マイ・ネーム・イズ・ユウト・カミシロ

 死……それは、誰にでもある平等な『現象』だ。

 もちろん、僕は死んだことがない。今、まさに死んだ状態だ。


『…………』


 不思議だった。

 死とは、真っ白な世界に連れて行かれることなのか。

 魂なんて信じていないが、『僕』は『僕』だと理解できる。僕……神代悠人は、死んだが、真っ白な空間で、意識だけで存在している。


『…………』


 声は出ない。

 だが、視界はある。

 すると……白い空間に、まるでテレビのディスプレイのように、いくつもの映像が映る。


『……!!』


 それは、僕の過去だ。

 子供時代、中学時代、高校時代、そして大学時代。

 懐かしい、とは思う……でも、映っているのは僕ばかり。家族の思い出や友人はいない……まあ、当たり前だろう。

 すると、知らない光景が見えた。


『…………』


 喪服……ああ、葬式だ。

 僕の葬式だろう。同期女子……よかった、ちゃんと逃げたのか……が、母さんに頭を下げている。

 母さんは、来る人たちに何度もお辞儀をしていた。

 そして……ああ、父さんか。

 僕の父親が、僕の棺桶を覗き込んでいるのが見えた。そして、母さんと何か話しをして、目元をハンカチで拭っていた。

 僕は、両親が泣くほど、いい息子だったのだろうか? そこは疑問だった。

 僕は孤独だったけど、誰かを救うことはできた。まあ、それはいいことだろう。


『…………』


 さて、今の状況だ。

 僕は死んだ。これは確定していることで、間違いない。

 だが……この『意識』は、いつまで持つ? まさか、永遠? それとも、神様でも現れて、僕の意識をリセットし、また別の人間……馬鹿らしい。いやでも、こうして意識があるだけでもわからない。そもそも、死んだ後の世界なんか、誰も知らないのだ。

 もしかしたらこの白い空間に、僕だけじゃない『意識』がゴロゴロしている可能性もある。


 さて、どうしたものか。


 ◇◇◇◇◇◇


 どのくらい時間が経過したのかわからない。

 が……変化があった。


『……!!』


 白い空間に、赤い光が灯ったのだ。

 赤だけじゃない。青、緑、黄色、紫、白、黒……虹の色かと思ったけど、黒はない。

 それらの光が瞬き、ふわふわ動く。なんだろうか、この光景は。


『…………!!』


 声を出そうとした。が……出ない。というか、今の僕に声帯はない。

 このカラフルなピンポン玉みたいなのは、生物なのだろうか? コミュニケーションを取ってみたい欲求が出てきたが、どうやら無理だった。

 よし、ダメもとでもう一度。おーい、ピンポン玉さん、聞こえますかー?


『『『『『『『!!』』』』』』』


 うお、びっくりした。

 ピンポン玉がピタッと止まり、なんと僕の方へ……というか、僕の近くに来た。いや、意識だけで身体がないから近いかどうかわからない。

 でも、ピンポン玉程度の大きさだった光は、バスケットボールくらい大きく見える。たぶん、近くに来たってことだろう。


『…………』


 ダメだ、やっぱり声は出ない。

 すると……光の一つが消えた。赤い光だ。

 そして、他の光も消えていく……ど、どういうことだ?

 全ての光が消えた。本当に、何だったのだろうか。

 いや……というか、もうどうでもいい。僕の意識、消えるなら消えてくれ。今、この状況は意味不明だし……いや、死ぬというのは、意識だけでこの世界に漂うという意味なのだろうか。だとしたら拷問以外の何物でない。


『迷える者よ、大地の強さを胸に刻め』

『孤独は、あなたに流れを教える』

『心の炎を絶やすな、己を燃やせ』

『翼なき者に風を与え、道を拓け』

『凍える心こそ、真実を映す鏡』

『稲妻の轟きに恐れず、己を貫け』

『迷い人よ、光を手にせよ』

『『『『『『『迷え、孤独の道で、勧め、迷い人よ』』』』』』』


 ……………………は?

 何か、聞こえてきた。

 声? いや、変な声だ。

 子供のような、男であり女のような、老人のような、とにかくいろんな声が合わさったような。

 いや、意味不明──。


 ◇◇◇◇◇◇


「いや、意味不め──……」


 声が出た。

 そして、右手を伸ばし、冷たい何かに触れた。


「……い?」


 白い、円柱だった。

 彫り物がしてあり、芸術品のような石柱だ。

 よく見ると、石柱の上に、蝶のような翅が生えた女の子が彫られていた。

 妖精……だろうか? 右手を掲げ、その手にはエメラルドグリーンの球体があった。


「…………」


 えと、なんだ、これ?

