第6話 実習発表
朝の食堂は、パンとスープの香りで温かかった。
「クロガネ〜、聞いた? 今日のホームルームで“実習候補地”発表あるってよ」
リオがトレイを置きながら言う。
「え、もうそんな時期?」
「だろ? まだ一年なのにさ、早すぎん?」
カイが肉の山を食べながらうなずく。
「北部林道……かな?」
セナが少し不安そうに呟いた。
「魔力が増えてるって噂、ほんと?」
「新聞で読んだわ。ギルドが査察に入ってるって」
エリナがさらっと情報を補足する。
ミルナは頭を抱えた。
「やだな〜北部って寒いんだもん。錬金の薬、凍るんだよ?」
「凍る前提で作るからでしょ」
「うっ……それはそうだけど!」
そんな中、グレンがぽそり。
「……クロガネ、今日眠そう」
「え、そうかな?」
昨日も朝方まで“罠の密度”を調整してたからね
「無理すんなよー」
リオが笑って肩を叩く。
◆
ホームルーム。
ダモンが教壇に立つと、空気が一気に引き締まった。
「実習候補地を出す。あくまで“候補”だ。確定ではないが——」
黒板に、地図が魔法で投影される。
『A案:南東・浅層ダンジョン《フォレスト・スパイン》
B案:西方・
C案:北部・
「……C案、出た」
セナが声をひそめる。
「やっぱ北部……噂のとこか」
「あの辺、不明者増えてるんだよな」
リオが眉をひそめ、ミルナは露骨に嫌そうな顔をした。
「ダモン先生……これ一年で行っていいの?」
「行くかどうかは、明日の最終評議で決まる。ただ、こういう“揺れる時期”だからこそ経験値になるのだ」
エリナが真剣な顔で呟く。
「未知の魔力変動……もしかして、新しくダンジョンが生まれかけてるのかも」
(生まれかけてる、ね)
◆
実技は軽めの座学と、簡単な剣術と魔力制御。
疲れた班が、廊下でへたり込む。
「は〜……今日の制御、まじでむずかった……」
リオが床に伸びる。
「グレン、魔力安定してたね」
セナがタオルを渡す。
「……クロガネが位置取ってくれると、撃ち方分かる」
「そうなんだ?」
「うん……。誘導があると、狙うポイントが光っている。」
ミルナが水筒を飲みながら続ける。
「ねぇクロガネくん。」
「なに?」
「先生、班の中じゃ“誘導役が一番作戦理解度高い”って言ってたじゃん?」
「……うん」
「クロガネくんが実習の時にリーダーになるのはどう?」
「えぇー?リーダーは気が重いよ。」
「視野広いし、適任だと思うけどなぁ。」
(視野というより……“狩場の管理”に慣れてるだけだよ)
「えへへ、褒めたら照れてる〜」
「照れてないよ?」
「照れてる〜〜〜」
リオがふざけながら背中を叩いてきて、俺は困ったように笑った。
(友達ムーブ、嫌いじゃないよ。
その分、裏で“落ちたとき”のギャップが美しいから)
◆
放課後。
今日も補講組と別れ、俺は静かに寮の裏へ向かった。
霧の濃さがいつもより強く、森の音が少し歪んで聞こえる。
(……増えてるな。魔力の流れ)
裂け目に触れ、世界が裏返る。
◆
ダンジョン内部。
湿った腐葉土の匂いが、一段と深くなっていた。
「マスター……お帰りなさい」
サキュバスが柔らかい笑みを浮かべる。
「今日の侵入者は?」
「三組……うち二組は撤退。
そして最後の一組が——今、第二層の手前まで来ています」
「強い?」
「昨日よりは“まとも”ですね。
初級魔術使いと、刃物に慣れた戦士。それに……泥臭い盗賊が一人」
「なるほど。小物だけど慣れてるタイプ、か」
「はい。でも——」
サキュバスが少し声を落とした。
「一人、“恐怖の匂い”より、“殺気の匂い”が強い者がいます」
「ほう」
(やっとか。強い個体も匂いを嗅ぎつけてきたか)
「どうします? コアは、捕食を望んでいます。」
「二人は返す。一人だけ殺す」
サキュバスが微笑む。
「判断の基準は?」
「簡単だよ」
俺は森の奥を指す。
「“あいつらを守るために前に出たやつ”を殺す」
サキュバスの瞳が揺れた。
「……理由、聞いても?」
「そういうのは“味が濃い”からね」
「……ふふ。
やっぱりあなたの思考は、時々ひどく残酷で、美しい」
◆
第二層入口で、コボルトが相手を追い詰めていた。
「くっ……来いよ、化け物!」
前衛の男が、震える仲間を庇っている。
「お前ら先に行け! 背中見せんな、殺されるぞ!」
(ああ、こういう“馬鹿で勇敢なやつ”は——うまい)
コボルトの爪が横腹を裂き、彼は膝をついた。
「退け!! 俺が引きつける!!」
「兄貴無理だって! 死ぬ!!」
「いいから……行けって言ってんだろ……!」
盗賊二人が逃げる。
前衛はまだ立っている。
俺は歩み寄る。
「……やるじゃん」
「……誰だ、お前……!」
「観察者」
「は……?」
彼の目に俺が映った瞬間、
“獲物の最後の光”がわかった。
俺は肩をすくめる。
「今日は、お前だけもらうよ」
◆
断末魔は短かった。
残り二人は、血まみれで森から逃げていった。
「マスター。一人分の魔力、第二層核に流しました」
「うん。これで第三層の種も少し育つよ」
◆
草原になる予定の空間へ向かう。
“草原の種”は、昨日よりはっきりとした輪郭を持ち始めていた。
床が、かすかに草の匂いを帯びる。
風が、音を持ち始める。
「……いいね」
「はい。マスターの望む“広くて逃げ場のない草原”……
形になりつつあります」
サキュバスが振り返る。
「今日のあなたは……昼の顔より、夜の顔のほうがずっと素直ですね」
「そりゃそうでしょ。
昼は“おとなしくて優しい一年生”だから」
「では夜は?」
「夜は……」
俺は、草原の種に触れながら笑った。
「“選別者”だよ」
サキュバスの尾が震える。
「……その響き、本当に好きです」
◆
草原の核が、脈打つ。
『第三層核:形成率 28% → 33%』
男一人分の魔力が混ざった影響が、数字になって現れていた。
「あと数人……
それで第三層の“足場”ができるね」
「はい。次に来る人間は……殺しますか?」
「気分次第」
「……あなたという人は」
サキュバスが困ったように微笑む。
「本当に、飽きない」
「それはお互い様でしょ」
草原の魔力が、薄い風の音を立てた。
まだ“草原”ではない。
まだただの“広がる影”だ。
でも——
(いずれここが、逃げ惑う音でいっぱいになる)
それを思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
「もうすぐだよ。」
「ええ……“始まります”ね」
サキュバスの声は、風と混じった。
静かに、深く、期待を含んで。
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