1.因縁の相手

 ザッと音を立てて、蹄鉄が砂を蹴散らす。

 満月は見え隠れし、光を出し惜しみする。

 

 繰り出された剣先を、体を捻り躱せば、騎獣のバアルが手綱を乱暴に引かれたことに、抗議の嘶きをあげる。

 剣戟と怒声が砂山に吸い込まれていく。


「ラズール! まだか!?」

 

 ラズールは、砂よけで目深に巻いたターヴァンを指先で持ち上げて、灰色の夜空を見据えた。

 今日のように砂煙で烟る砂漠の空は、星が綺麗に見えない。

 

 尋ねたのは、最前線で剣を交えているトゥリー。

 細身の体はすばしこく動き、今も敵を一人切り伏せた。

 恐ろしく剣の腕がたつ幼馴染は突然の襲撃にも動じることなくすぐに対応してくれたが、こっちが命じたのは「持ちこたえろ」ということだけ。さっきのは、そろそろ限界だという苦情だろう。

 

 靄を纏う月は変わりない。だが月を上下に分断するように、一筋の線が現れる。

 その瞬間、ラズールは目を細め、声を張り上げた。


「全員、引け!!」

 

 剣戟と罵り合いが混じりあう喧騒の間隙を、明瞭な彼の声はよく通った。

 そして仲間はラズールの命を正確に理解していた。

 各々、剣を交えながらも手綱を引き寄せて、方向を変える。この場を去ろうとする。


「ラズール、テメぇ!! 逃がさねぇ、その目玉くり抜いてやる」

 

ラズールに剣先を突きつけたのは、盗賊『黒蛇』の頭のジャファル。

鼻の頭に皺を寄せて忌々しげに睨み追いかけてくるが、ラズールは無表情のまま、冷ややかに細めた目でただ一瞥をした。


「クソがっ!! その取り澄ました顔、切り裂いて砂まみれにしてやる」

 

 ラズールはまるで目の前に誰もいないかのようについと視線を逸して、剣先までも下ろして、バアルをゆっくり後退させる。


 「っ、ふざけやがって。ぶちのめす!!」

 

 ジャファルが興奮して更に迫ってくる。

 

 目隠しをされているバアルは、ラズールの意のままに動いてくれる。勿論、仲間にも騎獣の駱駝には目隱しを施して、隠れるように伝えてある。

 ジャファルにはその意図がまだバレていない、上手くいくだろう。 

 

 ――そして、時が来た。

 

 月を二つに割く線が太くなる、まるで刃物で切り分けていくかのように。

 人には見えざるジンの魔術、見えるのはラズールのもつ特殊能力のせい。

 ラズールはその瞬間を外さず、腕を大きく振りかぶり、手の中の物を空高く放り投げ叫ぶ。


「……お前ら、――備えろ!!」


 仲間は何のことか、全員わかっている。

 

 激高して我を忘れたジャファルが剛力をもって剣を薙ぎ払う、ギリギリでかわしたが、麻のシャツが胸元で切れる。チリリとした痛み。肌に引っ掻いたような赤い線が引かれる。

 

 ジャファルの曲刀は、休むことなく横薙ぎに右へ左へと流れる。けれど構っている時間はない。

 

 ラズールは頭を下げて、バアルの腹を蹴り、ジャファルの横をすり抜ける。

 

 砂風が動いて、刃が背中を撫でるように過ぎ去る。ジャファルの攻撃の射程を外れる距離を記憶で測り、目を閉じて腕で瞼を覆う。

 

 その瞬間、膨大な光が襲いかかる。

 放り投げた閃光玉が、ようやく天頂で弾けた。


「――っ、うあわああああ」

 

 叫びが砂漠に溢れる。何人かは駱駝から落ちたのだろう、ドサリという鈍い音と駱駝の怒りの嘶きが、狂騒を来す。

 

 放り投げたのは、ただの閃光玉。

 殺傷能力はない。だが僅かな間、真昼のように砂漠を白一色に染めあげたそれは、闇夜では暴力に等しい。

 

 閉ざした視界の中でラズールは、騎獣に身を寄せ体勢を低くし場を走り抜き、右の手首を捻り構える。視界を閉ざす直前に脳裏に焼き付けた敵の位置を、叫び声、駱駝の嘶きと足音とで修正する。

 

 包み込むように握りしめた小刀を、狙い定めた場所へと次々に投げれば、すっと肉体に吸い込まれていく感触と共に、命中の叫びが返ってくる。

 

 怨嗟の声を尻目に、ラズールは乱闘を抜け出した。




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