#08 例えばラブコメの何気ないデートのようにファミレスに行って『家に来て』と誘われたらどうする?


 例えばラブコメの絶体的ヒロインが翻って、自分の幼馴染兼親友を『彼女にどうぞ』と推してきたとする。

 相手は『ベストモブ一般ピープル賞』を獲ってもおかしくない人物。

 さらに食卓の席替えと称し、俺の隣に幼馴染兼親友を座らせて、絶対的ヒロイン様はテーブルを広々と使っている状況なのである。



 絶対的ヒロイン様に、からかわれていないか、俺?



 年齢イコール彼女いない歴な俺のことを、絶対的ヒロインはイジっているに違いない。

 イジられるということは、それなりに愛がある印。

 これは絶対的ヒロイン様の”翻った愛情表現”なのだ。


 

 それにルナさんもはじめこそ『やめてよ、セリカ』と拒否していたのに、今では顔を背けてなにも話さない。

 拒否をやめたということは、白鷺さんの愛を一身に受ける覚悟ができたということ。

 俺もルナさんを見習わなければならないなっ!!



「あ。わたしそろそろお迎え来ちゃう。ってことで、あとはお若い二人で」

「えっ、セリカ帰るの?」

「それはそうでしょう。もう八時だし。わたし九時には寝ないとダメな身体だから」

「ま、待ってよ」

「ルナ、男の子でしょ?」

「女の子じゃん。って、ちょっと〜〜〜」



 白鷺さんは立ち上がって、ジャケットとハンドバッグを片手に玄関にスタスタと歩いていく。

 その後を追いかけていくルナさん。

 見送らないという選択肢は俺の中にないために、ルナさんの後を追いかけて玄関まで移動した。



「じゃあ、またね。天雲くん、ルナをお願いね」

「……ええっと、」

「セリカ、あとでメッセ送る」

「うん」

「あの、白鷺さん。迎えはどこまで来ているのですか?」

「どこって、駅前だけど」

「駅前まで歩いていくんですか?」

「うん。そうだけど?」

「送っていきます」

「え。いいよ」

「そういうわけにはいきません。帰る途中、なにがあるか分かりませんから」



 例えば悪い連中に拉致されていかがわしいことをさせられたり、臓器販売の商品にされたり、なんてことだって考えられる。

 女の子が夜一人で出歩くなんてあまりにも危険すぎる。



「セリカ、ナギ君は言い出したら聞かないからね。諦めて。あたしも一緒に送っていくから」

「……話通りね。うん。じゃあ、お願いしようかしら」



 三人で駅前まで歩いていくことになった。

 季節は移り変わって、秋になったというのにまだまだ暑い。

 それなのにハロウィンの飾り付けをしているお店の多いこと。



「学祭ってギリハロウィンじゃん。ってことはお化け屋敷で正解だったってことだよね」

「そうね。西洋風のお化け屋敷にしたらハロウィンになるし、いいんじゃない」

「それもありですね。ただ、西洋風のオバケの中で、怖い存在って思いつきますか?」

「ヴァンパイアとか、ミイラ男みたいな?」

「チェンソーを振り回してくる人や、ナイフを持った黒い人なんてどうでしょう?」

「そうなると、ストーリー性に一貫性がなくなりますし、日本人の宗教観だと怖いという感覚はあまりないかもしれません。これはルナさんを否定しているわけではありませんが、ヴァンパイアが怖いという感覚の日本人は多くないように感じます。あくまでも、日本の幽霊に比べてですが」

「言われてみればそうかも?」

「ええ。幽霊よりも怖くないわね」

「ただ、人によってですので一概には言えませんが」



 とはいえ、真っ暗な部屋にロウソクを灯せば、ヴァンパイアやミイラ男も怖くなると思う。

 でも、ジャンプスケアに頼らざるを得ないし、だとしてもインパクトに欠ける。


 

 ただし、グロい死体やグロいクリーチャーが出てくると話は一変する。

 でも、こんな夜に女子たちを怖がらせるのもどうかと思って、その話は伏せることにした。



「日本人は西洋風のお墓に馴染みがないために、どうしてもファンタジー感のほうが強く出てしまうと思うんです。ディルミーランドのホーンテッドアパートはそれの典型ですね」

