へたっぴな歌姫【創作短編小説・童話】

くす太【短編小説作ってます】

へたっぴな歌姫

海に面した小さな田舎の村。

そこにはある一人の少女が暮らしていました。


漁師の娘として生まれた彼女は決して裕福ではなかったけれど、両親と弟と四人で毎日幸せに暮らしていました。

少女は歌うのが大好きでした。朝から晩まで、毎日歌いながら村中を駆け回っていました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」

少女の歌は、よく言えば独特な歌…悪く言えばあまり上手でない歌でした。

片田舎の村には音楽に詳しい人などいなかったのですが、それでも村のどの人に聞いても彼女の歌は下手だといわれるほどでした。


「ほんとお前の歌は下手だなぁ。毎日毎日、よくやるよ。」

「はっはっはっ、今日もご機嫌だねぇあんた。すっとんきょうな歌口ずさんでどこに行くの?」


村の人たちは、それでも彼女の歌が嫌いではありませんでした。

明るく、楽しそう歌を歌う彼女が好きだったのです。皆笑顔で歌を聞いてくれるので、彼女はますます楽しそうに歌を歌いました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」



少女は成長し、若者になりました。成長した彼女は街の酒場の手伝いをするようになりました。そこでも少女は毎日歌を歌っていました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」


やっぱり彼女の歌はへたっぴです。

独特なリズムと音程で、聞く人をびっくりさせてしまいます。


「ほんと下手くそな歌だなぁ。ちっこいころからまるで成長してねぇよ」

「ふふふ、アタシの方が上手く歌えるかも!う~、ららら~っと」

「ははっ、俺だってアイツと比べりゃもっとマシな歌を歌えるぜ?ほら、るるる~」


彼女の歌を聞いた酒場の客は、みな口々に歌を歌い始めます。

陽気な歌声、優しい歌声、色んな歌声が流れて、酒場は賑わいました。

彼女の周りにはいつも幸せな音であふれていました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」




毎日毎日、少女は歌を歌いました。

自分の歌が下手だとわかっていても、歌うのが大好きだったのです。


「ふんふんー、ほげ…ッ!げほ、げほぉ…」


歌ってばかりの少女は喉を壊してしまいました。

いつも全力で歌っているので、こういう日も珍しくありません。

歌えない日は少女は少ししょんぼりしてしまいます。


「おい、どうした?おとなしくしやがって…いつもの変な歌、今日は歌わないのか?」

「歌が歌えないんだろう?これを使ってみろよ」


そんな時は決まって、街の誰かが少女に楽器をプレゼントしてくれました。村の人たちは音楽に詳しくはなかったのですが、彼女の為に楽器を作ってくれました。

少女の元気がないと、村の人たちも元気がなくなってしまうからです。

笛や太鼓、ハープまで…色んな楽器を作って彼女にプレゼントしてくれました。


楽器を手にした少女は大喜びで音を鳴らしました。

腕前は拙かったけれど、あまりに楽しそうなので、皆も笑顔で耳を傾けました。


喉が治っても、少女は歌いながら色んな楽器を演奏しました。

あんまりへたっぴな演奏なので、見かねた村の人たちも一緒に演奏してくれます。

素敵な演奏で町中どんちゃん騒ぎです。みんなの演奏を聴いていると、少女も笑顔になります。笑顔でたくさん歌を歌いました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」




ある日の事でした。とても強い嵐が少女の村にやってきました。


それは今までにないようなとても大きな嵐でした。

嵐は村を飲み込んでしまいそうだったので、村の皆は嵐が過ぎ去るまで別の場所に避難することにしました。


村に居たみんなは安全な場所に避難することができましたが、まだ何人か足りません。


船の整備などを行うといっていた漁師たちがまだ戻ってきていないのです。

それに気が付いた少女は、急いで嵐の中へ駆け出しました。




整備を終えた漁師たちは、早く避難しようとしました。

しかし、吹きすさぶ嵐の前に、思うように動くことができません。


前も見えない嵐の中、ここまでかと覚悟を決めた漁師たちの耳に、聞きなじんだ歌が聞こえてきました。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」


ごうごうとうなる嵐の中なのに、調子はずれな声がかすかに聞こえてきました。


「聞こえるよな?」

「今…あの声が、聞こえた気がする。多分こっちの方に…アイツがいる!」


彼らは声がする方に導かれるように進んでいきました。

嵐にかき消され聞こえにくくなっていましたが、風にのって、ふわっと彼女の声が聞こえるのです。


その声を追いかけるように進むと、気づけば彼らは避難所にたどり着いていました。少女の歌に導かれてきたのです。


ですが不思議なことに、音がする方に来たというのに少女の姿はありません。避難所に居た人たちも少女の姿を見た人はいないといいます。

漁師たちはなんとか避難できましたが、村へ向かった少女の行方がわからなくなってしまいました。




それから村人たちは少女の事を探しましたが、彼女の姿を見つけられませんでした。何日も探しましたが、痕跡すら見つかりません。


みんな、とても悲しみました。みんなが大好きだった少女がいなくなってしまったのです。

彼女のすっとんきょうな歌ももう聞くことはもちろん、彼女の笑顔を見ることも、もうできないのです。


「なんであの子が…」


村はしばらく沈黙に包まれました。

耳を澄ませても聞こえるのは波の音ばかり。

あのすっとんきょうな歌は、もう村の中に響かないのです。


けれど、ある日。港の片隅から賑やかな音が生まれました。

少女の歌を誰かが歌っていたのです。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」


演奏していたのは少女に救われた漁師たちでした。

彼らは楽器を手に取り、嵐の夜に聞いたあの歌をまねていたのです。


「いつまでも白けてたら、アイツも悲しそうな顔するだろうし…俺たちだけでも演奏しようと思ってよ?」

「大きな音で演奏してやったら…俺たちみたいに、音楽につられてひょっこり帰ってくるかもしれねぇだろ?」


そういいながら、彼らは大きな音で演奏します。

にぎやかな演奏を聴いていた町の人たちも、だんだん元気になっていきました。


「ふっ…そいつはいいかもな!私達もあいつに比べりゃ歌も歌えるし、楽器も演奏できる!」

「あの子だって、私たちの演奏大好きだったもん…よし!私達も混ぜて!」


村の人はそれからずっと、演奏を続けました。

少女よりも上手な、元気いっぱいな演奏をみんなで奏で続けました。

その日以来、町中から幸せな音が無くなる日は来ませんでした。


「ふんふんー、ほげー!よい、さっ、さーっ!」




そこからもっともっと月日が流れ、遠い未来。

漁村の田舎村は、音楽の町として発展を遂げました。

街のどこに行っても、素敵な歌と演奏が聞こえてくる、にぎやかな町です。町にはある言い伝えが伝わっています。


「言い伝えによると、この音楽の町はある一人の少女の歌から始まったらしいな。彼女の歌はとても歌とは思えないような不思議な声だったらしい。嵐をはねのけ、人々を笑顔にし、勇気を与える歌だと。」


この言い伝えは何年も語り継がれています。

伝説を聞いた人々は、皆口々にこう言いました。


「なるほどねぇ。彼女の歌はよっと、よっぽど上手だったんだろうな。」

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