第18話 : “千華の友達会議”が始まり、秀次が詰問される回

 昼休み。


 千華ボディの秀次は、

 ようやく机に弁当を広げたところだった。


(今日は……平和に終わってくれ……

 誰にも話しかけられず、静かに咀嚼して終わりたい……)


 そう祈りながら、箸を伸ばそうとした――その瞬間。


「ちょっとアンタ!!」


 机がドンッと揺れた。


「ひぃっ!?」


 顔を上げると、

 千華の“最強女友達トリオ”が、完璧な隊列で並んでいた。


 明るいギャル・みさき


 冷静メガネの委員長・綾瀬


 お嬢様系の上品ガール・紗良


 三人とも腕を組み、

 まるで小動物を逃がさないための包囲網みたいに秀次を見下ろしている。


(出た……!!

 女子の“友達会議”……!!!

 これ絶対ロクな話じゃないやつ!!)


 みさきが、ドスンと自分の椅子を秀次の机の前に引き寄せた。


「千華、最近のアンタ――なんかおかしくない?」


「えっ……お、俺……じゃなくて……わ、私……?」


 語尾が迷子になる。


(あ、やべ。ファーストアウト。

 落ち着け、俺。今の俺は“黒川千華”。

 黒川千華。高スペック美少女。脳内凡人禁止……!!)


 しかし、そんな必死の自己暗示をする暇もなく――


「まずさぁ!」


 みさきがビシッと指を突きつけてきた。


「最近の千華、喋り方ちょっと柔らかすぎ!

 前より“ふわ可愛い”成分増してんの、あれ何!?」


(それ俺のせい……!!) 


 すかさず、綾瀬が冷静にメガネを押し上げる。


「それに、昨日の体育。

 あなた、あんなに運動得意だったかしら?」


(それも俺のせい!!)


 紗良が、おっとりした口調でとどめを刺す。


「最近の千華さん……

 なんだか皆さんとの距離が近くて、優しすぎますの。

 前より“話しかけやすい千華さん”になっていて……

 少し……心配ですわ」


(それも……ぜんぶ……俺だぁぁぁぁ!!)


 三方向から、疑いのレーザー光線みたいな視線が突き刺さる。


「で? なにがあったの?」


 みさきが机に肘をついて身を乗り出す。


「悩みあるなら言いなさいよ」

 綾瀬が淡々と続ける。


「わたくしたち、千華さんの味方ですわよ?」

 紗良が微笑む。


(やめてその“逃げ道ない優しさ”!!

 こっちはバレたら人生詰むんだって!!)


 喉がへばりついて、うまく声が出ない。


「な、なにも……ないよ……?」


 三人の視線が同時に細くなる。


「ほんと~~~~~?」


 みさきの声が半オクターブ低くなる。

 ギャル特有の“嘘発見器モード”だ。


(ひぃ……!!

 これ、ガチで嘘つけないやつ……!!)


 しばしの沈黙。

 やがて、綾瀬が教科書を閉じるみたいな動きで口を開いた。


「──影山くんからの連絡。

 本当に、全部無視してるの?」


「っ……!」


 心臓が跳ねた。


(影山……!

 連絡……? 無視……?)


 初耳の情報が、頭の中にドバッと流れ込んでくる。


(千華……

 影山から、連絡来てたのか……?

 それを――“全部無視してた”?)


 思考が一瞬、真っ白になる。


 みさきが真顔で続けた。


「千華が影山シカトするなんてさ。

 前代未聞なんだけど?」


「え、ま……前代……?」


 紗良が、指先を胸元で組みながら、不安げに言う。


「影山さんって……千華さんのこと、特別に見ていましたもの。

 それをいきなり無視するなんて……

 正直、こわいですわ」


 綾瀬が淡々とまとめに入る。


「影山くんは優等生だけど、

 “感情の温度”が読めないところがある。

 そういう人に無視を続けるのは……リスクが高いわ」


 みさきが机をトントンと叩いた。


「てかアイツ、執着ヤバいじゃん。

 既読スルーとかされたら、逆になんかしそうでさ。

 だから心配してんの」


(執着……)


 その単語が、背骨のあたりにひたりと張り付く。


(ただの“モテ”とか“好意”じゃないんだ……

 こいつらがここまで真剣に忠告してくるくらい、

 影山って――危険視されてる……?)