「ディルミー!! 秒で理解じゃん。あれは怖くないけど中毒性あって好きかも」

「言われてみれば、お化け屋敷というよりもハロウィンの世界を楽しむ場所という感覚かしら」

「でも、それもアリなんです。別に怖がらせることだけがお化け屋敷の醍醐味じゃないですからね」



 そんな話をしているうちに駅前に着いた。

 白鷺さんを迎えに来ていたのは高級ワンボックスカーだった。



「二人ともありがとう。また学校で」

「セリカもね。ありがとう」

「白鷺さん、コロッケ美味しかったです。ごちそうさまでした」

「ううん。じゃあね」


 

 運転席のイケてるおじさんが俺達に会釈をして発車していった。



「それでいつ行く?」

「えっ?」

「ディルミーランド行くんだよね?」

「行くんですか?」

「ホーンテッドアパートを見て参考にしようよ」

「俺が行ったのは小学生のときですから、かれこれ一〇年前の記憶ですし、行きたいかもしれません」

「なら決まりねっ!!」

「はいっ!!」



 それからルナさんの家に戻って、洗い物をしてから俺も帰ったのだった。




 *




 学祭に向けたクラス発表会議がホームルーム内で行われることになった。

 お化け屋敷を作ることになって実際のところ、まだなにも決まっていない。

 うちのクラスは場を乱す者が少なく、体育祭のときも一致団結して和気あいあいと全学年二位を獲ったのも目新しい。



「ええっとね、お化け屋敷の企画は順調に進んでいま〜〜〜す。それでね、みんなに報告しなきゃいけないことがあってね。あたし一人だとぶっちゃけヨワヨワなのよ。そこで、強力な助っ人をお願いすることにしました〜〜〜こっち」



 教壇でルナさんが俺の方を見て手招きした。

 俺は大いに訝しんで、後ろを振り向く。

 一番後ろの席のために、振り向いたところであるのは壁だ。



「ちょっと〜〜〜ナギ君のことだっってば。こっち来てよ」

「えっ、俺?」

「それ鉄板だよね。自分じゃないと思って後ろ振り向くやつ」



 なぜかクラスメイト全員が沸いた。

 そんなに面白いことをした実感はないんだけど。

 いや、そうじゃなくて。

 俺、前に出なきゃダメなの?

 仕方なく、立ち上がってルナさんの隣に立つことに。



「ナギ君に企画を手伝ってもらうことになりました。ナギ君はお化け屋敷を作る職人なので、あたしと一緒に現在お化け屋敷の案を企画中で〜〜〜す」

「ええっと、よろしくお願いしますっ!!」

「それでね。学祭で最高のお化け屋敷を作りたいからさ。とりま今日は担当割り振りしちゃうね。ナギ君説明お願いできる」



 人前で話すことは苦手だけど、最高のお化け屋敷を作るためには仕方ない。

 がんばろう。



「あ〜〜〜天雲がいれば問題ないわ」

「だな。天雲だもん」

「いいなぁ〜〜〜私も天雲くんと企画とかしてみたい」



 ええっと、なんか俺の評価割と高くない?

 モブ・オブ・一般ピープルこと俺を誰かと勘違いしていないか?

 いや、今はそれどころじゃない。

 今日は決めなくちゃいけないことがある。



「まだ企画は固まっていないのですが、やらなくちゃいけないことは決まっています。まず、美術班。美術班は簡単に言えば、背景づくりです。例えばお墓なら発泡スチロールにアクリル絵の具で色を塗ってお墓を作る係ですね。それと音響係。これは言ってみれば録音係みたいなもので、例を上げるとお経の音源を探してきたり、不気味な足音を録音したり、そんな感じです」

「あ、補足すると、使う発泡スチロールも買い出しは美術班でする感じ。材料を揃えるところからはじめてもらうね〜〜〜」

「そうですね。最後は、照明係です。百均のLEDライトにカラーセロファンを貼って照明を演出するのですが、これは少人数で大丈夫かもしれません。ただ、気をつけて欲しいのはLEDではない電球は絶対に使わないことですね。火事になったら大変ですので」

「ってことで、美術、音響、照明の三班に分かれてもらうね。企画によっては班が増えるかもしれないけど、そこんとこは臨機応変で。それと当日のオバケ役とかキャストは班分けは後で別に設定します。とりあえず今日は班分けしちゃおうってことでよろ〜〜〜」



