ゴブリンについて

やざき わかば

ゴブリンについて

 私が森で迷い、途方に暮れていたときの話です。


 疲れて近くの石に座り込んでいたとき、遠くからゴブリン二体が近付いてきたのです。こちらは散策目的で来ており、武器の類など持っておりませんでした。


 しかも非力な女。聞いた話によると、ゴブリンは人間の男を殺し、女を犯すと。


 私は怯えて草木に隠れながら、ゴブリンたちが通り過ぎるのを待ちました。しかし彼らは嗅覚も優れており、短時間で私は見つかってしまいます。


 近付いてくる、凶悪な顔をしたゴブリン。腰蓑をまとい、手には棍棒を持っているという、聞いた話そのままの姿。


 絶体絶命だ。舌を噛み切って死ぬしかないのかしら。そう思ったとき。


「どうしたのですか? こちらは人間の御婦人がいらっしゃるところではありませんよ」


 私は耳を疑いました。


「え?」

「このあたりは凶暴なモンスターが出ます。危険ですので、あまり歩きまわらないほうが良いかと」


 なんと、ゴブリンが人の言葉を使い、しかも私を心配してきたのです。


「あ、ああ。ご心配ありがとうございます。ですが道に迷い、歩き疲れてしまったのです。どちらへ行けば良いのか、文字通り路頭に迷ってしまいまして」

「そうでしたか。でしたら、休憩がてら我々の村へお越しになりませんか。地図も差し上げます」


 二体のゴブリンの、その物腰柔らかな態度に警戒心は薄れ、私は村へと案内してもらいました。普段の私なら絶対にしない行動なのですが、極度の疲労と恐怖で、思考能力が少し低下していたのでしょう。


 村に到着すると、驚きました。『下品で悪臭をふりまき、理性のカケラもない』と言われていたゴブリンの村のはずなのですが。


 清潔感に溢れ、悪臭どころか、どこからともなく漂ってくる料理の美味しそうな匂い。道行くゴブリンたちの誇り高そうな、幸せそうな表情。


「ようこそ、我らの村へ。とりあえず、私たちの家へおいでください。お茶でもお入れしましょう」

「私たちの家?」

「失礼しました。私たちは兄弟でして、一緒に住んでいるのです。狩りに出たのですが、そこに貴方がいらっしゃったものですから」


 彼らの家にお邪魔をし、美味しいお茶を飲んでいると、緊張感が薄れたからかお腹が鳴ってしまいました。恥ずかしさからうつむいていると。


「ははは。ちょうど私たちも食事をしようと思っていたところです。食べていかれませんか」


 並べられた料理の、その美味しいこと!


 見たことも聞いたこともない料理でしたが、見た目も美しく、味も素晴らしい。恥ずかしながら、私の国の首都でも、こんな料理にはお目にかかれません。


「美味しい」


 彼らの顔がぱっと明るくなります。


「貴方の口にあって良かった。私たち兄弟は、普段はこの村で料理屋を営んでいるのです。今日は定休日で、食材を調達するつもりだったのですよ」

「そうだったんですね。ごめんなさい、私のせいでそれが叶わなくて」

「お気になさらず。結果的に貴方に私たちの料理を食べていただけた。私たち兄弟も、鼻が高いというものです」


 そのとき、玄関をノックする音がしました。


「よぉ! 頼まれていた食材、持ってきてやったぜ」

「おお、これはありがたい。いつもありがとう」

「いいってことよ。お、なんだ人間がいるじゃねぇか。お嬢ちゃん、この村は良いところだし、こいつらは良いやつらだ。せっかくだから、楽しんでいってくれや。じゃ、またな」


 その後も、様々な食材を様々なゴブリンが納めに来ていました。出入りの業者、といったところなのでしょう。ただ共通しているのは、みな私に優しい言葉をかけてくれるところでした。


「そうだ。この村には温泉があるのですよ。入っていかれませんか」

「温泉、ですか。興味はありますが」


 私は思い切って、質問をしてみました。


「失礼ですが、ゴブリンには女という性別がいないと聞き及んでおります。温泉に入るのは、さすがに」

「え? 女性はおりますよ。普通に結婚し、子を産み家庭を成しておりますが」

「え?」


 私は耳を疑いました。


「人間の方には、見分けがつきにくいかもしれませんね。貴方のように、胸が膨らんでいるわけではありませんから」

「私たちは男兄弟ですが、それぞれ将来を誓いあった恋人がおります」


 見た目の問題。私は青ざめました。


「ごめんなさい、噂話や見た目で貴方方を判断してしまっていました」

「顔をお上げください。種族が違うのですから、仕方のないことです。人間との接点も薄かったので、それぞれが誤解をしても、しょうがありません」

「さぁ、食事が済みましたら、我が村自慢の温泉へ行きましょう」

「はい」


 私は自分を恥じらいながらも、彼らの言葉に甘えました。美味しい食事のあとは素晴らしい泉質の温泉につかり、周囲にいたゴブリンの女性たちにも、優しくしてもらいました。


 確かに、いませんでした。それはさておき。


 その後、ゴブリン兄弟の家に泊めてもらい、翌朝地図をもらいました。これが、なんとわかりやすく詳細な地図だこと!


「良ければ、またお越しください。村人全員、歓迎いたします」

「こちらこそ、何から何までありがとうございました。この御恩は一生忘れません。また必ず来ます」


 そうして、私は家路へと向かったのでした。


 …………


 人間の女が去ったあと、ゴブリンたちは兄弟を囲み、何やらひそひそと話をしている。


「突然人間の女を連れてくるから驚いたぜ。なにかあったのか」

「ああ。狩り場の近くに座り込んでいやがったから、こいつぁいいやと連れてきたのさ」

「けけけけ、お前も悪いやつだな。何を企んでやがる?」


 ゴブリン兄弟はにやりと笑う。実際に、なにかを企んでいる顔だ。


「そいつぁ決まっているだろう。あの女がこのことを他で吹聴すれば、それを聞いた他の人間が必ずこの村を訪れる。それもひとりやふたりじゃないぜ。大量にだ」


 他のゴブリンたちが、眼を光らせ舌なめずりをする。


「そうしたらお前、すっげぇ村興しになるだろうが! ここのメシと温泉と、広がる景色に抗える種族なんざぁ、いねぇ!」


 わああああ。大盛り上がりになるゴブリン。


 ゴブリン兄弟の思惑通り、件の人間の女性はリピーターになり、噂を聞いた人間が大挙して押し寄せ、村は大繁盛となる。


 上質な温泉と料理が、ゴブリンたちの村で味わえるのだ。庶民はもとより、貴族や王族までやってくる始末。


 ゴブリンと人間の間に子を成せることもあり、人間とゴブリンの混血も増えていき、定住する人間も増え、逆に人間の都に引っ越すゴブリンも増えた。


 道も整備され、往来も楽に出来るようになった。


 村興しは成功した。件の人間の女性は他のゴブリン男性と結婚をし、ゴブリンの村で幸せな生涯を送った。


 今日も世界は平和である。

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