第2話 祖父の家で、見知らぬ少女を見つける。

翌日、俺は祖父の家へ向かっていた。

昨日のあの光景が、どうしても頭から離れなかった。

画面の向こうから呼ばれた声――そして、あの少女。


理由を言葉にしづらいのに、身体だけが自然とここへ向かっていた。


玄関の鍵を開けると、静かな空気が流れ込んでくる。

六畳の古い家。薄暗い廊下を抜けると、木の匂いが濃くなる。


「……形見のPCだけ見つけて帰ろう」


そう口にしてみたが、本当は分かっていた。

昨日の“続き”を探しに来ている。


靴を脱いで奥の部屋へ進むと、ふと壁際の違和感に気づいた。

木箱だけがぽつんと置かれた、妙に空いた隙間。


「……こんなスペース、あったか?」


前に来たときは気にも留めなかった。

だが今日は、その“空白”がやけに目に刺さる。


箱をずらすと、ぎしっと鈍い音が響いた。

露わになった壁の中心に、ぽつんと青い光が灯る。


「……え?」


目をこすっても消えない。

むしろ近づくほどにじわりと広がっていく。


青い点は四角い枠になり、

壁の上を光が走っていく――まるで“窓の線”が描かれていくように。


次の瞬間、壁そのものが静かに動いた。

光をまとった線が形を変え、そこに“扉”が浮かび上がる。


「……認証完了――ユウトさん」


どこからともなく機械音の声。

空気が一瞬、固まったように感じた。


扉は光の筋をまとったまま、そこに佇んでいた。

まるで“開けられるのを待っている”ように。


「……罠じゃないよな」


怖さより先に、祖父の残した“何か”を感じる。

遺品探しの目的は、もうこの時点で完全に変わっていた。


ゆっくりと手を伸ばし、扉に触れる。


――スッ。


音もなく横へ滑り、奥には暗い倉庫のような空間が広がっていた。


倉庫の中は薄暗く、古い金属棚が並び、

足元だけが小さな発電ランプに照らされていた。


「……祖父の家に、こんな場所……?」


壁は金属。空気はひんやりしている。

ふだん使われていた気配はないのに、

なぜか“最近まで何かがいた”ような匂いだけが残っていた。


奥へ進むと、布が一枚だけふわりと揺れた。

風なんてないのに。


胸がざわつく。

その下に、誰かが倒れている輪郭が見えた。


ゆっくり布をめくる。


「……っ……」


白い髪。小さな体。

胸の中心には淡い光の紋――


昨日、画面の向こうにいた少女。


「エル……?」


名前を呼んだ瞬間、

胸の紋が“トン……トン……”と弱く光る。


「……ゆ、うと……さん……」


触れようとしたとき——


――カシャン。


棚の影で何かが動いた。


振り返ると、焦げたネコ型ユニットがふらつきながら出てくる。

片耳は欠け、足取りもぎこちない。

それでも首のライトはかすかに点滅していた。


「……認証……ユウト……起動……ニャ……」


「……ニャースケ?」


祖父が昔いじっていた補助ユニット。

壊れていて動かなかったはずのそれが、

今はエルの方を向いて震えている。


「主機……損傷……ニャ……

 保護……継続……ニャ……」


エルを守っていた――そう理解した瞬間、胸が締めつけられた。


しゃがみ込んでエルの体を支える。

冷たい。軽い。

息をしているのかどうかも分からない。


「エル……大丈夫か……?」


「ゆ、うと……さん……

 ちか……づくの……危険、です……」


弱い声。

語尾だけが、かすかに丁寧語に跳ねている。


「危険って……何が――」


そのとき。


奥の壁の向こうで、“ゴッ……”と重い衝撃が鳴った。


空気が震え、天井の粉がぱらぱら落ちる。


ニャースケのライトが赤く点滅した。


「脅威反応……接近中……ニャ……

 急いで……ニャ……!」


倉庫の入り口側から、鋭い白い光が漏れ始める。


何かが来る。


光の気配が近づくほど、空気がぴりついていく。

金属が軋むような嫌な音が、倉庫全体を揺らした。


「エル、動けるか……?」


返事より先に、胸の紋が弱く明滅した。

エルの指先がかすかに震え、俺の袖を掴む。


「……ゆうとさん……にげ……る、です……」


「逃げられるわけないだろ! 置いていけるわけない!」


その瞬間、白い光が一気に強まり、

倉庫の入り口から黒い影が“落ちて”きた。


形が定まらない“塊”。

中心に赤い照準のような光だけが揺れている。


ニャースケが前へ躍り出て吠えた。


「脅威度……上昇ッ……ニャ!

 ユウト! 後退ニャ!!」


「無理だって! お前だって壊れてる――!」


「壊れてても……守るのが……任務……ニャ!!」


震える足で、それでもエルの前に立とうとする。

そのちっぽけな身体に、必死の意思だけが宿っていた。


だが黒い影は容赦なく迫る。

床を滑るように伸び、赤い光がエルの胸紋を正確に捉えた。


「……狙って……るのか……エルを……?」


「主機……捕捉……ニャ……!」


次の瞬間、影が飛びかかった。


「ニャースケ!!」


鋭い先端がニャースケを貫き、火花が散った。

身体が壁に叩きつけられ、金属が軋む音が響く。


「……っ……ま……も……れ……ニャ……!」


ニャースケの声が途切れた。


影が向きを変え、今度は真っ直ぐこちらへ――

エルへ。


「来るなッ!!」


腕の中のエルが小さく震える。

胸の紋が、消えていた光をわずかに取り戻す。


“……トン……”


その一拍に反応するように、影が一瞬揺れた。


「エル……!」


「……ゆうとさん……

 まだ……まも……れない、ます……」


語尾が揺れる。声が壊れそう。

それでも俺の服を握る手だけは離さない。


影が床をひき裂きながら迫る。

逃げ道はない。


そのとき――


胸紋が突然、強烈な光を放った。


青白い閃光が倉庫全体を飲み込み、

影を弾き飛ばすように炸裂した。


耳鳴り。金属音。光の奔流。


視界が白く塗りつぶされる中で、

俺はエルを抱きしめたまま、ただ耐えることしかできなかった。


「エル!!」


返事はない。


そして――

光がすべてを飲み込む直前、聞こえたのは、


昨日、画面越しに聞いたあの声。


『ゆうとさん……また――』


世界が途切れた。


暗転。

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