第9話 teams

Teamsを立ち上げて、名古屋の父親に会議への参加を呼びかける。

アイコンがアクティブだから、父親のパソコンは起動しているはずだ。

父親が40代半ば、ちょうど今の僕くらいの頃が、オフィスにぼちぼちとパソコンが入る時期だった。

これまでなかった全く新しい機械と父親は相性が良かったらしく、最初はいやいやだったが、ある程度理解してくると非常に便利だと実感した父は、当時、よくマルチプランやロータス1-2-3などの解説本を家で読んでいた。

その流れで、父親は75歳を超えた今でも、ごく当たり前にパソコンを使いこなしている。

ほどなくして、父親が会議に参加し、画像が映し出され、僕はマイクのミュートを外し、父親に話しかけた。

「聞こえる?」

「聞こえてるで。久しぶりだがや。」

僕と康太は顔を見合わせて苦笑した。

生まれも育ちも名古屋で、名古屋以外で暮らしたことがない父親は、かなりきつい名古屋弁を話すが、本人はそれを標準語だと思っている。

僕が何かを言う前に、康太がパソコンのカメラに割って入り、

「あんな、じいちゃん。ひいじいちゃんが死んだ2000年頃、平成12年くらいに死亡届を出したと思うねん。その時、何かトラブルはあった?」

康太は好奇心が抑えられなかったのだろう。いきなり本題に切り込んだ。

「康ちゃん、薮から棒に、何ゆうとるの?」

父親が戸惑うのも無理はない。

僕は一連の経緯について手短に説明した。

「何もトラブルになっとらんがや。康ちゃんには悪いけど、そりゃあ、誤記だて。」

父親の話によると、祖父の死亡届を出した時、祖父の戸籍は除籍されておらず、身分事項欄にすんなり死亡の記載が搭載され、祖父の戸籍は除籍されたということだった。

「普通やな。」

僕があまりの呆気なさに思わず言った。

「普通やね。やっぱりただの誤記なんかなぁ。戸籍にも反映されてないし。」

康太は気落ちして、つまらなさそうに呟いた。

僕は康太の好奇心を、もう少しだけ刺激する何かがないか、父親に掘り下げて聞いてみた。

「あのさ、じいさんが、豊橋で松根油の原料になる松に関わってたって、聞いたことある?」

「豊橋かは知らんけど、松根油作るのに、どっかで松を育ててたがや。」

松根油の量産について書かれた書籍では、都市部ではなく、松の育成に適した郊外などで育成が図られたとあった。

じいさんの配属先である第6連隊の駐屯地も加味すると、やはり豊橋など、名古屋市外で松の育成等に関わっていた可能性が高い。

「一応聞くけど、じいさん、ラバウルとか行ってないよね?」

僕は念のために確認した。

「行ってないがや。ラバウル行ったのは若宮くんだがね。」

僕と康太は顔を見合わせた。

康太がまたパソコンのカメラの前に割って入り、

「じ、じいちゃん、若宮くんて誰や?」

と聞いた。康太のあまりの勢いに、父親は驚いた顔をした。

「誰やて。親父の、康ちゃんからしたら、ひいじいちゃんの大親友だがや。」

「その、若宮さんっていう方が、ラバウルに行ったってこと?」

僕も思わず、康太に負けじとカメラに割って入って聞いた。

「お前のじいちゃん、儂の親父は、肉親の縁が薄かったんだが。妹は2歳で死んどるし、実母も親父が7歳の時に死んどるがや。」

「ちょっと待って。妹がいたん?」

「知らんのか? 親父の妹は、生まれてすぐ死んだんだが。大正の頃だから、そんなに珍しいことではなかったんかもしれんけど。親父の親父、儂のじいさんも、親父が15、6の時に亡くなってまってよ。血縁者はおらんかったけど、唯一、幼なじみで大人になってからも、ずっと関わってたのが若宮くんだがや。」

父親の話を聞いて、康太はかなりショックを受けたようだった。

「妹が死んで、お母さんが死んで、お父さんも死んで、それで自分は戦争に行くことになるなんて、ひいじいちゃん、辛すぎるやろ。」

僕は康太の背中を軽くさすってやりながら、父親に尋ねた。

「ほんで、その若宮くんという人がラバウルへ出征したってこと?」

「そうだがや。でも、出征して間もない頃に、米軍機の機銃掃射を受けて、内地に負傷兵として帰って来とるはずだがね。」

僕と康太は、すごい勢いで顔を見合わせた。

2人の中に、共通のある仮説が浮かんでいた。

「じいちゃん、なんでそんなに当時の事情に詳しいの? ひいじいちゃんから聞いたん?」

そう康太が質問すると、父親はパソコンの画面越しに顔の前で手を振った。

「いやいや、親父は戦争の話を全くしてくれへんかったがね。親父が死んだとき、遺品を整理していて、当時の手紙や日記が出てきたんだがや。えらいようけだったから、一部しか読んでにゃあけど、そこに書いてあったんだか。」

僕はノートパソコンのモニターの縁を掴み、

「その手紙や日記は、まだ置いてある?」

と勢い込んで聞いた。

康太も横で首がもげるほど、うなずいている。

父親は、子と孫が異様に興奮して尋ねてくることに、若干引きながらも、

「あるで。きちんと返すなら貸したるがや。」

と言った。

僕と康太は声を揃えて、

「すぐに送って」

と叫んだ。

僕らが急かしたからなのか、翌々日には、名古屋からかなり大きな段ボール箱が届いた。

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