死刑囚の教室〜15歳で人生が詰んだ40人による1席の卒業を賭けたデスゲーム〜

KOZA

001. 4月①「死刑囚の入学式」

「卒業証書、〇〇〇〇殿。あなたは本校の全課程を修了したことを認めます。よってここに卒業を証します」


先生の声が体育館に響く。


桜が咲き誇る三月。しかし、体育館の座席には誰一人座っていなかった。

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2024年4月1日


「伊織、伊織……あった。出席番号六番、伊織大夢。一番後ろの窓側の席だ」


俺は黒板の座席表を確認し、自分の席についた。


今日は私立未来ヶ丘高校の入学説明会。この高校の概要はだいたい把握している。


全寮制で一学年四十人。入試要項は小論文のみ。授業料は完全無償で、それどころか毎月十万円支給されるらしい。


そんなことを考えていると、前の席の安達史浩が話しかけてきた。


「なあ、北校舎の方ってもう行った?」


「え? ああ、まだ行ってないや」


「そっか。あそこ映画館あるらしいぞ。あ、俺、安達。これからよろしくな。えっと確か、伊織くん?」


「ああ、よろしく。伊織でいいよ」


初対面で少し緊張してしまった。でも、またこんな風に人と普通に話せるなんて思ってもいなかったのだから、上出来か。


「全員席に着けー」

太く気だるそうな声が教室に響いた。


「今日から三年間、お前らの担任をする御陵(みささぎ)だ。どうぞよろしく。えー、今日の入学説明会では、提出書類の確認と物品販売、施設案内に身体測定、それと春休みの課題を配布する」


「せんせーい。入学式って四月六日ですよねー。五日で課題とか無理なんですけどー」


いかにもギャルという感じの声で、工藤という女子が言った。

「五日もあれば十分だろ」


メガネをかけた、いかにも委員長という感じの男が言うと、工藤は睨みつけた。


「安心しろ。提出日は四月三十日だ。まだ先だ。それにそんなに時間がかかるもんでもない。えー、封筒を出せ。提出書類を確認する。えー、まずは同意書……」


ふと隣の席を見ると、書類などお構いなしで読書をしている生徒がいた。小説だろうか。


黒髪にロングヘア。まさにお人形のような風貌の、物静かな女の子だった。


俺が見ているのに気づいたのか、急に本を閉じて、こちらをじっと見つめてきた。


慌てて目を逸らすと、その子は真面目に先生の話を聞き始めた。


「よーし、全員封筒を前に送れ。えー、出席番号順に三グループに分かれて、物品販売と施設案内と身体測定を同時に行う。チャイムが鳴ったときには出発できるよう廊下に並んでろ」


「なあ伊織。一緒に回ろうぜ」


「うん、いいよ」


教室を出る途中、もう一度座席表を確認した。


キーンコーンカーンコーン


出席番号一番から十四番までは物品販売へ向かった。南校舎一階の図書館の机には、大量の教科書類が並んであった。


「なあ安達、これなんか多くね? よく見ると中学生のも入っているような気がするんだけど」


「そうか? こんなもんなんじゃね」


「でも、これ完全にIKEAの袋二つ分はあるだろ。はあ、これ寮まで運ぶのかよ」


図書館から寮までは五百メートルほどだった。しかも男子寮は三階だ。


そのまま他のものも買って、次に施設案内に向かった。


この未来ヶ丘高校の魅力は、なんと言っても施設の充実さだ。


映画館やカラオケ、ボーリング、スーパーにコンビニ、ゲームセンターまで、なんでも備わっている。四十人だけで使うのはもったいないぐらいだ。


少し心配なのは、そのすべてが無人であること。トラブルが起こりかねないと思うのだが。


施設を見回っているうちに、安達ともかなり打ち解けていた。周りを見てもみんな、誰かしら話し相手が見つかったようだ。


「こうして見ると普通の高校生みたいだよな」


「え?」


「あの入学試験。みんな合格したってことは、そういうことだろ」

全員が見終わり、再び教室に集まった。


「えー、これから課題のカードを配る。右上に自分の出席番号が書かれているのを確認して取れ」


なんだこれ。表には右上に「⑥」と書かれているだけで、裏面はトランプのようだ。


「全員配られたか。四月三十日に投票箱を設置する。えー、カードに一人、クラスメートの番号と名前を書いて投票箱に入れろ。一番票が多かった者は——死ぬ」


は?


