第14話 俺なりの制裁

一週間後、ロードリー殿下ご一行がノクタビア領にやってきた。一行には王都の責任者であったクレバや、公証人、鍛冶師や大工などの職人たち、王都の騎士団員というそうそうたる顔ぶれが並ぶ。

まるで文化が丸ごとやってきたようだった。



「公証人ですか…?」

公証人は前世でいうところの行政書士と、保証人を兼ねたようなもので。文章の作成及び、その契約の保証人になる人のことを言う。

今回のような大きな契約の場には必ず立ち会う決まりがある。

それを聞いた時のコンラートのしょげた顔。かわいかった。じゃない、可哀想だった。

今までレルク伯爵との契約に公証人が立ち会ったことがなかった。今思えば当然だ。そんなことをすれば自分たちがやっていることが公証人にばれてしまうのでしなかったのだろう。最初からこちらを騙す気でいたのだ。


騙される方が悪いかもしれない。でも、知るべきことを教える人間が、教えなかったら知ることなどできない。

縦社会が強いこの世界では、貴族同士の契約はたとえ年長者である家令のファサムでさえ見ることも口を出すこともできない。やり口が狡猾すぎてイラっとする。


「ここの帳簿は見やすいですね。こんな風に費用をまとめないと、彼らのこの水増しされた手数料は見つけられませんでした。この帳簿を真似すれば、我々も楽ができる。それにしても……一年で契約している利用料を25日ごとに徴収するなんて。こんなせこいやり方で手数料を水増しするなんて。立派な詐欺師ですね。レルク伯爵は……」

ショップ商会の会計士はあきれながらも感心するという、不思議な感想を言った。


とはいえよかったこともある。

ここにきて、コンラートはレルク伯爵との決別を決意した。

代わりにロードリー殿下がコンラートの相談役になってくれることになった。

その最初の事業としてノクタビア領ノクタビア地方にショップ商会の支店を作ることが決まった。これで取引を盾にされる心配はなくなった。

思いっきりやれる下準備が整ったというわけだ。




呼びだすとレルク伯爵はすぐに駆け付けた。

時間通りに来たものの、前回会った時のような余裕はなさそうだった。心なしがふさふさだった眉毛にもつやがない。


「こんにちは、レルク伯爵。どうぞ座ってください」

今回はちゃんと声を掛けるまで座らなかった。レルク伯爵はこちらを観察するように、俺の隣に視線を動かす。それもそのはず、俺の隣にはクレバが立っていた。

レルク伯爵がそいつは誰だ? という顔をしているが、答えず話を進める。いや……話をする気なんてなかった。


「レルク伯爵。俺が聞きたいのはただ一つだ。兄上を助けようとは思わなかったのか?」

レルク伯爵は目を細めると、ため息をついた。


「我々にも生活があります。商売とはそういうものでしょう」

ショップ商店がこの地に来たのを情報で聞いたのだろう。少し自棄になっているようだ。

「それでも、両親を亡くして、実務を任された兄上がどれほど大変だったか。それを側で見ていたはずだ。あなたの家門はノクタビア辺境伯家が、まだ野っぱらの一領主だったころからの寄子だった。だからこそ信用していたのに、それを裏切ったことについての弁明は?」


レルク伯爵の口は大きくあいた。

「だま……」

だがそれ以上のことは言わせなかった。


俺は思いっきりレルク伯爵の左頬をこぶしで殴りつけた。レルク伯爵はソファから転げ落ちて床に転がる。


「騙される方が悪いなんて言わせない。騙す方が悪いに決まっている」



「おやおや、レルク伯爵。突然ソファから転がり落ちてどうしたのですか?」

クレバが表情も変えずそんなことを言って、レルク伯爵を見下ろした。

「いや、殴られたんだ」

「そのようには見えませんでしたが?」

そう言われて、レルク伯爵は室内を見回す。この場には、俺とレルク伯爵。クレバ以外いない。

「くっ」


自分が人を騙しても、自分は騙されないと思っていたのだろうか。


「これは、両親の死から今まで。騎士団や、ノクタビア地方から掠め取ったお金の返還請求です。ここにサインを」

レルク伯爵は驚いた顔をして、俺をにらむ。本当は、もっと取り立てたかった。法律に違反している部分しか返還請求できないのが悔しい。

「こんな額。無理だ……ほとんど教会に寄進してるっ」

レルク伯爵は中年とは思えない素早さで、立ち上がりドアの方へ向かった。だが、ドアは開かなかった。


「レルク伯爵、往生際が悪いですよ? 早くサインをしてくれないと。またソファから転げ落ちる羽目になりますよ?」

俺はそう言ってレルク伯爵の腕をひねり、ソファの前まで引きずった。


俺は多分、悪い奴だ。

こういう時、ちゃんと理論武装してじゅうぶんな証拠をそろえ準備してから、相手に反省を促すのが定石だろう。だが、そんな労力を掛けるのすらもったいないと思ってしまう。俺の大事なコンラートを失望させ、傷つけた罪は万死に値する。


「ああ、言っておくが、ごまかそうとするなよ? こちらの方は王都の公証人のクレバだ。魔法で契約させていただく。公証人って契約時には必ず同席するそうですよ、知ってました?」

クレバが同席した理由はそれだった。ショップ商会では責任者は皆、公証人の資格を持つことが義務付けられている。


「そ……そんな横暴がまかり通って……」


「あなたがしたことは我々公証人の存在意義を愚弄する行為だったのですよ」


「……ひっ」


クレバは目だけを細めてじっとレルクを見据えた。恐ろしく冷たい視線だ。

契約書を見て怒ったのは公証人の皆さんもです。契約という神聖な行為を悪事踏みにじったのだから。


レルク伯爵は絶望の顔をしてうつむいた。そんな落ち込んでいる暇はないんだよと頬をはたいておいた。丸い顔がいびつにゆがむ。

「さあ、これ。魔法ペンです。こっちは魔法紙。契約の時はこれで書き込むのがこの国の決まりなんですよ?」

レルク伯爵は泣きながら、誓約書と、返還書に署名した。どんな気分で書こうともこれは正式なものになる。

「あと、これにサインしたということは、自分の罪を認めたことになります。あなたは今日から罪人です」

レルク伯爵はさらに青ざめた。俺に殴りかかってきたので一発だけ食らっておいた。もちろんきっちり倍にして返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る