 

「……えと、え?」


 掌を見る。

 自分の手だ。でも、なんだか小さく見える。

 身体を見ると、服を着ていた……が、変な服だった。

 黒いズボン、ブーツ、シャツにジャケット。なんだか若々しい。

 顔に触れると、スベスベしていた。髪も黒い……怪我は、していない。

 

「……あ」


 近くに、水溜りがあった。

 近付き、覗き込むと……自分の顔が見えた、が。


「……わ、若い?」


 間違いなく『神代悠人』の顔だった。

 だが、若い。どう見ても高校入学当時くらい。

 大学時代では二十三歳だった。だが、今の僕は十六歳くらいだろう。


「ど、どうなって。いや、大学は? てか……ここ、どこ?」


 周りは、森だった。

 妙な石柱、妖精の像。そのあたりは綺麗に整備されており、森へ続く道もある。

 確定してるのは、大学がないこと、若返っていること、怪我していないこと。


「ま、待て待て。いや、僕は神代悠人。神代悠人だ。うん、ちゃんと子供の記憶もある。母さんのピアノ教室、教授の名前、お昼食べたのは大学の学食で食べたコロッケ定食」


 僕は冷静だと言えるが、パニックになることもある。

 

「……ここ、どこだ」


 冷や汗が流れる。

 僕は、頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 ポケットを探るが、何もない。スマホもないし、メモ帳もペンもない。

 

「……はは」


 なんだか、疲れた。

 僕は、目の前にある、蝶のような翅を持つ少女の像を見上げ、石柱に触れた。


「なあ、ここはどこだ? 僕は死んだんじゃないのか? 頭がおかしく──」


 次の瞬間、少女の像が掲げるエメラルドグリーンの石が、緑色に輝いた。


「うおぁぁぁぁぁっ!?」


 思わずのけぞり、尻餅をついてしまう。

 妙な感覚がした。

 僕の中に、何かが巻き起こるような、ゾワゾワしたような何かが沸き上がった。


「な、なんだ、なんなんだ!? もう、なんなんだよ!! 死んだんじゃないのかよ!? 僕は、僕は神代悠人、神代悠人なんだよな!? ここは、どこなんだ!!」


 絶叫する。

 もう、ワケがわからなかった。

 僕は狂ってしまい、得体のしれない脳内世界で、『神代悠人』として存在しているのか? 全く科学的じゃない。人は死ぬと、記憶は、意思は残るのか? 記憶の世界なのか?

 僕は、もう一度、少女の像を見上げた。


「…………はは」


 よし、決めた。


「もう一度、死のう」


 風が木々を撫で、かすかに笛のような音を鳴らした。その音が消えた瞬間、背後から声がした。


「──あなた。そこで何をしているんですか?」


 死を決意した瞬間、背後から声が聞こえてきた。

 日本語──僕の間違いじゃなければ、『そこで何をしているの』と聞こえた。

 人間!! そう思い振り返ると。


「見ない顔ですね。その服装、風霊学術院の生徒じゃありませんね? あら……あなたから精霊力を感じます。あなた、『霊触者レグナス』ですね?」

「…………」


 情報過多とはこのことか。

 ふうれいがくじゅついん? せいれいりょく? れぐなす?

 というか、この子……日本人じゃない。


「……ええと」


 少女だった。十六歳くらいだろうか。

 細身、やや華奢だが立ち姿に無駄がない。

 知的そうで静か、表情に無駄がなく常に思考している印象を受ける。髪色は淡いグリーンのセミロング。後ろで緩く結わえてまとめ、風に揺れている。そして眼鏡……細い銀縁フレームの丸眼鏡をかけている。

 服装は白いハイネックのシャツに淡い青緑のロングコート。肩には小さな……紋章か? それの刺繍が入っている。そして黒のスカートにブーツ。腰に革ベルトで本を固定している。

 ジロジロ見過ぎたか、少女はやや下がる。


「……あなた、『魂の道』は?」

「は?」


 意味不明。なんじゃそりゃ。もうマジで頭おかしくなりそうだ。

 少女は目を細め、僕に向かって手を向ける。

 すると、淡いエメラルドグリーンの輝きと同時に、少女の手に『弓』が握られた。


「は!?」

「あなたが歩む『魂の道』を答えなさい。ここで何をしているの?」

「え、いや、その」


 命の危機。

 ついさっきまで死のうとしてたけど、こうして死に直面するとやはり怖い。

 どうしよう、どう答えるべきか……すると、頭の奥で、誰かの声が響いた気がした。


 ◇◇◇◇◇◇


『迷え、孤独の道で、勧め、迷い人よ』


 ◇◇◇◇◇◇


「……『孤独の道』」


 気が付けば、口走っていた。

 少女は弓を構え、目元をさらに厳しくする。


「そんな『魂の道』は存在しません。答えられない、ということは……不審者ですね?」

「ち、違う。僕は本当に違う、ここに来たばかりで、ここが何なのかすら」

「では、お名前を」

「か、神代悠人」

「カミシロ・ユウト。カミシロ……聞いたことのない名前ですね」

「な、名前はユウト。あ~、マイネームイズ、ユウト・カミシロ」


 馬鹿か僕は。日本語通じる相手だろうが。

 少女は弓を構えたまま言う。


「私は風霊学術院所属、『知恵の道』を歩む霊触者、リア・アルヴェーネです。ではユウトさん……詳しい話を聞きますので、ご同行を」


 これは、逆らわない方がいい。

 僕は両手を上げ、何度もうなずくのだった。

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