夢創造人

深白

第一章 彼らの記憶自身が夢となる

第一話 祝福

神に夢の住人と呼ばれながらも夢を見ない人々がいた。

この世界には神に捧げる夢を創る聖職者がいた。


これは、悪夢にうなされる少女と夢を操る少年、二人の夢創造人のお話。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夢…、私は好んでみますよ。だって、折角夢創造人の皆さんが創ってくれた物語ですから。

                        ―核と白狐のお休みタイム―


「核の使いが、祝福に来たって。ランジア、滅多に見れないから見てきな。」


「え、ホントに?行ってくる!…お母さんは?」


 母はにっと笑って後ろを指差す。弟が小さな寝息をたててぐっすり寝ている。弟は一ヶ月前に生まれたばかり。雪のように真っ白な髪色で、職人の手で丁寧に作られた人形のように可愛らしい顔をしている。


「ほんっとうに可愛いねぇ、カメリア!」


 私にとって、年の離れた弟は愛しい存在以外の何者でもない。近所に住む兄弟たちの喧嘩友達のような関係を、生まれて十三年、一人っ子であった私はずっと羨ましく思ってきた。だから、弟という家族の誕生の際には大層嬉しがって大泣きした。


「あんたが可愛い可愛い言ってちゅっちゅしなければ、泣きもしないから心配であるけどね。今は寝てるから駄目だよ。」


 抱きつきにいこうとしたのを見破って、母は私の首根っこを捕まえる。潔く諦めて、私は一階に下りる。


「はーい。あ、急がないと。行ってきます!」


「行ってらっしゃい。」


「気をつけろよー。」


 母の見送りの声とともに、部屋の奥の方から父の声が聞こえてきた。どうせまたフウロの花の絵でも描いているのだろう。苦しい生活の中でお金にもならない絵をひたすらに描いてなんになるというのか。

 家のある西区から町の中央区の噴水のある広場へ大勢の人々が進む流れに沿って走っていく。低い屋根の建物から屋根上に登り、ノロノロと進む流れを横目に追い越して、人のいない家と家の隙間にうまく着地する。貧しい西区には珍しく、薄汚れた石畳の大通りは人々の声で賑やかだ。

 そのため、どうしても道に沿って歩こうとすると人混みの波に揉まれてしまう。時間の節約は人生における有益な時間の増加を指す、と母が言っていた。知っている近道は使わぬ方がもったいない。


 「はっはぁ、はぁー疲れた。」


 噴水のある広場の前に辿り着いたときには、《核の使い》はもう祝福の祈りを始めていた。

 祝福は数年から住数年に一回行われる、街と民衆に今後の幸せを願う儀式だ。この国で信仰されている豊穣の核様の代弁者である《核の使い》という存在、又は核の使いに仕える《星望者》という存在がこの儀式を取り行っている。私は生まれて初めてこれを経験する。

 人混みを掻き分けて急いで噴水の近くによると、祈りの言葉を必死に思い出す。


 ―民の願いの一端を担う核様と核の使いへの感謝を込めて―、だったか。


 胸の前で両手を合わせて祈る。


「では、始めるとしよう。」


 凛とした声を広場に響かせると、核の使いの掌から眩い程の白い光が広がって、街を飲み込む。私や街中の人の瞳を白光で覆い尽くすように、人々の体が輝き始める。

 白く、白く、白く。目もあけていられないほどに眩しく。

 私自身、どうなっているんだろう。どうしてもこの貴重な光景を目に焼き付けておきたくて、恐る恐る目を開く。そして、目の前に広がる光景に思わずたじろいだ。

 私の体は淡い青色に輝いている。大衆の白色の光の中で、青色は一際目立つ。

 私だけ、どうして…。

 青色の光が何を意味しているのか、私は知らない。それでも、ゆっくりと目を開き始めた人々に好奇の目を向けられ初めている事実がそこにある。

 背筋に冷たい汗が流れる。


「うわっ、なにこれ。俺めっちゃ青い…。」


 ふと若い男の声が聞こえた。聞いているだけで少し力が抜ける優しい声だった。声のした方向を振り向くと、一人の少年が淡い青に包まれた体を隅々まで隈なく観察しながら驚いていた。手を眺めたり、革靴の裏を覗いてみたり、見る限り私よりもずっと慌てている。