教室が静まり返る。


「先生、今なんと……」

斎藤が震える声で言った。


「聞こえなかったか? えー、一番票が多かった者は死ぬ」

教室がざわめき始める。しかし、誰もその言葉を疑ってはいなかった。


入学試験の小論文。その問い——『己の罪状と判決を述べよ』

「い、いやだあああああ、死にたくなあああい!!」


「おい話と違うぞ! ここにくれば人生やり直せると、そう言って……」

クラスはパニックに陥った。泣き出す者、笑う者。


「ふ、ははははっ、お前ら、無様な顔だな」

御陵先生が、教壇で笑っている。


「ったく、どいつもこいつも、もうとっくに人生詰んでいるっつうのに、まだ死を恐れているのか? お前たちは全員、罪人、罪人、罪人、罪人——生きる資格のない人でなしだああっ!」


「いいかぁ、このまっしろな社会においてなあ、一度犯した罪は絶対に消えやしない。社会が許さねえんだよ。どんなに取り繕ったって、お前らは全員、世論のもとでは死刑だ」


「だがなあ、一つだけ、人生を取り返す方法がある」


「それは、この学校で生き残ることだ」


「この学校では毎月課題を与え、一人ずつ殺していく。卒業できるのは、一人だけ。まさにデスゲームだ!」


「その一人には、新しい顔、新しい名前、新しい人生を与えてやる。せいぜい励め、陽の下を歩けるように」


そう言い残し、御陵先生は教室を出た。


未来ヶ丘高校。ここは、己に死刑判決を出した者たちの高校。


そう——『死刑囚の教室』だ。


先生が教室を出た後、自発的にホームルームが始まった。


「えっと、みんな混乱していると思うが、まずは話し合おう。誰に投票するか」


「俺としては、一番罪が重い者に票を集めようと思うのだが、異論はあるか?」

真っ先に動いたのは斎藤だった。教卓に立ち、主導権を握る。


「異論はねえよ。だが、罪の重さなんてどう決めるんだ? 殺人犯を吊し上げるのか?」ガタイがよくかなりいかついジャイアンのような男——地獅童が言った。


「ふんっ、じゃあこの中で人を殺したことがある人、手を挙げろ」


やはり、誰も手を挙げない。


「まっ、焦らなくていいんじゃない? まだ一月あるし、お互いのことを知ってからでいいじゃん。私は石田雫、宮城生まれ宮城育ちでーす。みんなよろしく」


そして、クラス内で自己紹介が始まった。

名前と出身地を言い合う。


出席番号順クラス名簿


01 相園 蒼太(あいぞの そうた)——北海道

02 赤星 渉(あかぼし わたる)——神奈川

03 浅倉 凛(あさくら りん)——大阪

04 麻生 景(あそう けい)——福岡

05 安達 史浩(あだち ひろふみ)——東京

06 伊織 大夢(いおり ひろむ)——宮城

07 池田 芽衣(いけだ めい)——愛知

08 石田 雫(いしだ しずく)——茨城

09 泉 圭吾(いずみ けいご)——埼玉

10 伊藤 聡明(いとう そうめい)——東京

11 今井 陸(いまい りく)——広島

12 上田 亜美(うえだ あみ)——愛知

13 宇月 妃鞠(うづき ひまり)——京都

14 遠藤 美月(えんどう みづき)——千葉

15 大島 健(おおしま けん)——新潟

16 岡村 隼人(おかむら はやと)——静岡

17 小野寺 結衣(おのでら ゆい)——岡山

18 加藤 翼(かとう つばさ)——群馬

19 加奈森 葵(かなもり あおい)——山口

20 姜 明淑(かん みんすく)——韓国

21 木下 湊(きのした みなと)——大阪

22 工藤 沙羅(くどう さら)——東京

23 小柳 哲也(こやなぎ てつや)——山形

24 近藤 咲(こんどう さき)——長野

25 斎藤 慎吾(さいとう しんご)——兵庫

26 佐藤 陽菜(さとう はるな)——栃木

27 清水 大地(しみず だいち)——大阪

28 鈴木 瞬(すずき しゅん)——福島

29 高橋 怜(たかはし れい)——東京

30 田中 美緒(たなか みお)——熊本

