珠界共創記

金子ダイスケ

【プロローグ 聖女の領域・セイントドメイン】

聖女の領域・セイントドメイン。


古聖堂の静寂の中、祭壇の上に置かれた水晶の鍵だけが淡く瞬いている。


聖女は一人、白銀の聖衣の裾を握りしめ、静かに息をして祈りつづけていた。


サリサ

(……みつけた……希望の光……)


長い睫毛を蓄えた瞼が開く。

その瞬間、天窓から降り注ぐ光が渦を巻き、祭壇の前に青年の姿が浮かび上がる。


やがて彼は足を身につけ、目を開くと黒髪を無造作にかきあげながら、驚いたように辺りを少年のような瞳で見回した。


まだ状況を飲み込めないまま、その目は水色の長い髪の少女をとらえる。


聖女

「えっと……ダイン・アルバ…さん…ですよね?」


その視線に頬を染めながら、可憐な聖女はそっと一歩、また一歩と彼に歩み寄る。


ダイン

「あ、あぁ。僕はダインだけど。君は?」


聖女は両手を胸の前で組み、恥ずかしそうに微笑んだ。


聖女

「私は聖女・サリサ!

 ずっと、ずっとあなたを探してたの!」


──────


外の森はまだ穏やかで、鳥の声だけが優しく響いている。


聖女・サリサと名乗った少女を前に、ダインは少し前のことを思い出す。


ダイン

(……確か僕は行商の途中、木陰で休憩してたはずなんだけど……)


木の幹にもたれ、うつらうつら、するとフワリとした感覚に包まれ、次に瞼を開ければこうして古びた聖堂の中。

しかも見知らぬ少女が自分の名を口にし、探していたと言う。


ダイン

「……ここはどこ?それに、僕を待っていたって?」


そんな戸惑う声に、ぴくりとサリサは肩を震わせた。


サリサ

(うぅ……やっぱりこんな所にいきなり召喚されたら、驚いちゃうよね……)


それでも彼女は深呼吸して、ゆっくりと近づき、彼を見上げるように顎を上げた。


サリサ

「ごめんなさい、急に呼び出してしまって……。 ここは聖女の領域・セイントドメイン。 珠界(しゅかい)を見守るための、聖女……私の居場所。 そして私は探していたの。 私と一緒に珠界を救う旅をしてくれる『希望の従者』を、ずっと……」


彼女は恥ずかしそうに指を絡めながら、祭壇の上の水晶の鍵をちらりと見やる。


サリサ

「 誰も知らないけど、みんなが世界と呼んでいるものは、実は無限に広がる空間に浮かんでる無数の球体で、本当の名前は『珠界』って言うの」


ダイン

「世界が……球体?」


まるでおとぎ話のような話だと彼は怪訝な顔をするが、彼女の真剣で悲しそうな顔を見て、黙って聞くことにした。


サリサは俯き、小さな声で呟いた。


サリサ

「……うん。そして今、その珠界たちを包んでる空間が、暗闇に染まって、暗黒無限空間になって、珠界たちを呑み込み始めてる……。だから私は一緒に珠界たちを救う旅の従者、ダイン、あなたのことを探していたんです!」


聖女・サリサ。

そう名乗るわりには身振り手振りは年相応の女の子。

いまいち話に深刻さが感じられないダイン。

しかし彼は『暗闇』という言葉に表情を険しくさせた。


ダイン

(暗闇……闇……ッ!)


ズキン!


その一瞬の痛みが、幼き頃の記憶を蘇らせる。


──────


真夜中……

母親に抱き締められ、庇われている小さな自分……

外には村人たちが倒れる姿……

その向こうに、長身の影……

その足元に倒れる村人の顔は黒ずみ、爛れ、溶けていく……

父親が鍬を手に影に飛びかかる……

しかし、その父親も村人のように……

「ダイン、絶対に守るからね……」

母親は近くに転がっていた果物ナイフを握り、ダインから離れた……

影へと駆け出す母親……

その姿が、黒く、爆ぜた……

「かあぁちゃーーーん!!!!」

右手を伸ばすダイン……

その小さな掌を、影は紅い瞳でみつめていた………


それは遠い日の、出来事。


──────


ダインの顔が蒼白に染まる。

膝をつき、頭をおさえていた右手を虚空へと伸ばす。


ダイン

「……母さん……!」


ズキン、ズキン、と頭の奥で何かが疼く。


サリサは驚いて駆け寄り、彼が伸ばした手を両手で握りしめた。


サリサ

「だ、大丈夫!? ダイン、どうしたの……!?」


その声が震える。


サリサ

「……ごめんなさい。思い出したくないこと、思い出させちゃったみたいね……」


薄い青色の瞳に、涙が滲む。


サリサ

(……ダインも昔、暗黒に……何かを奪われたんだ……)


静かな聖堂に、ダインの荒い息遣いだけが、しばらく響いた。


──────


思い出したわけじゃない。忘れていたわけじゃない。いや、忘れられるはずがない。

ダインは肩で息をして、その額には油汗が滲む。


ダイン

「はぁ…はぁ…はぁ…。……世界が、珠界だとか、そんな難しいことは、僕には分からない。だけど……」


心配するサリサの瞳を真っ直ぐに見て、彼は「だけど、もし、闇や影が……あいつが世界をダメにするっていうなら、こんな僕にも、できることがあるなら」と、震える膝を必死に伸ばし、立ち上がった。


額の汗を手の甲で拭い、真正面からサリサを見つめる。


ダイン

「……今も誰かが、大切な人たちを奪われ続けているなら、僕は、助けたい……護りたい……!」


彼の声は掠れていたが、瞳だけは揺るがなかった。


サリサは息を呑み、胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。


サリサ

(……こんなに傷ついてるのに、

 それでも誰かを護りたいと強く想ってる……!)