 次の瞬間、少年との視線が交わった。少年は私に気づくと猛スピードで人混みを掻き分けて近づいてくる。


「あっ、君も同じだ。これ、なにかわかる?」


「え、わかんない…。」


 段々と白い空間が薄くなり、建物も人も、元の色を取り戻していく。私の近くへ来ると少年は何かに気づいて目を見開いたように見えた。再び目があった時は嬉しそうに笑っていただけだったから気の所為だったのかもしれない。


 今はそんなことを気にしている場合ではない。何故、私は皆と違う?


 ここを訪れた目的である核の使いの祝福などすっかり忘れて、自身に起きた異常な事態に集中して思考に耽っていた。いつの間にかすぐ隣に核の使いがしゃがんでいた。


 当代の核の使いの名前はベイアという。


 六十は超えているだろうが、それを悟らせない若々しさと剛気さを感じる。生まれてまもない頃に《星望者》に選ばれ、そこから核の使いに光の速さで成り上がったと聞く。当時は相当なニュースになったのだと、母が言っていた。

 星望者は核の使いに仕える腹心のことだ。核の使いの代理を務めることもある。元々核様と言う神の代理である核の使いの、そのまた代理を務めると言うのも変な話であるが。各地に五人ぐらい存在していた気がする。学がないので、恥ずかしながらとても曖昧だ。彼らの名前も知らない。

 もっと勉強できる環境があったら良かった、と時々思ってしまう。


「おめでとう、なのかな。あなたたちは夢創造人になる資格があるんだよ。どうかな。一緒に来てみない?」


 ベイアは表裏のなさそうな笑顔で問いかける。 


「夢創造、人?」


 二人は初対面と思えないような揃いようで一言、そう呟いた。周囲が明らかにどよめいた。


「なんと。この街から夢創造人が二人もでるとは光栄なことだ。」


 周囲の人々は口々に言う。

 夢創造人というのは、この世界のただ一人の神である核様に仕え、創った夢を奉納する聖職者のことだ。

 彼らは夢を創り上げる特殊な力を持っていて、それは祝福で見つけられるのだと、何処かでそんな話を聞いたことがある。

 そうか…祝福で見出されるって、こういうことだったのか…。

 部分だけ取って見てみれば、夢創造人になる資格があるという話は上手い話だと思える。身分は保証されるし、お金だって今の貧しい生活が一変するぐらいもらえるだろう。私が夢創造人の実態をほとんど知らないことを除いて、特に問題点はないのである。


 「どうするかい?」


 とはいっても、相手は身分が途方もなく上の人。選択肢は一つしかないだろう。

 少年と声を合わせると答えた。


 「ベイア様、大変光栄に存じます。喜んでお受けいたします。」


 どよめいていた周囲の人々が歓喜の声をあげ、大きな拍手が起こる。少し戸惑って、後退りした。

 街から二人も一気に夢創造人が出たのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、この時の私はそれをさほど凄いことだとは自覚していなかった。


 「では、早速準備に取り掛かろうか。」


 ベイアは豪快に笑うと、色々と説明をして、私たちを家に帰した。

 私は家に帰って母に夢創造人のことを話した。


 「私もねぇ、祝福時は体が白色に光ってたから祝福が行われたって分かってたんだけど、まさかランジアにそんなことが起こってたとは。」


 もし、自分が夢創造人の素質を持っているのなら、その親族にも何かあるかも知れない。私はふとそんな予感を感じた。


「可愛い可愛い我が弟も何かあったり?私と同じように青色に光ったとか。」


「…ざ、残念だか白色だったよ。」


 母は少し言葉に詰まった以外はいつもの少し掠れた優しい声で告げる。


「そっかぁ、まあ普通が一番だよね。」


 皆の憧れの職業に就かなくても、街の中で平和に暮らしているのが一番平凡で温かい幸せなのかもしれない。少なくとも私はカメリアというただ一人の弟には特別な人生など送らなくても、平凡な幸せを享受しながら日常を過ごしてほしいと願っている。


