第6話 実習発表

 朝の食堂は、パンとスープの香りで温かかった。


「クロガネ〜、聞いた? 今日のホームルームで“実習候補地”発表あるってよ」


 リオがトレイを置きながら言う。


「え、もうそんな時期?」


「だろ? まだ一年なのにさ、早すぎん?」


 カイが肉の山を食べながらうなずく。


「北部林道……かな?」


 セナが少し不安そうに呟いた。


「魔力が増えてるって噂、ほんと?」


「新聞で読んだわ。ギルドが査察に入ってるって」


 エリナがさらっと情報を補足する。


 ミルナは頭を抱えた。


「やだな〜北部って寒いんだもん。錬金の薬、凍るんだよ?」


「凍る前提で作るからでしょ」


「うっ……それはそうだけど!」


 そんな中、グレンがぽそり。


「……クロガネ、今日眠そう」


「え、そうかな?」


 昨日も朝方まで“罠の密度”を調整してたからね


「無理すんなよー」


 リオが笑って肩を叩く。



 ホームルーム。

 ダモンが教壇に立つと、空気が一気に引き締まった。


「実習候補地を出す。あくまで“候補”だ。確定ではないが——」


 黒板に、地図が魔法で投影される。


『A案:南東・浅層ダンジョン《フォレスト・スパイン》

B案:西方・魔力薄帯リーフベルト丘陵

C案:北部・高魔力変動地帯北部林道──未登録域周辺


「……C案、出た」


 セナが声をひそめる。


「やっぱ北部……噂のとこか」


「あの辺、不明者増えてるんだよな」


 リオが眉をひそめ、ミルナは露骨に嫌そうな顔をした。


「ダモン先生……これ一年で行っていいの?」


「行くかどうかは、明日の最終評議で決まる。ただ、こういう“揺れる時期”だからこそ経験値になるのだ」


 エリナが真剣な顔で呟く。


「未知の魔力変動……もしかして、新しくダンジョンが生まれかけてるのかも」


(生まれかけてる、ね)



 実技は軽めの座学と、簡単な剣術と魔力制御。


 疲れた班が、廊下でへたり込む。


「は〜……今日の制御、まじでむずかった……」


 リオが床に伸びる。


「グレン、魔力安定してたね」


 セナがタオルを渡す。


「……クロガネが位置取ってくれると、撃ち方分かる」


「そうなんだ?」


「うん……。誘導があると、狙うポイントが光っている。」


 ミルナが水筒を飲みながら続ける。


「ねぇクロガネくん。」


「なに?」


「先生、班の中じゃ“誘導役が一番作戦理解度高い”って言ってたじゃん?」


「……うん」


「クロガネくんが実習の時にリーダーになるのはどう?」


「えぇー?リーダーは気が重いよ。」


「視野広いし、適任だと思うけどなぁ。」


(視野というより……“狩場の管理”に慣れてるだけだよ)


「えへへ、褒めたら照れてる〜」


「照れてないよ?」


「照れてる〜〜〜」


 リオがふざけながら背中を叩いてきて、俺は困ったように笑った。


(友達ムーブ、嫌いじゃないよ。

 その分、裏で“落ちたとき”のギャップが美しいから)



 放課後。

 今日も補講組と別れ、俺は静かに寮の裏へ向かった。


 霧の濃さがいつもより強く、森の音が少し歪んで聞こえる。


(……増えてるな。魔力の流れ)


 裂け目に触れ、世界が裏返る。



 ダンジョン内部。

 湿った腐葉土の匂いが、一段と深くなっていた。


「マスター……お帰りなさい」


 サキュバスが柔らかい笑みを浮かべる。


「今日の侵入者は?」


「三組……うち二組は撤退。

 そして最後の一組が——今、第二層の手前まで来ています」


「強い?」


「昨日よりは“まとも”ですね。

 初級魔術使いと、刃物に慣れた戦士。それに……泥臭い盗賊が一人」


「なるほど。小物だけど慣れてるタイプ、か」


「はい。でも——」


 サキュバスが少し声を落とした。


「一人、“恐怖の匂い”より、“殺気の匂い”が強い者がいます」


「ほう」


(やっとか。強い個体も匂いを嗅ぎつけてきたか)


「どうします? コアは、捕食を望んでいます。」


「二人は返す。一人だけ殺す」


 サキュバスが微笑む。


「判断の基準は?」


「簡単だよ」


 俺は森の奥を指す。


「“あいつらを守るために前に出たやつ”を殺す」


 サキュバスの瞳が揺れた。


「……理由、聞いても?」


「そういうのは“味が濃い”からね」


「……ふふ。

 やっぱりあなたの思考は、時々ひどく残酷で、美しい」



 第二層入口で、コボルトが相手を追い詰めていた。


「くっ……来いよ、化け物!」


 前衛の男が、震える仲間を庇っている。


「お前ら先に行け! 背中見せんな、殺されるぞ!」


(ああ、こういう“馬鹿で勇敢なやつ”は——うまい)


 コボルトの爪が横腹を裂き、彼は膝をついた。


「退け!! 俺が引きつける!!」


「兄貴無理だって! 死ぬ!!」


「いいから……行けって言ってんだろ……!」


 盗賊二人が逃げる。


 前衛はまだ立っている。


俺は歩み寄る。


「……やるじゃん」


「……誰だ、お前……!」


「観察者」


「は……?」


 彼の目に俺が映った瞬間、

“獲物の最後の光”がわかった。


 俺は肩をすくめる。


「今日は、お前だけもらうよ」



 断末魔は短かった。


 残り二人は、血まみれで森から逃げていった。


「マスター。一人分の魔力、第二層核に流しました」


「うん。これで第三層の種も少し育つよ」



 草原になる予定の空間へ向かう。


 “草原の種”は、昨日よりはっきりとした輪郭を持ち始めていた。


 床が、かすかに草の匂いを帯びる。

 風が、音を持ち始める。


「……いいね」


「はい。マスターの望む“広くて逃げ場のない草原”……

 形になりつつあります」


 サキュバスが振り返る。


「今日のあなたは……昼の顔より、夜の顔のほうがずっと素直ですね」


「そりゃそうでしょ。

 昼は“おとなしくて優しい一年生”だから」


「では夜は?」


「夜は……」


 俺は、草原の種に触れながら笑った。


「“選別者”だよ」


 サキュバスの尾が震える。


「……その響き、本当に好きです」



 草原の核が、脈打つ。


『第三層核:形成率 28% → 33%』


 男一人分の魔力が混ざった影響が、数字になって現れていた。


「あと数人……

 それで第三層の“足場”ができるね」


「はい。次に来る人間は……殺しますか?」


「気分次第」


「……あなたという人は」


 サキュバスが困ったように微笑む。


「本当に、飽きない」


「それはお互い様でしょ」


 草原の魔力が、薄い風の音を立てた。


 まだ“草原”ではない。

 まだただの“広がる影”だ。


 でも——


(いずれここが、逃げ惑う音でいっぱいになる)


 それを思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。


「もうすぐだよ。」


「ええ……“始まります”ね」


 サキュバスの声は、風と混じった。


 静かに、深く、期待を含んで。


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