第7話 コーヒーを作ろう

顔合わせまでがコンラートの役目だったので、区切りを確認して帰っていった。

俺とマルコパオロの二人は彼らの錬成場に移動して、そこでこれから作るものに関して他言しませんと秘密保持契約にサインをもらった。


二人が書き終わるのを見届けてからコホンと咳払いをする。

「作るのはコーヒーという飲み物です」

俺がそう宣言すると、二人は目をすがめた。

「こーひーとは?」

「見てもらった方が早いな」

俺は森でとってきた芳香豆を台の上に出した。

パオロは匂いを嗅いでマルコは手に取ると慎重に大きさを測ってみている。


「工程は果肉除去、乾燥 脱穀だ」

「ほう、ということはこれは種を使うのですか」


そこからは図解して、こうしたいというのを伝えた。パオロもマルコも理解が早い。それに、初めて組むとは思えないほど息が合っている。直感型のパオロ。慎重派のマルコよく性格が出ていた。


俺は魔法については良く分からないが、確か。ゲームのシステムだとこう錬成窯に生豆を入れるとピコピコピコと軽快な音が鳴ってコーヒー豆ができるイメージだった。

こうなってわかるが、やっぱあれはゲームの世界だったんだな。

こんなのがあったらな、と言うのは簡単だが、それを形にするには職人が積み重ねてきた経験と、技術がなければつくれない。俺はひっそり反省した。


二人は次第に俺を置いて盛り上がっていった。

パオロがガンガン組み立てている。それをマルコが微妙に調整しつつ完成に近づけていく。

丸いローラー状のもので、種を押し出して取り出し。それを火魔法で乾燥させてから風魔法で脱穀という流れに決まったそうだ。


「それで、この乾燥した種をどうするんですか?」

手につまんでみると、緑っぽかった種が乾燥されて黄色味を帯びていた。香ってみると、しっかりコーヒーの匂いがした。懐かしくて涙が出そうだ。


手に取った種を見つめながら、前世の記憶がふっと蘇る。あの頃、唯一金を惜しまず使っていたのはスイーツとコーヒーだった。大の甘党を自負し、どんな菓子も愛していたが、やはりそれを際立たせるのは香り高いコーヒーだと思っていた。


まさかこんな風にコーヒーと再会できるとは思わなかった。

この生豆を作る方法は、前世で言うところのハニープロセスに近い方法だ。ただ、ここでは魔法が加わっているせいか、信じられないほど短時間で処理が進む。今は試作だが完成度は高い。


「次は焙煎だ。この豆を煎る……その前に大きい粒と小さい粒を分けたい。一緒にしてしまうと焦げすぎたり、色がつかなかったりするから」

そう言うと二人は顔を見合わせて。ザルのようなものを選別した。

「大きさの選別は初めにするのがいいかもしれませんね」

そうですね。乾燥も大きさで時間がまちまちですもんね。もう、どもりもしなくなったマルコに俺は同意しておいた。彼は作業の間ずっと手元のノートに書き込んでいて、そのページはもう真っ黒になるほどだ。そこに、新たな文字が加わる。「大きさを選別」と。

こういうところ、ほんとにゲームと違う。



俺は前世を思い出しつつ、豆を鍋で煎った。部屋中にコーヒーのいい香りが充満した。

「これはなんとも言えない香りですね」

立ち上がる香りに二人が瞳を輝かせる。

色が濃い土色になってきた。ぱちぱちと豆が爆ぜだしたら火を止めて風魔法で冷やし完成だ。

煎った豆は用意してもらった薬研のようなもので粉にした。それをドバっとお湯に入れて、紅茶の茶こしを使ってコップに注ぐ。


試作品第一弾完成だ。


二人は興味津々にカップを手に取り、そっと口をつける。

「……にがっ」

マルコが思わず顔をしかめる。パオロも目をぱちぱちさせながら、もうひと口。

「けど……嫌じゃないな。なんていうか、舌が憶える味ってこういうのか?」

俺は苦笑しながらうなずいた。

「コーヒーってのは、最初は大体こんなものだ。飲めば飲むほど良さがわかる」

「おじさんみたいなしゃべり方ですね」

パオロが笑いながら突っ込んだ。


二人はまだ慣れない味に戸惑いながらも、カップを置こうとはしなかった。

俺も一口飲んでみた。

「うまっ」

前世で飲んだものよりも、香りが強く出ていて、甘味も奥深い。

「ああ、チョコレートと合わせたい!」

「「それはどんなものですか?」」

かぶせ気味に二人が声をそろえて言う。ああ、やっぱりこの二人いいな。どっちかなんて選べないな。作業はパオロがどんどん進め。マルコがそこを補助する。良いチームワークだった。


「第魔法技師隊は、二人も抜けると……やっぱり困るのか?」

二人は顔を合わせ、気まずそうにうつむく。


「あの、実はオレら……まだ主で働いたことがなくて……新人なんで……」


くそ、魔法技師隊隊長め。最後までちゃちな嫌がらせしやがって。でも、新人と言いつつ二人の技術力は確かだった。うちの魔法技師隊レベルが高いな。


「なら二人とも俺の『新しい特産品を作り隊』に、入ってもらえないだろうか」

「……クソダサい名前ですね」

パオロが笑いながら言う。わりと真剣に言っていたつもりだったのに。


「でも、面白そうです! やってみたいです!」

フォローしてくれるマルコも目を輝かせてうなずく。

「よし、なら正式に隊員だ。今日から特産品を作り隊だな」

二人は嬉しそうに抱き合い、これから作業へ期待に胸を膨らませていた。


その後、俺は魔法技師隊隊長を嫌味で突いて、二人とも引き抜くことに成功した。

だが、隊の名前はあっけなく『ルシウス隊』と変えられた。

採取部門にはサイラスと、あの訛りのひどかった騎士ジャコブさんも加わって 五人体制で始動することとなった。




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