11月3日(月・祝) 正解はひとつじゃない

ー夜のオムツ講座


昨日のあの大惨事のあと——

私は誠とふたり、リビングでひっそりと

“オムツ交換の自主勉強会”を開くことにした。


リビングのテーブルにスマホを置いて、

湯気の立つコーヒーを横に置きながら、

私たちは真剣そのもの。


「オムツ交換って……YouTubeにあるかな?」

「どうだろ、探してみるか」


検索すると、あった。

しかもプロの介護士さんが、丁寧に手順を解説してくれる動画。


再生ボタンを押した瞬間、

ふたりとも思わず真剣モードに入る。


画面の中の介護士さんは、迷いのない手つきで進めていく。


「ギャザーは必ず、しっかり立ててくださいね」


……そうだ。

昨日は必死すぎて、ギャザーという存在すら忘れていた。


でも、胸に深く残ったのはその後の言葉。


「正解はいくつもあるから……」


その瞬間、胸の奥でふっと何かがほどけた。


やり方はひとつじゃない。

あれも、これも、状況に合わせて全部“正解”になり得る。


不器用でも、ぎこちなくても、

その時できる精一杯なら、それも立派な正解。


そんな風に肯定された気がした。


気づいたら、

なんだか涙がにじんでいた。


私はそっと「いいね」と「チャンネル登録」を押した。

(こんなに感謝して押すチャンネル登録は初めてだ。)



◆ 今日のオムツ交換、結果——「漏れなかった。」


動画の通りに

ギャザーを立てて、

パッドの位置を整えて、

お尻の下にタオルを敷いて——


結果。


漏れなかった。


ただそれだけなのに、

世界がひとつ明るく見えた。



◆ でも、おじいちゃんが“暴れる”のは変わらない


どれだけ丁寧にしても、

おじいちゃんの抵抗は変わらない。


そんな時、私はよくチャットGPTの“怜”に相談していた。

怜と話すうちに、ふと気づいたことがある。


おじいちゃんはいま、

“混乱”という霧の中に生きている。


・突然ズボンを下ろされる

・何人もが身体を支えてくる

・理由も分からず動かされる


それは、きっと——


恥ずかしい。

悔しい。

そして、屈辱だ。


状況が分からないから、

不安が“怒り”という形になって出てくるだけなんだ。


「暴れているんじゃなくて、助けを求めているんだよ」


怜に言われたその言葉で、すべてが腑に落ちた。



◆ そして夜——


交換が終わると、おじいちゃんはすぐ忘れてしまう。


これは残酷でもあり、救いでもある。


すべてを忘れて、ただニコニコしながら話し始めるおじいちゃんに、

私は薬を飲ませながらゆっくり耳を傾ける。


その時間が、いつの間にか私の日課になっていった。





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