第3話 夏っぽいもの

僕の言葉に目をそらした康太はカレンダーを見ると、突然大きな声を上げた。

「あかん。今日火曜日やん。」

康太はそう言うと、自分の塾用の鞄を引き寄せて、中から財布を取り出した。

「こんな暑いのに、買いに行くんか?」

毎週火曜日になると、近所の駐車場にたこ焼きのキッチンカーがやってくる。康太はそれを楽しみにしていて、欠かさず毎週買いに行っている。

「当たり前やん。さぁ、買いに行くで。」

「いや、お父さんは、もうええて。」

「お父さんがいらんでも、僕がいるねん。1週間に1回の楽しみやから、付き合ってや。」

「1人で行ったらええがな。」

「お願いします。」

両手を合わせて拝む康太に折れて、僕らは、たこ焼きを買いに出た。

玄関のドアを開けると、むっとする熱気が押し寄せる。

2人でいつもの駐車場まで歩いていくと、1台のキッチンカーが停まっていた。

康太は、すぐにキッチンカーの店主に声をかけて、

「おっちゃん、たこ焼き10個入り1皿お願い。マヨネーズなし、ネギだくポン酢で。あと串を2本お願い。」

康太は毎度のことなので、手慣れた早さで注文をまくし立てる。

そして、僕を振り返り、

「自由研究のいいテーマない? 小6で最後だし、何かこう、みんなと違うことがええな。」

「みんなと違うことなぁ。」

僕も思案するが、なかなかみんなと違う良いテーマというと難しい。

それに実際にやるのは僕の方だ。なるべく手のかからないものがいい。

僕が頭をひねっていると、たこ焼き屋の店主が康太に、たこ焼きの入ったレジ袋を差し出した。

「自由研究のテーマを探してるんか?」

「せやねん。おっちゃん、何かいいアイディアあらへん?」

康太がレジ袋を受け取りながら尋ねる。

「いいアイディア言われても、おっちゃん、あほやから、そんな思いつかへんわ。」

「せやな、そんな顔してるわ。」

康太は遠慮なく、ずけずけ言う。

「よう言うた。そのたこ焼き650円やけど、1000円に負けとくわ。」

「いやいや、上がっとるがな、おっちゃん。」

たこ焼き屋のおっちゃんはガハハと笑いながら、僕から650円を受け取った。

「せやけどな、何か季節に合うたもんがええん違うか? こう、夏っぽいやつな。スイカとか海とか、なんかそんなやつ、研究してぇや。」

「夏っぽいものねぇ?」

おっちゃんの言葉に、康太は腕組みをしている。

僕は、たこ焼き屋のおっちゃんに頭を下げて、康太と一緒に家路に着いた。

「なぁ、夏っぽいもんって何がある?」

康太にそう問われ、僕は頭を絞って考えた。

「夏っぽいものなぁ。スイカ、海、蚊取り線香、入道雲、肝試し、幽霊、戦争、そんなもんかな?」

「ちょい待ち。最後の戦争ってなんや?」

「なんや言われても、8月15日は終戦記念日やろ。せやから戦争や。」

「ああ、なるほど。それで戦争か。」

何かピンときたようで、康太はぶつぶつ何か言いながら考え込み始めた。

そして急に顔を上げ、僕を見ると、

「あんな、お父さんのおじいちゃんいるやろ。名古屋のじいちゃんのおとんな。確か戦争に行ってへんかった?」

「父ちゃんのじいさんいうたら、お前のひいじいちゃんか。そうやな、戦争に行ってたで。」

「戦争体験者から直接話を聞いてまとめるのは、どやろか? 説教臭い話じゃなくて、当時の実情や価値観をまとめたら、面白い違うかな?」

「そら、面白いと思うけど。けどな、父ちゃんのじいさんで、お前のひいじいちゃんは、25年くらい前に死んでんで。」

「マジか!?」

「いや、マジか!?って、こっちがマジか!?やわ。お前、会うたことないやろ。」

康太は、せっかく思いついた面白そうなテーマが実現不可能と知って、歩きながら頭を抱えた。

「直接話を聞くのは無理やけど、お前のひいじいちゃんの軍歴なら取り寄せることができるかもしれんで。」

僕はそう言った。

「軍歴?」

「せや。確か、うろ覚えやけど、太平洋戦争中の軍歴は厚生労働省なんかで保管してて、親族が申請したら取れる仕組みになってたはずや。」

「ほう。」

康太は、1度潰れかけたテーマがまだ望みがあると知って興味を示した。

「それ、取り寄せるのは難しいんか?」

「いや、父ちゃんもあんまり知らんねんけど、多分そんなに難しくないと思うわ。けど、探して出してもらうのには時間がかかるんちゃうかな? 古い記録だろうし、知らんけど。」

「知らんのかい!」

大きな交差点で信号に引っかかり、2人で待っていると、街灯の明かりで影が大きく伸びる。

信号が変わり歩き始めると、康太は僕の顔を見て、

「ちょっと、ものを見てみないと使えるかどうかわからんけど、そのひいじいちゃんの軍歴、取り寄せてもらってええかな?」

そう言った。

僕は大きくうなずいて、

「よっしゃ。そしたら、いっぺん取り寄せてみるわ。死んだじいさんの本籍地の県庁が窓口やったはずやけど、じいさんは生まれてから死ぬまで名古屋から出てへんはずやから、愛知県庁で聞けると思うわ。」

「お父さん、ありがとう。僕、他のテーマも考えとくわ。その軍歴も自由研究に使えるかわからんし。」

「せやな。そしたら手分けしようか。」

2人で話がまとまる頃に、小さな我が家が見えてきた。

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