「…でも、ランジアはそれに行くんだね?だったらさっさと準備しな。はは、…とっても、光栄なことだ。」


 母は少し寂しそうな顔をしてから物置を漁り、その奥から高価そうなトランクケースを引っ張り出してきた。それは母の母、会ったことのない私のお婆ちゃんの形見であった。

 トランクを受け取り、食堂に来た客で賑わう一階から、居住スペースである二階に登る。古い木がギシギシと音を立てる。

 一見とても私は幸せに思える。決して今の暮らしが不幸だとは思っていない。

 しかし、この家庭は何処か欠落している。何とははっきりとは言えないのがまた難しい問題なのだが、父が部屋から出てこないまま絵を描き続け始めてから、何かがおかしくなった。母が女手一つで子供二人を育てながら、安い食堂を経営して食事を提供することで、日々の生活費を稼いでいる状況だ。

 まぁ、どうでもいい。

 私が夢創造人になれば、この家の生活も少しはマシになるはずだ。

 その日の夜のうちに持っていたトランクキャリーに服やら、下着やら、フウロの花の匂い袋をつめておいた。

 明日着て行く服はこの家にあるものの中で一番いい生地のものにしよう。深紫のロングスカートと白いブラウスは五十年以上前のものだが、しっかりと手入れされている。祖母の嫁入り道具だったとか。この家で受け継がれてきた唯一の高価な服だった。

 私の家族に対する核の使い側の挨拶は案外簡素なもので、渡された難しそうな書類に母がサインしているのを眺めているだけですぐに終わった。核の使いに頼まれて来たのだろうこの街の傭兵の態度は酷いものだった。幸い後から訪れたガーディアンに咎められてその人たちはどこかに連れて行かれた。ガーディアンの女性があの失礼な傭兵のことを謝ってくれた。ベイアの近くにずっと立っていた殺気の漂う人物だと記憶しているが、話してみると存外優しい話し方をするものだ。

 しかし、仮にも核の使いを中心とする連盟組織はこの国での最高機関であるというのに、身分が下のものに対するこのような態度をする暇を与えるのは如何なものか。いや、だからこそか。

 きっとあの少年の元には核の使い直々に挨拶が行っていたりするのだろう。格好から見て、東区のボンボンであるのは間違いないから。


     ***


「行ってきます。」


 朝になって私は古びた靴を履く。

 暫くは帰ってこれない。現実を理解した上で私自身が選んだ道だ。

 私が選ばれて夢創造人として活躍すれば…。いや、これは秘めておくことにする。

 私はお母さんとカメリアを楽にするためにお金を稼ぐ。


「お父さーん!ランジアが出発するよー!」


「いってらっしゃいー。」


 奥の部屋から出てくることもせずに、その感情の読めない起伏のない言葉だけが玄関に響き渡る。

 ずっと後になってあの少年に語ることになる。思えば最後の最後まで愛のない人だった、出した手紙さえ返さないのだから、と。


「はぁ、今度こそいってきます!カメリアも、元気でね。」


 弟の頬にキスをすると、小さい赤ん坊はぷいと顔を背けた。姉の門出の時こそ笑ってくれてもいいと思うのだが、私がしつこいせいなのか一向に懐いてくれない。

 「あう」という怒っているのか、別れの挨拶を交わしているのか判断に迷う声を聞きながら家を出る。


 トランクを引いて、西区の家を出た私は複雑な感情に苛まれていた。市場のある大通りを一本外れた路地を抜けて、東門の前へ。 

 渡された宿の住所に着くと目の前にそびえていたのは、商人で賑わうこの街で一番と言っていいほど背丈が高い、高級な雰囲気の漂う宿館であった。 

 困惑する私と同じように、キョロキョロ周りを見渡している少年がいた。しかし庶民感丸出しな私とは対照的に、彼は深い紺色の外套をまとい、どこか気品のある所作をしている。

 その背後には保護者だろうか、にしては相当若いが二人の男女が少年に手を振っていた。


「あ、昨日の。」


 目が合うと少年は目が輝かせて勢いよく走ってきた。家を出てきた時のような、もやもやした心が少し残っていたが故に少し安心する。


「あー、おはようランジア。昨日ぶりだね。」


「おはよう!えーと?」


 今、私の名を呼んだだろうか。いや、気のせいだろう、知るはずがない。少し癖のついた鶯色の髪を後ろに束ねた少年の名前を、私はまだ知らない。そのことに気づいて素直に聞こうか迷う。


