第7話 第3師団

「もうさぁ、選択問題に、バツを選べっていう問題を入れるの、やめて欲しいわ。あれ一体、何を見てんの?国語力を見てへんやろ。」

康太は、家に帰ってくるなり、ただいまも言わず、鞄を投げて、プリプリ怒り始めた。

「どうしたの?また引っかかった?」

妻が声かけると、康太はむくれながら

「せやねん。もうさ、選択肢から間違いを探せと、個数を数えて漢数字で書けって問題作るやつは、全員タンスの角に小指ぶつけたらいいねん。」

「こら!そんな乱暴なこと言わないの。」

妻にたしなめられても、康太の不満は一向に収まらなかった。

康太は、比較的成績は良いのだが、おっちょこちょいが玉に傷で、引っかけ問題や質問の設定を見落として、イージーミスをすることがあった。

「もうええねん。そんなアホな問題出す学校は、こっちからお断りや。国語の問題なんやから、国語の力を測れや。ほんましょうもないわ。」

怒りの収まらない康太は、そのままリビングの椅子にドカッと座ると、テーブルの上に置いてあった手紙に気がついた。

「あれ、これって愛知県庁から来てるやん。ひいじいちゃんの軍歴、届いたん?」

康太は、手紙をひっくり返して、差し出し人を見ながら言った。

「う、うん。まぁ、届いたんやけどな。」

僕の歯切れの悪い言葉に、康太は首をかしげた。

自分の中でも結論が出ないまま、僕は仕方なく兵籍簿を示して、康太に経緯を話した。

「ほんまや「昭和20年8月17日豊橋市において戦死」って書いてあるわ。ねぇねぇ、豊橋市って、どこなん?」

「豊橋は、愛知県の南東部の中心都市で、東海道の宿場町として発展した歴史がある街やな。」

「そんなん言われても、ちょっと、ピンときいへんなぁ。」

関西圏で生まれ育った康太には、実感を持って把握しづらい様子だった。

「そうなや、ほら0655で「さらば豊橋」って歌やってたやろ、あの街や。」

「「さらば豊橋」って?あぁ、あの男の人がやたら女の人に振られる歌やな。でもあれ、全国津々浦々で振られよるから、やっぱ、わからんわ。」

康太は、やはり街のイメージをつかめないようだったが、それにしても、祖父は、どうしてそこで戦死したことになっているのか。

「ほんで、どうして終戦の翌々日に、そこで戦死したことになるん?」

康太も同じことを疑問に思っていた。

僕は誤記である可能性が1番高いということを説明しつつ、自分の考えを康太に伝えてみた。

「ここに部隊名があるやろ。じいさんは第3師団第6連隊所属やってん。名古屋市からの招集兵は、大概、第3師団所属になるから、それは、そないに、おかしないと思うねん。」

「それは、そうなん?」

「うん。ぐるぐる先生に教えてもろた。」

まだ康太が小さかった頃、康太はうまくグーグルと言えなくて、いつも「ぐるぐる」と言っていた名残で、我が家ではGoogleで検索をすることを「ぐるぐる先生に教えてもらう」と言っている。

「その、第3師団の第6連隊が豊橋におった、いうこと?」

「いや、違うねん。第3師団第6連隊は名古屋に駐屯してて、豊橋におったんは第18連隊やねん。」

「それも、ぐるぐる先生の情報?」

「そや。でも、名古屋にいる第6連隊が豊橋に出張して手伝ったりすることは、あったらしい。」

康太はしばらく腕組みをして頭をひねり、自分の頭の中を整理しているようだった。

「せやったら、死んだかどうかは、ともかくとして、豊橋におるんは、おかしないんやな。」

と言った。

「せやねん。松根油の話もあったやろ。書籍でも調べてみたけど、太平洋戦争末期は、国を挙げて松根油の量産に取り組んでたらしい。ほんで、豊橋は愛知県内の松根油の主要生産地の1つだった可能性があんねん。」

僕はテーブルの上に置いてあった本を手に取り、付箋を貼ったページを開いて康太に見せた。

「そこで、ひいじいちゃんが松を掘ったり育てたりしてたってこと?」

「可能性はあるな。」

康太は、また腕組みをして、難しい顔をした。

「だったら、なんで死ぬねん。しかも終戦後に。ていうか、それ以前に、お父さんは、ひいじいちゃんと暮らしてたんやろ?‥‥幽霊か?」

「いや、幽霊はボケたふりして人のスイカ取らんやろ。何なんやろな、これ。やっぱり誤記か?」

「でも、後ろに証明書までついてるで。」

「そこやなぁ、兵籍簿の記載だけじゃないしな。」

僕らが2人で頭をひねっていると、台所から妻が両手でお鍋を持ってきた。

「はいはい、食事にするから、2人とも取りあえず手を洗ってきて。それから自由研究もいいけど、それは受験勉強の合間にやってね。よろしくね。」

僕らは妻に追い立てられて、夕食後、もう一度、資料を見ながら推理を組み立てることにして、手を洗いに2人で席を立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る