31 地獅童 龍生(ちしどう りゅうせい)——千葉

32 中島 詩織(なかじま しおり)——滋賀

33 中堂 翔(なかどう しょう)——香川

34 西澤 遥(にしざわ はるか)——佐賀

35 野村 健太(のむら けんた)——三重

36 橋本 圭(はしもと けい)——石川

37 林 真琴(はやし まこと)——東京

38 松尾 真人(まつお まひと)——宮崎

39 宮園 結人(みやぞの ゆいと)——山梨

40 山田 弥生(やまだ やよい)——奈良



全員の自己紹介を終え、帰路についた。


俺は少しでも役に立つかなと思って本屋に来たのだが、一体何を読めばいいのか。


「これなんていいんじゃない?」


「えっと、確か、石田雫?」


「ピンポーン! 君も勉強しに来たの?」


「勉強っていうか、その……何か参考になるかなと」


「あ、だったらさ、サブスク入ってタコゲーム見ようよ、タコゲーム。結構役に立つんじゃない?」


「まあいいけど」


「やったー。じゃあ後で伊織くんの部屋集合ね。食堂でピザ取っとこーっと」

「え、一緒に見るの?」


「まあまあ、同郷の誼じゃん」

ええー。


ピンポーン


「やっほー! お邪魔しまーす」


「本当に来んだ?」


「早く食べよう。ピッザ♪ ピッザ♪」


テレビの音声が流れる。『俺たちは馬じゃない。人間だ』


結局、丸一日ぶっ通しで見て、四月三日の朝。


石田とは何も起こっていないわけだが、当たり前のように今日も俺のベッドで眠っている。


ああ、眠てえ。


いや、どうせ眠れねえか。


「ふぁああ。おはよう。あれ、最後まで見終わった? 全くなんとも言えない結末だったよね」


「俺はいいエンディングだったと思うけどな。この学校も誰かの暇つぶしなのかな、なんて思ったり」


「私は違うと思うけどな」


...。


「ねえ、ずっと気になってたんだけどさ。伊織くん——君、人殺し、だよね?」


「死ね!! 死ね! お前なんか!! 死んでしまえ! 死んで……」

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うなされる。何度も、何度も、悪夢から目覚めない。過ちから、俺は——。


ブーンブーン


スマホの着信音で目が覚めた。


「はい、伊織です。今ですか?」

御陵先生に呼ばれ、寝不足ながらも職員室に向かった。


話すのは初めてだし、こないだのこともあったしなあ。


「失礼します」


「おお、よく来た、伊織」


「話ってなんですか?」


「えーとな、お前に新入生代表をしてもらいたいんだが」


「新入生代表って、なんで僕なんですか」


「この学校では、お前が首席だ」


この学校に在校生がいないことは置いておいて、それが現状何を意味するのか。


「まあ、他の生徒にはくじで当たったってことにしておいてやるよ」


「まだやるとは言ってません」


「そういうなよー。俺は生徒全員の大罪を把握してんだぜ」


「一つ質問してもいいですか」


「なんだ? なんのためにこんなことをしているのかという質問なら、卒業する時に教えてやる」


「そうじゃなくて……どうすれば、悪夢は消えますか?」


「おお、そういう質問か。そんなの簡単だ、女と寝ればいい。そうすれば——」


「真面目に答えてください」


「……」

御陵先生は少し間を置いてから、真剣な表情で言った。


「この学校で生き残れ。生き残ることだけに集中しろ。そうすれば、きっと——夢は覚める」


「信じていいですか?」


御陵先生は少し笑って言った。

「どうだろうな」


桜が咲き誇る四月。体育館には、四十の座席と、三十九人の生徒。舞台には、先生と俺。


「新入生代表、伊織大夢」

俺はこの教室でなんとしても生き残る。自分が犯した罪を、帳簿の赤を、揉み消すために——。

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