第10話 商談しようそうしよう

さっそく、レルク伯爵を呼びつけた。

ここ大事。どちらが上かを分からせるために、あえて呼びつけた。


数日後、レルク伯爵は時間通りにやってきた。

レルク伯爵は、丸い顔にふさふさの眉毛とひげ。背が低いせいか全体的に丸い印象を与える好々爺といった感じの人だ。だが、穏やかそうな雰囲気を出しつつも、目は笑っていなかった。

俺の中では狸のイメージだ。

そして、呼んでもいない少年が当たり前のように入ってきた。丸い顔と、大きな瞳が少し幼く見せている。かわいいと言われる部類の顔立ちだ。

二人は中央のソファにどっしりと座り、室内をきょろきょろ見回している。



俺は黙って彼らの正面に座った。

「こんにちは。ルシウス坊ちゃん。お元気そうで何よりだ」

レルク伯爵は眉を下げながら俺に話しかけてくる。俺はそれを無表情で受け止めた。

隣に座った少年はぶしつけに俺の顔を見ていた。

俺がにらみ返すと、レルク伯爵が少年の肩を抱く。

「これは息子です。良い縁があればと思うのですが」

そう言って、いかがですか? と言いたげな瞳をした。

少年は「こんにちは」と言いながら、値踏みするように上下に視線を動かし、笑みを浮かべた。

お眼鏡にはかなったようだ。うれしくないけど。


俺はそれも無視した。


深くソファに座りなおすと、二人の顔を見比べるように視線を移動させる。

「すみません。今日は商談で呼びました。坊ちゃんと呼ぶのはやめていただきたい」

俺の態度にレルク伯爵は口の端をゆがませて、頭の中で考えを巡らせているような雰囲気を出す。顔に出すなんて貴族としても、商人としても失格だ。

だから少し挑発することにした。

「驚きました、商人であり貴族である伯爵がこんなに無礼だなんて。手紙には今回私は辺境伯代行として臨席することを書いてあったと思うのですが」

俺はにっこりと笑って見せた。つまり、俺の方が偉いんだぞ? と言ったのだ。

こういう場では、目上に勧められるまで着席するのはマナー違反だ。それに加えて偉い方から声を掛けられない限り、声を掛けるのもマナー違反。この二人は部屋に入って二つもマナー違反をしたのだ。

ワンアウト。


「いや、そのっ……つい。いつも通り気安くなってしまった」

「ええ。そのようですね。ですから、今、態度を改めるように忠告いたしました。その返答が言い訳ですか」

二人は押し黙ってソファを浅く腰掛けなおした。

するべきなのは謝罪じゃない? といったのだが、伝わらなかったようだ。

ツーアウト。


俺は威圧するように、大きくため息をついて見せた。

「それで、そちらの方は今回の商談には呼んでおりませんが?」

少年をにらむと、彼はピクリと肩を震わせてレルク伯爵のほうを見上げた。

「おいなんだ。これが年長者に対する態度か!」

レルク伯爵は不機嫌そうな顔をして俺をにらむ。大きな声を出したらひるむと思ったか。こいつらマジで俺をなめてる。


スリーアウト。チェンジだ。慈悲深い仏様だって、三度までしか許さないんだから。


「わかりました。結構です。今日はお引き取りください。いったん取引は中止。次回また正式な場を設けさせていただきます」


俺はそう言うと、扉の向こうに控えてきた騎士に合図を送る。

二人はあっというまに城館の外に追い出された。

商談の場に関係のない人間を呼ぶのは、マナー違反以前の問題だ。


俺はソファに深く身を沈めてふーっと息を吐いた。思った通りの人たちだった。

多分、適当に俺を言いくるめて、ついでに自分の息子を俺に押し付けてやろうという魂胆がみえみえだった。


「……失礼します」

「入ってください」

この声は先ほど、二人を連行した騎士のうちの一人だ。


「宿に送り届けておきました。丁重にもてなすよう指示もしておきました」

ノクタビア地方で騎士たちを怒らせるとどれだけ怖いか身をもって知ればいい。

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