第10話 手紙

「定蔵君へ。

不甲斐なく負傷して内地に帰還した僕に、お見舞いの手紙をありがとうございました。

お国のために、と勇んで戦地に赴いたものの、早々に負傷して帰国するなど、恥じ入るばかりです。

今、自分は、定蔵君もご存知の通り、名陸に入院していますが、ほどなくして退院の目処がつく予定です。

退院の暁には、原隊復帰を熱望する旨の嘆願書を何通も書いていますが、担当医からは、残念ながら難しいだろうと言われています。

国をあげて、難局に臨まなければならない大事なこの時期に、何の役にも立たない自分に対し、腹が立つやら情けないやら、世間様に対して大変申し訳ない思いでいっぱいです。

君は、甲種合格した僕のことを盛んにうらやましがっていましたが、きっと君の方が、長い期間、お国のために貢献できるはずです。

だから、まだ招集がかからないことを気に病む必要はありません。

きっと、そう遠からず、出征の栄誉に浴することと思います。

退院して原隊へ復帰することができれば重畳ですが、もしそれが叶わない時は、僕は在郷軍人会に活躍の場を求めようと考えています。

場所や形は違えど、ともにお国のために、それぞれの場所でそれぞれ尽力できれば、それが最も望ましいのではないかと思います。

そろそろ寒い季節となってきました。どうか体に気をつけて、ご自愛ください。

昭和17年晩秋 若宮貢」


「定蔵君へ。

まずは出征の栄誉、誠におめでとうございます。

本来であれば君の親友として、その門出に立ち会うべきところ、体が言うことを聞かず、このような手紙での祝辞に留まることをお許しください。

配属は第6連隊とお伺いしました。

三師は駐屯地が名古屋ですので、気心の知れた同郷の方が多く集まっておられると思います。

定蔵君であれば、第6連隊において、八面六臂の大活躍をされると確信しております。

僕も後方支援に励む所存です。

次のお盆休みに会えることを祈念しつつ、今回は短い手紙ですが、取り急ぎ祝意をお伝えします。

昭和19年早春 若宮貢」


「定蔵君へ。

取り急ぎ用件のみ失礼します。

六連・一大・二中・三小・一分隊の井野班長に不正が疑われる件につき、私見をお伝えします。

結論として、陛下の軍需物資を横流しする由々しき事態を放置することは許されません。

定蔵君が単身でも告発すべきです。

困難な役割ですが、定蔵君が逃げずに真正面から取り組まれることを期待します。

成し遂げられた暁には、現在は作付けが禁止されているので難しいかもしれませんが、また子供の頃のように一緒に甘い西瓜を食べたいものです。

そんな日が一日でも早く訪れることを願いつつ、失礼します。

昭和20年盛夏 若宮貢」


僕と康太が開けたダンボール箱の中には、かなりの量の手紙、祖父の日記、古いアルバム、それから戸籍謄本類が入っていた。

おそらく25年ほど前に祖父が亡くなった時に、父がある程度書類を区分けしたのだろう、経過した年数に比較して、かなり整理された状態だった。

僕と康太は手分けをして、昭和20年8月17日に何が起こったのか、手がかりになりそうな記載や資料を探していった。

僕は祖父の日記を丹念にめくり、気になる記載や手がかりになりそうなところに付箋を貼っていった。

一方、康太は手紙を一つ一つ開封し、その記載内容を読んで手掛かりを探した。

「全部の封筒を開けて手紙を読んだけど、中には封筒しかなくて、中身の手紙が入っていないものも数点あったで。」

「こっちも日記を見たけど、比較的いろいろ書いてあるページもあれば、しばらく何も書かれていないページが続く箇所もあった。手紙から何かわかったことある?じいさんの日記には、昭和20年8月17日の直接の記載はなかったけど、いくつか気になる記載があったわ。」

僕は数冊の日記を束ねて持ち、テーブルの上でトントンと揃えながら康太に尋ねた。

「手紙はたくさんあったけど、この3点やろか。昭和17年晩秋って言ったら、いつ頃やろ?」

康太は、床に広げた、たくさんの手紙の中から、付箋を貼った3通の手紙を拾い上げ、テーブルの上に置いた。

「昭和17年晩秋か、1942年11月頃やな。若宮くんがどれくらい入院していたかわからんけど、1942年中に日本へ戻っているなら、辻褄は合うな。」

「辻褄が合うって、どういうこと?」

不思議そうな顔で康太が僕に尋ねた。

「ラバウルは連合国のバイパス作戦で、1942年以降は制空権も制海権も取られて、陸の孤島になってん。せやから、日本軍は補給も撤退もできへん状態になってるんや。若宮くんが1942年中に日本に帰国しているなら、制空権も制海権もまだ保持していた頃だから、あり得る話や。」

「バイパス作戦って?」

「要するに、無視するってことや。日本の基地があるからって、必ず攻撃せなあかんわけじゃないやろ。そこを避けて周囲をぐるっと取り囲んでしまえば、ご飯も届けられへんし、逃げられへんやん。」

「なるほど。そうすると若宮君は、かなり早い段階で負傷して国内に戻ってきたってことになるやんね。」

康太はうなずきながら、その手紙をテーブルから手に取った。

「それにしても、親友に対する手紙にしては、何かこう文章が硬くない?それに若宮くん、かなり軍国主義的な考え方やなぁ。」

康太が顔をしかめながら言った。

「多分な、検閲を意識してはると思うわ。戦争末期は、親族間の手紙ですら厳しく検閲されてたから、第三者に読まれることを前提に書いている文章やろ、これ。」

康太には、なじみのない言葉が次々出てくるので、少し戸惑った様子だった。

「検閲って?」

「手紙なんかの中身を読んで、あかんことが書かれていたら取り締まる制度や。」

「マジか!?そしたら、うかつなこと書かれへんやんけ。」

「そやな。それに軍国主義に関しては時代やろなぁ。」

僕は手紙を一通手に取って、しみじみ言った。

康太は改めて手に持った手紙に目を落とし、

「この3通目にスイカの話が出てる。ひいじいちゃんがやたらスイカを食べたのは、若宮くんとの約束だったからなんかな?それに昭和20年って終戦の年やんね?井野班長とかいう人の不正って何やったんやろか?」

と頭を捻った。

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僕に繋がる物語 イロイロアッテナ @IROIROATTENA

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