第12話 商人との交渉

俺が固まっていると、マルコにテーブルの下でつつかれた。

「あ、すみません。はじめまして。ノクタビア辺境領領主代行ルシウス・ノクタビアです。今日はこのラム酒をこちらで扱ってもらえないかと商談に参りました」

「たしか、……」ロードリー殿下も同じように、レルク印の名前を出してきたので、さっさと飲んでもらった。


「この木樽はローズウッドを使っているね。香りが甘い。確か、レルクはオーク材だ。へー、木樽の違いだけでこんなに香りが違うんだ。でも……幾分香りは違うが、味は変わらないような気がするよ?」

すごく大正解な感想だ。さすが、大商会の商会長。


「今まで騎士団印のラム酒はすべてレルク商会に卸しておりました。どれだけ売れているのかと、楽しみに王都を回ったところ、騎士団印のラム酒を見つけられず……。どうやらレルク伯爵は王都での商売がうまくないようです」

心底困ったというような顔をして見せると、ロードリー殿下は察したようだ。肩をすくめて、もう一度ラム酒を口に含んだ。

「なるほど、それでこの騎士団印のラム酒を、王都でも流行らせたいというわけだね」

「はい。レルク印のラム酒は人気のようですね。騎士団印のラム酒はそれを上回る品質で、それよりも安く卸すことができます」

ロードリー殿下は、目をすがめる。

「うちとしてはうれしい取引だが、安く卸す理由は?」

ほんとは騙されてその半値で売っていることは隠し通す。

俺は考える風を装った後、口を開いた。

「はい、正直に申しますと、我々の弱みは販路です。いくら良い商品でも売る場がなければ売れません」

ゲームでは春休みイベントの時、どの攻略対象者の出身地に行っても、かならず、ショップ商会はあった。この大商会を選んだのはここが持つ国に網のように張り巡らされた販路だ。ぜひともその販路に乗っけてもらいたい。


ロードリー殿下は、悩むようにラム酒のグラスを見つめている。

正直に言いすぎちゃったかな? 俺はドキドキしながらその様子を見守った。

「ラム酒だけか?」

「はい!いいえ。ノクタビアは今特産品を作ろうと、商品を開発しております。こちらはそのひとつ、コーヒーです。お湯を借りてもよいですか?」

「ああ、どうぞ」

次はマルコの出番だった。前日まで練習したコーヒードリップを披露し、ロードリー殿下と、クレバの前にカップを並べる。二人は、カップの中身が真っ黒で、ぎょっとしたものの。カップから漂う香りに目を合わせて微笑んだ。


「苦いね。でもこの独特な香りは癖になりそうだ」

ロードリー殿下は、そう言いながらもう一口。クレバはその様子を見つつ、迷っているようだ。

「クレバさん。そのままが苦手でしたら、もう一つ飲み方があります。ミルクティのようにミルクと砂糖を入れるのです」

クレバにそれを進めると、飲んだ瞬間目を見開いた。

「あぁ、これはおいしい。こちらならご婦人方からも人気が出るでしょう」

「……うーんだが、砂糖はあまり出回らない上に、高級品だ」


ロードリー殿下がすかさず、欠点を指摘する。

「だがこの飲み方を勧めるということは、何か策があるのだろう?」

俺はうなずいた。ちょうど両手で包めるほどの小さな甕を取り出す。

「芳香豆を取り扱っていただければ、砂糖は相場の二掛けで卸すことができます。たくさんは無理ですが」

本当はかなりの在庫を抱えているが、腐るものではないから隠している。ここでは相場を崩さない程度の安定供給することがポイントだ。

「それはなんというか。こちらかお願いしたい商談だね……でもそれならなおのこと、レルク商会ではだめだったのか?」


そこがこの契約の大事なところだ。


マルコがコホンと咳をして、ロードリー殿下に向き直った。

「この芳香豆の豆茶ですが、薬草と同じように飲むと安心したり、気持ちが落ち着く作用がある反面。それが、依存になる恐れがあります。なので、一日飲んでいいのは四杯から五杯までと周知したいのです。ですが、王都での商売に弱いレルク商会では不安が残ります」

いわゆるカフェイン中毒だ。


俺はここが踏ん張り時だと思った。

「私はこの商品は必ず王都で流行ると思います。ですが、そのことを周知していただけないと。我々の信用にも関わりますので……ロードリー殿下なら。必ず周知して売っていただけると信用しております」

「そう言ってもらえるのは商人冥利に尽きるね」

ロードリー殿下は、ソファを座りなおすとにっこりと笑った。


「どうだろう、話を詰めさせてもらおうか」

「ありがとうございます!」

その笑顔を見て、マルコが頬を赤くして俺を見る。無表情を貫いていたジャコブさんも口角が上がった。


具体的な数字を詰め、契約前に一度うちの領にも来てもらえることになった。

今回持ってこれなかったが、売り出したいものはたくさんある。


うれしくて、笑っているとロードリー殿下に頭を撫でられてしまった。

「そう言う、表情をしているとまだまだ子供だね」

イケオジボイスでそんなことを言われると、舞い上がってしまいそうだ。


その日はロードリー殿下に家に招かれ泊めてもらった。もういろいろすごかったのに、疲れて寝たらもう朝だった。

くやしい、ほかの皆は遅くまで起きて楽しく過ごしたそうだ。体が子供だから! 寝ちゃった。


でもこの縁が、俺とロードリー殿下の、長く続く縁の始まりとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る