第20話 : 二人の“秘密基地”で起きる、関係の急接近
放課後の神社。
空はすっかり重く沈み、
低く垂れ込めた雲から、ぽつ、ぽつ、と冷たい雫が落ち始めていた。
拝殿横のベンチ。
そこに、千華ボディの秀次と、秀次ボディの千華が並んで座っている。
今日は、どちらも限界だった。
(……疲れた……
精神力、マジでゼロだ……)
秀次は、昼の“影山の取り巻き事件”で神経を擦り減らし、
千華は、抑え込んできた恐怖を人前でさらけ出してしまった反動で、
体より先に心がすり切れていた。
雨音が、少しずつ濃くなる。
「……降ってきたね」
「おう……」
二人同時にため息をついたきり、しばらく誰も喋らない。
「帰らないと、だな……」
「……うん」
立ち上がる気力は薄いのに、
胸の中だけは、妙にざわざわと動き続けていた。
ふと、秀次が鞄を開いて固まった。
「あ、やべ……傘、忘れた」
空から落ちる水滴は、もう「ぱらぱら」から「しとしと」に変わっている。
「……じゃあ」
隣で、千華(秀次ボディ)が小さく息を吸う気配がした。
「入る?」
そう言って、当たり前みたいな顔で傘を差し出してくる。
「……いいのか?」
「仕方ないでしょ。
風邪引かれたら、困るし」
口調は素っ気ないのに、声の端だけふんわりしている。
ぱん、と傘が開く音。
二人は自然な流れで、その下に並んで立った。
距離、二十センチ。
片方の肩が、もう片方の肩にかすかに触れるくらいの狭さ。
(ち、ちけぇ……!!
いやこれ、近すぎだろ……!!
てか今の“俺”、見た目千華なんだよな……
千華の顔と千華の顔で距離二十センチって何……?)
心臓が、勝手に仕事量を増やす。
吐いた息が混ざる。
傘に当たる雨音が世界を外側から包み込み、
ここだけ切り取られたみたいに静かだった。
「……あのさ」
しばらく歩いたところで、千華が口を開いた。
「今日……ありがとう」
「え?」
「助けてくれたでしょ。
影山の取り巻きから逃げたときも……
あの階段のところも……
神社でも」
横顔は前を向いたまま。
それでも、言葉の温度だけがじんわり伝わってくる。
「今日、あなたがいなかったら――」
そこで一瞬、言葉を区切って。
「たぶん私、学校……行けなかった」
ぽつりと落ちたその一言は、
さっきまで頭上に落ちていた雨よりも、ずっと重く胸に響いた。
(千華……)
いつも強がって、軽く受け流して、
「大丈夫」を自分に言い聞かせているタイプの彼女が。
“行けなかった”なんて、逃げの言葉みたいな弱音を、
人前で口にしたのは、きっと初めてだ。
秀次の喉が、変に動く。
(そんなの……正面から言われたら……)
顔が勝手に逸れる。
「……べ、別に……
大したことしてねぇよ」
精一杯、そっけなく返した。
けれど自分で分かるくらい、声が少し震えている。
「ううん」
雨音に紛れるくらいの、小さな否定。
「大したこと、だよ」
千華の声は、雨粒よりやわらかかった。
「あなたが側にいてくれるって思うだけで……
少しだけ、息ができるの」
(……反則だろ、それは)
胸の奥に、じわっと熱が広がる。
冷たいはずの空気が、さっきより生ぬるく感じた。
会話は途切れるのに、
沈黙は不思議と苦しくなかった。
小さな傘の下、
歩くたびに肩がかすかにぶつかる。
「……秘密基地、だね」
ぽつりと、千華が言った。
「え?」
「神社」
視線は前を向いたまま。
「誰にも言えないこと、あそこでだけ言えるから……
あそこが、私たちの“逃げ場”」
言葉を選びながら、ゆっくり続ける。
「家でも、学校でも、ちゃんと息できないとき……
ここに来れば……なんとかなる気がするの」
「……ああ。分かる」
秀次も、自然と頷いていた。
(確かに……ここだけ、変な安心感あるもんな……)
ふと、千華が横目でこちらを見る。
「……あなたと話すの、嫌じゃないよ」
あくまで淡々とした口調。
でも、耳のあたりがほんのり赤い。
(“嫌じゃない”って……
それほぼ、最高ランクの褒め言葉じゃねぇか……)
顔の熱を隠すみたいに、秀次は視線を落とした。
そうこうしているうちに、田辺家の近くまで来てしまう。
「……じゃあ、ここまでだな」
「うん。また明日」
「神社で、な」
「ふふ……うん、“秘密基地”で」
傘を返そうとした、その瞬間だった。
千華が柄を持つ指に、
秀次の手がふっと触れた。
指先同士が、静かに重なる。
「……!」
「……っ」
時間が一瞬だけ、チクリと止まったように感じた。
すぐに、二人とも慌てて手を離す。
「じゃ、じゃあ……また」
「……またね」
視線は合わない。
なのに耳だけが、相手の声に過敏になっている。
玄関を閉め、自室に転がり込んでから、
秀次は胸に手を当てた。
(なんだよこれ……
心臓、うるさすぎだろ……
俺、今日……何回ドキドキした?)
脳内で何度も、さっきの言葉が再生される。
『あなたが側にいてくれるって思うだけで……少しだけ、息ができるの』
(ずるいって……そんなの……)
一方その頃、秀次ボディの千華も、
帰り道の途中で足を止めていた。
傘に当たる雨音だけが近く、
街のざわめきは遠い。
(……私、なに言ってんの……)
さっきの自分の台詞を思い出して、顔を覆いたくなる。
(“あんたがいなかったら学校行けなかった”とか……
どの口が言ってるのよ……
……でも)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かい。
(あのときだけは……本当に思ったんだもん。
あの子がいてくれて、よかったって……)
その感情の名前を、
まだ彼女は知らない。
ふたりはまだ自覚していない。
この日、
濡れた傘の下と、静かな神社で育ち始めたものが――
“恋”という言葉に、
いつかたどり着くことを。
TS! 神社で願ったら、学校一の美少女と体が入れ替わった件。神社から始まる入れ替わりラブコメ。 Song @Dntjq213
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