱暴な見解を述べる人も少なくない。確かに、二人の保守派の大御所と高市さんは色んな意味で似てはいる。が、政治信条の類似性から政治判断過程まで一絡げにするのは正しい認識ではなく、彼女の今後の政治政策判断の分析や予測まで誤らせてしまう。
私も自分の判断に確たる自信はないが、例えばサッチャー女史と高市さんを較べると、サッチャーさんは結構情に訴えるところがあり、よく言えば臨機応変。悪く言うと優柔不断と評される場面が多々あった。覚えている方も多いと思うが、来日した折に、サッチャー女史はテレビ局の番組に出演し、日産自動車会長の川又克二氏の手を握って、イギリスへの日産工場の誘致を懇請した。高市さんはあれはやらないだろう、と思う。軽いノリで一度くらいはやる機会が生まれたとしても、一度きりで終わるのではないか。
英国の女性宰相に手を握られ満更でもない川又会長の顔を見て、私は日産の英国進出はほぼ決まりと判断し、この時から日産という会社の長期低落が始まるのではないかとの、漠然とした予測が湧いたのだった。
さて、高市さんとサッチャー女史の比較に戻るが、サッチャー女史は英国の中産階級の家庭に生まれ、親が堅実に家計をやりくりしてきたことを教訓に育ったことから、この経験に基づく思考哲学。つまり合理経験主義とでもいうべき哲学的思考方法が彼女の政治判断の真骨頂であると私は判断している。対する高市さんは大学で経済経営学を学び、松下政経塾で鍛え上げられてきたことから、コア(核)になる本質的部分から、判断対象への結論を演繹する思考パターンであるように思えるのだ。乱暴な仮説を立てると、日本国ないし日本国民の安寧を中心主軸にし、安定性を害しない範囲で、具体的妥当性を追求する結論を模索する、これが高市早苗さんの政治判断過程であり手法であるように思えるのだ。
⑶ 以上を2023年の奈良県知事選挙に際しての、二人の判断過程に当てはめると、最終結論はさほど変わらず同一になるかもしれないが、サッチャー女史なら最後の最後まで、たとえ相手を恫喝してでも、出馬辞退の説得を試みたのではないか。もっとも、あの選挙に際しては、荒井知事が出馬を辞退することはほぼなかったと思われる。
以上に対し、高市早苗さんはかなり初期段階から、荒井知事への説得は諦めていたように思う。言っても無駄な人間に説得しても意味がないとの思いもあったのであろう。その代わり、彼女は自己の推す平木候補が当選するために最大限の努力を惜しまなかったはずだ。それが、山下候補に負けたはといっても、平木候補が現職知事荒井候補を10万票も上回る得票結果につながったのだ。もう一つ、高市早苗さんを擁護するとすれば、具体的妥当性の観点からすれば、相手は維新の会公認候補であって、立憲民主党や国民民主党の公認推薦候補ではないのである。たとえ平木候補が負けたとしても、コアの部分である寄るべき、彼女の政治的正義。これが著しく侵害される恐れがないのだ。
以上のように考えると、2023年の選挙当時は勝利のために邁進しつつも、サッチャー女史の立場よりも、若干気楽ではなかったのではないかと思うのだか。いかがであろうか。
高市総理をダシにさせて貰い、政治問題を面白おかしく深刻に 南埜純一 @jun1southfield
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