 知っているのは“周囲の恐怖”だけで、

 肝心の原因は、何も知らされていない。


 みさきが、いつになく真剣な顔で言った。


「千華。

 あたしたち、本気で言ってるからね。

 影山には、近づかないほうがいい。マジで」


 綾瀬も、軽く目を伏せながら頷く。


「あなたのこと、あの子は“特別扱い”してる。

 普通の『好き』とは、少し違うと思う」


「違う……って?」


 思わず訊き返すと、紗良が小さく息を呑んだ。


「……“選ばれたから好き”とか、そういうのではなくて。

 “選んだ自分が正しいから好き”っていうか……」


 言葉を探すように、紗良が続ける。


「……あれは、少し……

 執着に近いものを感じますわ」


 教室のざわめきの中、その一語だけが、妙にくっきりと響いた。


(執着……)


 昨日から感じていた“説明のつかない怖さ”が、

 少しだけ輪郭を持ち始める。


 みさきが、最後にもう一度念を押す。


「とにかく。

 あんたさ――

 影山には“優しさ”とかいらないから。

 何かあったら、絶対一人で抱えないでよ?」


「そうよ。

 何か変だと思ったら、すぐ言いなさい」

 綾瀬が言う。


「わたくしたち、

 千華さんの味方ですから」

 紗良が微笑んだ。


 友情からの忠告。

 その温度は確かにあたたかいのに――


 秀次の背中には、冷たい汗がつうっと流れ落ちていく。


(こいつらがここまで言うってことはさ……

 やっぱ影山、普通じゃねぇ……)


 三人が去ったあと、

 残された弁当は、半分も減っていなかった。


(……怖すぎるだろ、影山……

 なのに俺、何も知らねぇんだよな)


 不安だけが、じわりじわりと胸の内側を広げていく。



 放課後。

 いつもの神社。


 石段を上る足取りは、いつもより重かった。


「なぁ、千華――」


 鳥居の横で待っていた秀次ボディの千華に、

 秀次(千華ボディ)は切り出した。


「お前の友達にさ、

 昼、囲まれてさ……」


「……最強トリオね」


 千華が、うっすらと苦笑する。

 それだけで、誰のことか一発で分かるらしい。


「影山のこと、聞かれた」


 その一言に、千華の肩がぴくりと揺れた。


「『連絡、全部無視してるんでしょ?』って。

 ……マジなのか?」


「……」


「それにさ――

 みんな、『影山には近づくな』って、

 けっこう本気の顔で言ってた」


 千華はしばらく黙っていた。

 風が木の葉を揺らす音だけが、二人の間を満たす。


 やがて。


「――気にしないで」


 食い気味に、短く。


「でも――」


「気にしなくていいの」


 声の硬さが、さっきより一段階増していた。


「無視してるのは、私の意思よ。

 話しても、何も変わらないから」


「変わらないって……

 あいつ、執着ヤバいとか言われてたし、

 お前が怖がってるなら――」


「秀次」


 名前を呼ぶ声が、かすかに震えていた。


「お願い。

 これは……“私の問題”なの」


 その一言に、

 これ以上踏み込んではいけない線が、はっきりと引かれた気がした。


 何度も息を飲み込み、

 それでも、喉の奥に引っかかった問いは出てこない。


(……なんで言わないんだよ)


 口に出したい言葉はいくつもあった。


 でも――


(言わせたら、きっと壊れる)


 そんな予感が、胸のどこかで鳴っていた。


 だから、代わりに。


「……分かった」


 短く、それだけを言った。


「今は、聞かない。

 でも――いつか言える時が来たら、そのときはちゃんと話せよ」


 千華は目を伏せたまま、

 ほんの少しだけ、息を吐いた。


「……そのときは、考える」


 そう言った声は、

 どこか、救いを求めるような弱さを含んでいた。


(守りてぇのに。

 肝心のとこ、なにも知らねぇままなんだよな、俺)


 影山信平の影は、

 真相の見えないまま、じりじりと濃くなる。


 そして千華の沈黙は、

 二人のあいだに残る、深くて静かな溝のようだった。


(それでも――

 俺は、こいつの身体も、心も……守りてぇ)


 決意だけが、静かに胸の奥で燃えていた。

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