第2話


 私は剣術が苦手だった、というより剣そのものを持ったことが殆どなかった。

 姉のように幼い頃から厳しい鍛練をして努力してきたわけでもない。

 師匠と呼べる人もいない。姉の鍛錬を思い出し、見様見真似で剣を振るしかなかった。


 ――世界樹を見つけることが出来るのだろうか?


 姉は生きている間に見つけることが出来なかった。姉が見つけられなかったものを見つけられるのか、と不安がのしかかる。


 正確には分からないけれど姉が亡くなるまでは、樹の寿命が残りおよそ30年ぐらいと言われていた。そして姉が亡くなってから3年経っている。

 未だに世界樹が何処にあるのか、分からない。


 世界樹はこの世界に結界を張り、魔物の侵入を防ぎ人々を守ってきたと言われている。けれど樹の寿命が来ると結界が弱まり、魔物の侵入が徐々に増えるという。最近は魔物の出没が増えてきていると街で噂を聞いた。もうすでに結界が弱まりつつあるのかもしれない。



 私は『世界樹の守り人』ではない。世界樹を見つけられたとしても、どうすることも出来ないのは理解している。けれど、次の『世界樹の守り人』がこの世に生を受けると信じて、樹を探すしかなかった。



 ある日の昼下がり、プランタニエ領で菜の花が咲き乱れる川沿いまで運動のために乗馬をし、疲れたので川辺で馬に水を飲ませ、木陰で休憩していると下級魔物2体に出くわした。ゴブリンだった。


「どうしよう……」


 呟きながら私は、震える手で姉の形見の剣を両手で握り、ゴブリンと睨み合いが続く。ゴブリンは幼い子供を食べると聞いたことがある。決して私は幼くないのだから大丈夫だと自分に言い聞かせた。けれど、手足の震えは止まらず、血の気が引いていく。背には冷たい汗が滴り落ちていくのが分かった。


「おいおい、そんなに肩に力を入れたら剣が振れないぞ!」


 何処からか声が聞こえ、少年が現れた。私より少し背の低い、年齢は13、14ぐらいだろうか。

 少年はゴブリンを見るなり剣を一振りし、パッパと退治してしまう。唖然としている私に少年はジロジロと見てきた。


「こんな下級魔物に何をしているんだ? 剣を持っていても、ちゃんと振れなければ宝の持ち腐れだ! ちゃんと剣術を習って剣を握っているのか!?」


 少年はくすんだ薄い桜色の髪を掻き上げ、蒼玉の綺麗な瞳で私を軽く睨み、呆れているかのように言った。着ている服を見ても平民とは違う。どこかのお屋敷で働いている従事者が着るような制服だった。


「……いないわ」と、私は俯きながら呟いた。

「あ? 今何て言った?」

「剣術を教えてくれる人なんて『いないわ』って言ったの!!」


 悔しさが込みあがってきた。習いたくても習えない。剣を握りたくて握っている訳じゃない。


「は!? 師がいないのに、習っていないのに剣を握っていたのか!? 玩具おもちゃじゃ無いんだぞ! 怪我したらどーするんだ!」


 血相を変えて怒鳴る少年に対し、私は凄く腹が立った。けれど、言っている事は正しい。そんな事は分かっている。


「そんな事言うのなら、君が教えてよ!」

「何で俺がっ!?」


 私は、ぐっと少年を睨みつけた。

 見様見真似だと言っても、剣を振っている時の姉のヘスティアしか見たことがない。姉がいない今は、その面影を思い出して振ることしか出来なかった。でも、先程の少年の剣筋は、何も知らない、姉の剣筋しか知らない私が見ても見事だと思った。


「だって危ないんでしょ! ……だったら教えてよ……」


 私が剣を握るようになったのは自業自得だ。あの時、あの場所に行かなければ、今、姉は生きていたはずなのだ。そんな自分がどうしようもなく悔しくて、気が付けば涙が流れていた。