彼女は祭壇へ手を伸ばす。

するとそこにあった水晶の鍵が宙に浮き、音もなくその手におさまった。


サリサ

「あなたに、その誰かを護るための……」

(私のことも護るためにも……)


言葉の途中で、頬が熱くなる。

彼女は恥ずかしそうに俯きながら、その鍵をダインの掌へ握らせた。


サリサ

「この『希望の鍵』は珠界と珠界を行き来するためのもの。 そして、あなたに宿ってる力を引き出してくれるもの。 信じて、私を。 何より、自分自身を」


鍵はまるで呼応するように、淡い光を放ち始める。


サリサ

「私はダインの心を、力を信じてる。だから、ずっと、探してたの。 でも、やっぱり世界を救う旅なんて……迷惑、よね?」


その泣いているのか微笑んでいるのか分からない表情を見て、その儚さと可愛らしさに彼は照れ臭そうに頭を掻き、苦笑いを浮かべた。


ダイン

「め、迷惑なのか、迷惑じゃないのか……よく分からないんだ。 頭、よくないから、僕」


その素直すぎる言葉と恥ずかしそうな横顔に、サリサはぷっと吹き出し、両手で口を押さえて笑った。


サリサ

「ふふっ……あはは! あなたのその顔、かわいい!」


頬を赤くしながら、でも嬉しそうに笑うサリサ。笑われて耳を赤くするダイン。


サリサ

「頭がよくないって……そんなことないよ。 だって今、すっごく大事なこと、頭じゃなくて心にある大切な言葉を言ってくれたじゃない」


そっと彼の右手の指を優しく曲げ、鍵を握らせた。


温かい。

水晶の鍵とサリサの掌が伝えてくるぬくもり。


ダイン

(なんだろう……なんだか、安心する)


サリサ

「ねえ。頭じゃなくて、そのまま心で感じていてね?これからも」


彼女は手を包み込んだまま、ふわりと微笑んだ。


──────


サリサ

「……世界を……珠界を救う旅を、私と一緒に、してくれますか?」


ダイン

「………うん」


頷くダイン。それを見てサリサはそっと手で包んだ彼の手を、自分の胸元へ導き、自身の鼓動の上に置いた。


サリサ

「ここに、誰かを護りたいって気持ちを込めてみて」


ダイン

「誰かを……誰か……」


瞼を閉じ、爛れて朽ちる村人や父、黒く爆ぜた母の姿を映し出す。


ダイン

(……僕と同じように悲しむ人たちが生まれないように……その人たちを……護りたい……!)


手に力が入る。

すると鍵は淡い光を、二人の手の間から零れさせ始めた。


サリサは恥ずかしそうに目を伏せながら、小さな声を添える。


サリサ

「……私も、一緒に想いを重ねるから」


そして鍵の光が少しずつ強まり、聖堂の空気が優しく震えだす。


──────


光が二人を包み、それが視界を奪っていく。


ダイン

「護りたい……! こんな僕でもできるなら……!僕の、こんな手でも、必要にしている人がいるっていうなら……!!」


眩い純白に溶けていくダインとサリサ。

光が小さくなり、消えた聖堂には、静寂だけが取り残されていた。


───プロローグ・終

─── ─── ───

《珠界共創記 語録》


【珠界】(しゅかい)=様々な世界が宇宙規模で存在している球体。暗黒無限空間に漂っている。


【聖女】=転生を繰り返す珠界の守護者。珠界を破滅から守るため、一人の従者と各珠界に一人だけ自分の力の一部を与える珠界天子を選ぶことができる。聖女の力という特別な威頸が使えるが、破壊的目的には用いることはできない。


【珠界天子】=聖女から任命され、聖女の力の一部を授かった乙女。珠界に一人だけの存在。聖女に代わり自分の珠界を守護する。


【威頸】(いけい)=様々な効果や事象を引き起こす力の総称。珠界(世界)によって魔法・超能力・忍術・未知なるエネルギーなど扱い方が変わる。

─── ─── ───

【キャラクター紹介】

聖女・サリサ

-種族:人間(聖女)

-性別:女性

-年齢:16歳

-身体情報:髪色:薄い水色、髪型:ストレートロング(後ろ髪は腰まである)、目の色:薄い青色

-知性:200

-品格:190

-筋力:60

-体力:60

-威頸適応値:無限(聖女のため)

-使用する武具:なし(聖女の力)

-威頸能力の概要:

《聖女の力》

森羅万象を司り、あらゆる奇跡を起こす。ただし対極にある暗黒の力のような破滅に繋がる行為や死んだ者を生き返らせる事はできない。

-特徴:珠界の聖女。物腰が柔らかく優しい性格。珠界だけでなく、そこに生きる全てを愛している。聖女という立場から清楚・淑やかにと気を張っているが本当は一人の普通の少女として扱われたい。そのため「可愛い」など女の子として褒められると言われると嬉しい(照れ隠しに相手をポコポコと殴る癖がある)。たまに拗ねる。


ダイン・アルバ

-種族:人間

-性別:男性(旅の行商人)

-年齢:19歳

-身体情報:髪色:黒、髪型:シャギー感が強めの短髪、目の色:黒

-知性:60

-品格:60

-筋力:110

-体力:110

-威頸適応値:110

-使用する武具:現時点ではなし。

-威頸能力の概要:現時点ではなし。

-特徴:一人旅をしながら行商をしている青年。その旅の途中、木陰で休んでいるところを聖女・サリサによって聖女の領域に召喚された。幼少期に家族を失い、それがトラウマとなっている。人間にしては威頸適応値が高い。

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