「……そっか、俺はハイド。ハイドって呼んでくれていいよ。よろしく!」


 私の考えていることに気づいたのか、少年は口角ををあげてからさらりと自己紹介をした。

「よろしくね。私はランジア。」


 握手をしようと手を差し出すとハイドは手を握りしめてぶんぶん振り回した。


「ランジア。これからこんな可愛い子と一緒に仕事できるなんて嬉しい!俺、張り切っちゃうなぁ!」


 これは…、母の教訓其の二、初対面から女性に対して距離感の近い男には十分に警戒するべし、そんな言葉が頭に過ぎる。最初の明るくて素直な人という印象より、この人は遊び人らしき人種なのかもしれない。要するに、言動が少しチャラい。


「っ、すぅううう。」


「え、どうしたランジア?」


「早くいこ。ハイド、さん!」


「えぇ…、そんな他人行儀なぁ。」


 わざと敬称を強調して呼んだことに気づいて、ハイドは先を行く私に必死に抗議を唱えた。気にせず宿に入る。

 核の使いに事の次第を聞いていたのだろう、宿の入り口の前にいた門番らしき男性はチラッと流目で二人を見ただけで、止められることはなかった。フロントの右手にはもう、数人のガーディアンに囲まれたベイアが待っていた。


「さぁ、いこうか。ランジア、ハイド。」


 入り口停められた馬車は、まるで別の世界のもののように豪奢だった。 街の石畳に差す朝の光を受けて、金の細工がきらりと輝く。普段は市場で荷車しか見ない私にとって、それはあまりに場違いで、近づくことすらためらわれた。

 ベイアは凛と微笑んでガーディアンに手を引かれ、馬車に乗り込んだ。

 同じものに乗っていい訳がない。

 次に待つ地味な馬車を待っていると、ベイアが不思議そうに声をかけてきた。


「二人とも、何をしているんだい?早く乗りなさい。」


「え、承知いたしました。同乗させて頂き誠に光栄です。」


 隣のハイドは戸惑っていたがすぐに切り替えて、姿勢を正して礼をした。その真似をして、私も礼をした。


「段差が少し高いので。…どうぞ。」


 ハイドは私が馬車に乗りやすいように肘に手を軽く添えると、軽いエスコートをしてくれた。上流階級の男が市井の娘にするには、十分すぎるほどの礼儀と気遣いだった。

 馬車はゆっくりと前輪から動き出し、段々とスピードが上がってくる。

 自分の街を出たのは初めてだったことから、東門を出た辺りで人生で初めて、私は花畑を目にした。


「すごい、綺麗。何回みても凄いな。」


「初めてこんな間近に見た!すっごい。真っ赤だぁ。」


 この街、トラネスを囲む壁の外周はその殆どがフウロの花畑だ。元々花畑のあった場所にこの街ができたらしい。

 街を囲む花畑だからといって、私が見慣れているというわけではない。山沿いで塀に囲まれた街から外に出るには通行手形か身分証明書を門前の傭兵に見せる必要がある。通行手形や身分証明書を持たない貧民街の子供は開いた門の間から花畑を見るくらいしか手がないのだ。


「こんなに広かったんだね。」


 一面に広がるフウロの花畑。地平線の彼方まで広がっている真っ赤な花を前に思わず息を呑む。花と商業の街と言われるだけある絶景だ。

フウロの匂い袋がトランクケースにぶら下がって揺れている。その匂いを思い出して、馬車の隙間から外の空気の匂いを思い切り吸い込む。僅かに甘い香りが鼻腔に広がる。その香りにうっとりとして、私は花の海を眺め続けた。


「何回みても、飽きないな。」


 同じ馬車に核の使いが乗っていることなんかすっかり忘れて盛り上がる二人を見て、ベイアは自分の子供を眺めるように目を細めた。


「この世界には、美しい場所、人が多いんだよ。それを知り、魅せるのが君たちの仕事の一つでもある。」

 

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