 美術班と音響班、照明班が秒で決まる。

 こういうところはうちのクラス、すごく早い。



「あ。セリカはキラ☆コンがあるからそっち専念ってことでよろ。班に属さないから、手が空いたら、どこかの班を手伝ってもらうね」



 キラ☆コンというのは、クラスから一人だけ選出できるクラス対抗のミスコンのこと。

 そのためにクラスメイトたちは俄然力が入っている。

 キラ☆コンの実際の名称は『キャラ立ちキラキラ☆コンテスト』らしい。

 出場者は女子でも男子でも構わない。

 面白い人でも良いし、すごい特技を持っている人でも良い。

 ステージに立って魅せられる人が求められるイベントなのだ。



 うちのクラスはモデル活動をしている白鷺聖里花さんが出場予定だが、隣のクラスはトークがやたらと上手な男子に決定している。



「もちろん手伝うわよ」

「それでセリカ、キラ☆コンの勝機はどうなの?」

「任せて。バッチリ決めてあげるから」



 ただステージに立つだけでは勝てない。

 去年、はじめて学祭のキラ☆コンを見たけど、とんでもないレベルの人たちばかりだった。

 俺も、白鷺さんがどんなステージを魅せてくれるのか楽しみだ。



「じゃあ、あとは企画の案、来週にはいくつか纏まるから、それまで待機ってことで」



 こうして会議を終えたのだが、学祭まで現実的に時間がない。



 そして、放課後。



「今日バイト休んだからさ、昨日のメッセのとおりよろしくね」

「はいっ」



 今日の放課後時間を作ってほしいと、昨晩、ルナさんからメッセが届いていた。

 もちろん予定なんてなにもないし、だから断る理由なんて一つもない。

 学校だと邪魔が入ると話が進まないためにファミレスで会議を開くことになった。



「ルナさん、実は……なんですけど」

「どうしたの?」

「俺、ファミレス来るのはじめてなんです」

「マジ? じゃあ、ナギ君の初体験じゃ〜〜〜ん。お祝いしないと」



 タブレットで注文をすると、猫型ロボットが料理を運んできてくれるらしい。

 俺はチーズが乗ったハンバーグのセットをオーダーして、ルナさんはパスタをオーダーした。

 あと、山盛りのポテトとネギトロ丼。

 追加でパフェとローストビーフ。



 やっぱりルナさんは豪快に食べるから、見ていて気持ち良い。



「いっぱい頼みましたね。美味しそうにたくさん食べる女の子って、俺、すごく好きなんです」

「前に言ってたよね、それ」

「そうですね」

「ナギ君がお弁当忘れちゃって、分けてあげたときだよね」

「はい。でも、ルナさんそんなにお昼持っていなかったのに分けてくれて」

「あー。あたしのカバンの半分はお菓子だからね。なにも問題ないっていうか」

「あのときもそう言ってましたよね」



 一年生のときの話だ。

 夏休みに入る一週間前のこと。

 俺はまだ実家から通っていて、おばあちゃんの作ってくれたお弁当を忘れてしまったのだった。


 

 気づいたときには購買のパンも売り切れていて、万事休すというところでルナさんは俺の席の隣を陣取った。

 蓋にお弁当のご飯とおかずを乗せて俺に『困ったときはお互い様だから、食べてよ』って分け与えてくれたのだった。

 それで、唐突に『天雲くんは料理が得意な子が好き?』とルナさんは訊いてきたのだ。



「料理が得意な子も好きだけど、たくさん食べて笑うような子が好きって言ってたよね」

「言いましたね」

「今でも変わってないの?」

「はい。やっぱり家族って食卓からはじまり、食卓に終わるっていうか、そういうのが好きなので」

「そっか」



 父と母、妹と俺の四人で食卓を囲むことはできなくなってしまった。

 でも、みんな和気あいあいとして楽しかったことは今でも記憶に刻まれている。

 だから、ルナさんのような子と一緒に食事をすると幸せな気持ちになる。

 ルナさんみたいに幸せそうに食事をする人と一緒に食べられることは、俺にとって本当に幸せなことなんだよな。


 

「ねえ、ナギ君」

「はい」

「またあたしの家の来てよ。あたしも家族いないからさ。ナギ君と笑いながら食事したいなって。だめ?」

「ダメじゃないです。それに料理作りますし、教えます」



 ルナさんも一人暮らしだし、もしかしたら俺みたいに寂しいって思っているのかもしれないな。

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例えばラブコメの絶対的ヒロインの隣でいつも笑っている陽キャなギャルがいたとして、そのギャルとお化け屋敷を作ることになったらどうする? 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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