第8話 状況整理

僕と康太は、まるで2人とも小学生のように夕飯をかき込んで、口をもぐもぐさせたままリビングに移動し、テーブルの上に兵籍簿、添付書類、それから図書館で借りてきた太平洋戦争に関する数冊の書籍を広げて、2人でまた議論を始めた。

対面式のキッチンから妻の渋い顔が覗くことは気になったけど。

「1回、整理しようや。まず、この兵籍簿と戦死通知書、それから陸軍死亡証明書によると、昭和20年8月17日に、僕のひいじいちゃんで、お父さんのじいちゃんは、死亡していることになっている。」

康太は書類を一つ一つ指差しながら、僕の顔を見た。僕も康太の目を見ながら、無言でうなずく。

「でも、お父さんは、ひいじいちゃんにスイカを取られたことがある。」

「何度もな。」

ふと、康太は目線を上にあげ、何かに気がついたように僕に尋ねた。

「ひいじいちゃんは、お父さんが何歳ぐらいまで生きてたの?」

「確か、父ちゃんが大学2回生までは生きてたと思うで。えぇと、そや、大学2回生の冬に亡くなってん。冬の寒い時期に葬式やったから、よう覚えてるわ。」

「お父さん、今なんぼなん?」

「45やな。」

「そしたら、大体25年前、西暦2000年、平成12年頃までは、ひいじいちゃんは生きとった、いうことか。」

ここで康太は、また悩み始めた。

僕はテーブルの上にあった兵籍簿を手に取りながら、

「やっぱりあれやな、単なる誤記違うか? お父さん、仕事柄、戸籍を見ること多いけど、戦災で焼けた戸籍なんかは、後で人の記憶や、その他の資料から再生するから、終戦後しばらくは、普通に誤記がたくさんあるで。」

と言った。

「え、そうなん? 戸籍なのに?」

康太は、かなりびっくりしたようだった。

僕がよく家で戸籍の話をするからか、おそらく康太の中では、戸籍は身分関係の根幹をなす資料で、間違いはないと認識していたのだろう。

「そうやな。戸籍は、この国で最も通用力が高い身分関係の資料だけど、戦災で完全に焼けてしまえば、再製するには人の記憶や他の資料に頼らざるを得ないやん。けど、戸籍が燃えてるいうことは、他の資料も、大概、燃えてんねん。せやから、再製は人の記憶によるやろ。そしたら記憶違いもあるがな。」

「そっか。でもなぁ。」

康太は、僕の話を聞いても、なかなか納得しづらい様子だった。

「地上戦があった沖縄は、完全に戸籍が燃えてるから、戦後間もない時期までは、同じ人に複数の戸籍が再製されるなんて、ざらだしな。」

「そやけど‥。」

「康太は、どのあたりが納得いかへんの? 父ちゃんが、実際にじいさんと暮らしていたのは、事実やで。」

康太はしばらく黙っていたが、頭の中で何か自分なりの理屈を組み立てているようだった。

「2つあんねん、納得いかへん理由が。1つは戦後の混乱期っていっても、場所によって差があるやろ。そら、沖縄や国境に近い場所は大混乱やったと思うわ。でも豊橋って、そないに国境に近いわけやないやろ?大混乱いうことになるやろか?」

康太が言うことにも一理ある。

確かに豊橋は大きい街だけど、名古屋や東京、大阪といった日本を代表する大都市ではないから、何をおいても空襲されるような都市ではない。

それに、他の同規模の都市に比べて、特別戦火が激しかったという情報もインターネットや書籍からは得られなかった。

そう考えると、果たして証明書に誤記が記載されるほど混乱した状態だったのか、疑問が残る。

「もう1つは?」

僕が尋ねると、康太はにやりとして、

「もう一つの理由は、誤記でない方がミステリアスで面白いやん。」

と言うと、テーブルの上にあったチーズおかきを手に取り、口に投げ入れた。

「いや、面白いけどもな。」

僕は少し呆れて苦笑したが、小学生の康太が、もう少しこのミステリアスな状況を楽しみたい思うのも、わからないではなかった。

「お父さん、戸籍はどうやったんやろか?」

「戸籍?」

急に尋ねられ、僕は康太の質問の趣旨を取りそこねた。

「25年前、お父さんが大学2回生の時に、ひいじいちゃんが死んだんやろ。その時、死亡届を出して戸籍に搭載するやん。それ、すんなり入ったんやろか?」

僕もチーズおかきを口に入れて、食べながらうなずいた。

「確かにな。陸軍死亡証明書に基づいて、戸籍が除籍されていたら、平成12年の死亡届が搭載されるタイミングで、何かトラブルになってるやろな。でも、親父から特にそんな話は聞いてへんから、すんなり入ったんやろなぁ。」

僕は当時の状況を思い出しながら、康太に話して聞かせた。

「それ、間違いないの? 死亡届を出したんは名古屋のじいちゃん?」

「親父やな、確か。何なら今からでも聞いてみるか? コロナの時に親父とTeamsでチーム組んだやろ。この時間やったら、多分、親父はパソコンを弄ってるで。」

「繋いで聞いてみようや。」

僕は康太に背中を押され、テレビ台の下からノートパソコンを取り出し、Teamsを立ち上げて、名古屋の親父と久しぶりにウェブ会議を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る