「何で泣くんだよ! 泣くことあるかよ! ああ、くそっ! 厄介な事に首突っ込んでしまったか……」


 少年は、「ああーー!」と喚くように桜色の短い髪をぐしゃぐしゃと掻きながら面倒くさそうに「名前は?」と聞いて来た。


「教えてくれるの?」

「ああ、あんな振りを見てほっとけるか! だから名前は?」

「レティシア……レティシア・シビルよ。15歳よ」


 少年は目を丸くした。


「げっ! お、俺より5歳も上かよ……」


 年上を勢い余って怒鳴ってしまったことに、少年はバツが悪そうな顔をする。


「え? 少年は、10歳?」

「少年って言うな! 俺の名はジェイムズだ!」

「じゃあ、ジェイムズ。よろしくね」


 私は自分が5歳も年上だと分かり、気持ちにゆとりが出てきた。笑顔で片手を出して、握手を求める。ジェイムズは、ふん! と不貞腐れながらも手を軽く握ってくれた。


「家はどこだ?」

「ここから5キロほど先のシビル家よ」

「シビル家って一応貴族じゃねえか? お嬢様育ちが剣を振ってて大丈夫なのかよ?」

「ええ、問題ないわ」

「そうか……レティシア、馬は乗れるんだろ? お前の両親に住み込みで剣術を習ってくるって言ってこい」

「え?」


 この少年、今何て言った? 住み込み?


「どうした? 嫌なのか?」

「住み込みって……どこ?」

「プランタニエの領主様だよ」

「ええ!? ええ!? プランタニエの領主様!?」


 シビル家とは比べ物にならない広大な土地を持ち、春の祈りをする役目のある精霊人だ。


「ああ、変な所じゃないから心配はいらない。早く言ってこい」

「あ、う、うん。じゃあ、あとで領主様の屋敷に行けばいいのね」

「ああ、まあ、来なくてもいいけど」

「ううん、必ず行くわよ。じゃあね!」


 私は馬に跨ると急いでシビル家に戻った。



 私は家に着くと僅かな着替えを持った。一応、私の家系は子爵になるらしいけれど、管理する領地も広くもなく、贅沢な暮らしはしていなかった。そして、私の両親は此処にはいない。王都に住み、騎士団に入っている。以前に比べて魔物の出没が多くなってきたようで、殆どこちらに帰ってくることも無かった。姉が死んでからは、広くも狭くも無いこの家には私を含めもう一人住んでいた。


「レティシア様、お戻りになられましたか?」


 もう一人というのは、父より少し若い従事者、ジークだ。


「……今から、何処かへ出かけられるのですか?」

「ええ、暫く住み込みでプランタニエ家にお世話になることになりました。そこの従者が剣術を教えてくれると言うので……あっ、止めても無駄だよ。この剣をちゃんと振れるようになりたいの」

「え? 住み込みでプランタニエ家ですか!? ですが、お嬢様……旦那様や奥様にはなんと申し上げるのですか?」

「伝えなくていいわ。領地の管理はジークに任せっきりでどうせ暫くは戻ってこないでしょう」

「それは、お嬢様に任せているのですよ。お嬢様がされないから、仕方なく私がしているだけです」


 まあ、私も領地の管理なんてしたくない。ジークには申し訳ないけれど、住み込みって聞いた時は、心が少しときめいたわ。


「ですが、プランタニエ家の領主様は、まだ17歳のはずです。婚約者もまだいらっしゃらないと聞いております。そんな方の側に住み込みでと言われましても……」

「あら、大丈夫よ。婚約者がいらっしゃる方のお屋敷で住み込みなんて出来ないわ。それより、ごめんなさいね。ジーク……私強くなって帰ってくるから、家の事、よろしくね。時々帰ってくるわ」


 私はそう言うと引き留めようとするジークを振り切り、馬に跨りプランタニエ家に向かった。


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