第3話 志古津島編②

PM2:00

港から旅館に荷物を置いたあと、

俺とユイは島の観光に出かけた。


潮風の匂いが混ざった温かい空気を漂わせている。

海古い街並み、観光客の声。

どれも、どこか懐かしいようで不思議な雰囲気。


「テル、早く早く!見たいところいっぱいあるんだから!」


「はいはい」


歩くだけでユイはすでに楽しそうだ。

その笑顔に、少しドキッとしてしまう。



島の中心部はそこそこ賑わっていて、

お土産屋では店員のおばちゃんが声をかけてきた。


「若いっていいねぇ〜。はい、仲良しさん!」


「ち、違いますから!?友達です!友達!」


耳まで真っ赤にして否定するユイ。


(かわいいな……)


俺がフッと笑うと、ユイはぷいっとそっぽを向いた。


***


しばらく島を歩いていると、ユイがふと足を止めた。


「ねぇテル、見て。さっき旅館でもらったパンフレット」


差し出されたそれには、志古津島の観光名所が写真付きで紹介されていた。


綺麗な海岸、古い灯台、漁港の食堂。


そしてーー


《防空壕跡ーー島の戦時史が残る重要文化遺産》


という項目。


その文字を見た瞬間、頭の奥がチリッと痛むような感覚が走った。


(防空壕……?

 ……そうだ、ここ……原作で“何か”あった場所だ)


霧がかった記憶が、ほんの少しだけ形になりかける。


戦争、隠し通路、遺されたメッセージ……

ぼやけて輪郭がはっきりしないけど、胸のざわつきだけは確かだった。


「テル?どうしたの?」


「あ、いや……」


パンフレットの写真をもう一度見つめる。


この暗がり。岩肌。入口の角度。


(……間違いない。何か重要な“秘密”があったはずだ)


記憶は曖昧でも、そこへ行かないといけないという直感だけが妙に強く胸を締め付けた。


俺はパンフレットを返しながら言った。


「なぁユイ。島の外れにある“防空壕跡”……行ってみないか?」


「……そうね、おばあちゃんの言っていたことも何か気になるし」


そう言って照れたように笑った。


島風がそよぐ中、俺たちは並んで防空壕へと向かい始めた。


(……何が起きるのかは分からない。

 でも、ここに“手がかり”があるような気がする)


その確信だけが、俺の足を自然と早めていた。


* * *


防空壕のほうへ進むと、

中から大学生らしきグループが盛り上がっている声が聞こえた。


「あっ、こんにちは〜!」


茶髪の明るい女子が手を振りながら近づいてくる。

その横からいきなり、金髪に派手なピアスを付けた、いかにも軽そうな印象の人物だ。


「おっ、君かわいいじゃ〜ん!観光?ひとり?

 俺、タクミってゆーんだ〜〜」


そう話し、突然ユイに顔を近づけてきた。


「え、あ、いえ……その……」


「よかったらさ、このあと一緒にどっかーー」


その瞬間、俺はユイの手首をそっと掴んで

自分の方へ引き寄せた。


「悪いけど、俺の連れなんで」


声が低くなるのが自分でも分かる。


「チッ……感じ悪ぃな〜〜」


ぶつぶつ言いながら離れていった。

ユイは顔を伏せ、耳まで赤くなっている。


「テル……その……ありがとう」


(……守りたい、って思っちまったな)


余韻に浸ったところでーー


「あのっ、すみません!」


メガネの青年が慌てて駆け寄ってきた。


礼儀正しく頭を下げる。


「タクミがご迷惑をかけてしまって。本当にすみません!」


「あ、いえ……」


「僕、如月ユウトといいます。

 大学の研究で来てるんですよ」


ユウトは防空壕を指して続けた。


「ここ、戦時中の史跡で。調べに来たんです。

 君たちも……研究かな?」


(しまった……!なんか考えないと!)


「そ、そんなところです! ほら、歴史って大事じゃないですか!」


「……へぇ、勉強嫌いなテルにしては珍しいわね?」


(そっか、テルは勉強嫌いの設定だった。ちょっと不自然だったか)


そこへ、大学生グループの中の派手な女子が肩を震わせながら言う。


「もう、こんな辛気臭いトコ、さっさと帰りたいわぁ」


さらに茶髪の子が続けて話し始めた。


「お腹すいた〜〜。

 さっき街でいい匂いしてたし、戻ろ〜よ〜」


大学生グループの無口な青年は壁を見ながらメモを取っている。


(仕事熱心というか……怖いんだが)


タクミが戻ってきて声を上げた。


「おっ、レナ、カレン!いいこと言うじゃんね!

 さっさと終わらせて行こうぜ!」


「こら、タクミ。真面目なのはマナブだけか……

 本当にすみませんでした……!」


その時だった。

防空壕の奥からーーー


カツン……。


硬い石を踏むような音が響いた。

全員の視線が闇の奥へ吸い込まれる。


「いま……誰かいた?」

ユイが俺の袖をつまむ。声はわずかに震えていた。


誰も答えない。

ただ、湿った冷気だけが奥からゆっくりと流れてくる。


(……嫌な感じだ)


全員が息を呑んだ、その時ーー


「へっ」


乾いた笑いが防空壕の空気を裂いた。

見ると、タクミが壁の“供養札”を乱暴に指で弾いていた。


「なんだよこれ。

 あのばあさんが祟りだの亡霊だの言ってたけどよ、こんな紙っきれにビビってんの? だせぇよなぁ」


ビリ……ッ。


タクミは札の端をつまんで、わざと引きちぎるようにめくりあげた。


「ちょつ!!何してるんですか!!」


思わず声が荒くなる。


「タクミ!!やめろって!」

ユウトが青ざめて腕を掴む。

だがタクミは振り払った。


「かんっけーねーだろ?

 どうせ観光客向けの“作り話”だろーがよ!」


タクミがずいっと俺の目の前に来る。

酒でも飲んだみたいな、ねちっこい息だ。


「つったくよー、祟りでも幽霊でも、出るって思ってんのかよ?」


挑発的な笑みを見せている。


「イタズラを超えてます!やめてください!」


ユイが間に割って入る。

タクミは舌打ちし、ユイを上から下まで睨みつけた。


「けっ……可愛げのねぇ女だぜ。

 そんなツンケンしてっと、彼氏も苦労すんじゃね?」


「タクミ!!いい加減にしろ!!」


ユウトが叫び、カレンとレナも慌ててタクミを引っ張る。


「やめなよタクミ〜、ほんと子どもみたい!」


「そうよ!ふざけてる場合じゃないでしょ!」


タクミは舌打ちしながら腕を引かれていく。


「はいはい、怖ぇ怖ぇ。祟り祟り〜。

 バカバカしいんだよ、マジで」


呆れたように笑いながら防空壕を出ていった。

残された空気は、逆に重く沈んだ。

ユイが不安そうに俺の袖をつまんだまま言う。


「……テル、なんか……嫌な感じだったわね」


(ああ……俺もだ)


そして、その夜。

タクミは本当に“祟り”のような最期を迎える。


ーー志古津島の事件は、確実に動き始めていた。






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