第12話 : 秀次(中身千華)、SNS地獄と“アイドル運用”の洗礼
二階の自室。
蛍光灯の白い光が、疲れ切った美少女の顔を冷たく照らす。
ベッドに沈み込んだ秀次(千華ボディ)は、
枕に半分顔を埋めたまま動かなかった。
(……もうダメだ……
美少女って……毎日こんなにエネルギー吸われる生き物だったのか……)
今日一日、言葉を交わした人数を思い出すだけで眩暈がする。
褒められ、触れられ、求められ、笑顔を返して──
そのどれもが“千華の人生”だった。
凡人の精神には、刺激が強すぎた。
そこで、
ピコンッ ピコンッ ピコンッ──
スマホが軽く震え始め──
その音は、数秒後にはもう“軽い”では済まなくなった。
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン!!
「ひっ……!? ちょちょちょ待って!!」
スマホ画面が光の洪水になっている。
《DM:382件》
《メンション:76件》
《リプライ:220件》
無慈悲な数字が画面いっぱいに並ぶ。
「……いやいやいやいや、
俺今日なんも投稿してねぇよ!?!?」
恐る恐る通知を開くと──
《千華ちゃん今日投稿ないけど大丈夫?》
《疲れてた? 心配したよ》
《授業中ぼーっとしてた?》
《返事できる時でいいからね!》
《元気出してね🌸》
どれも優しい。
どれも好意。
どれも“期待”そのもの。
その量が、息を詰まらせる。
(こ、これを……毎日……?
千華……お前の人生、負荷が重すぎない……?)
視界の端でフォロワー数が光った。
《フォロワー:28,700》
「2万……8千……?」
脳に負荷がかかったのか、指先が震えた。
(む、無理だ……俺、この世界で生きられねぇ……)
限界を感じ、反射で通話ボタンを押す。
「……何? こんな時間に」
秀次ボディから聞こえてくる千華(中身)の声は、
いつもよりわずかに眠たげで、しかし呆れていた。
「な、なにじゃない!! SNSが地獄なんだよ!!!
DMが……えっと……なんかもう……数百件来てんだけど!!」
「ああ、それいつものことよ」
「いつも!? そんな人体実験みたいな日常あるか!!」
「美少女にはあるの。あなたが知らなかっただけ」
「知らねぇよ!!」
叫ぶ秀次に、千華(中身)が淡々と告げる。
「で、返すの?」
「返したいけど……文章が書けない!!
“可愛い”とか“好き”とか言われても、どう反応すりゃいいんだよ……!」
「ほら、まず書いてみなさい」
言われるがまま打ち込む。
《今日も疲れた。寝る。》
千華(中身)のジャッジは一秒だった。
「0点」
「なんでだよ!!?」
「可愛げがない。あなたは“黒川千華”なの。
もっと柔らかく、優しく、安心させるの」
「安心……? 文章で……?」
「そうよ。ほら、添削するから見てなさい」
送られてきた文面は、秀次の想像していた“文章”とは別の生き物だった。
《今日はちょっとだけ疲れちゃった💭
でもね、大丈夫だよ。
心配してくれて、本当にありがとう🌸》
「書けるかァァァァ!?!?!?」
「書くの。あなたは千華なんだから」
「違う!!! 千華じゃねぇ!!!」
「千華よ?」
「……ち、ちが……(精神崩壊)」
結局、震える手で絵文字入りの文章を送り──
その瞬間。
ピコンピコンピコンピコンピコン!!!
スマホが爆発したかと思うほど振動した。
《千華ちゃん無理しないで!》
《返信きた……好き……》
《今日もほんと可愛かったよ!》
《明日もがんばってね!》
(な、なにこれ……
“気持ちの勢い”が一気に押し寄せてきて……息が……)
SNSの反応とは、本来こんな重みがあるものなのか。
目に見えない“期待の網”が体中に絡みつく感覚。
(千華……こんなの、毎日……?)
その事実が胸に刺さった。
「……千華、
お前……よくこんなの一人でやってんな……」
ぽつりと漏れたその呟きに、
通話の向こうで千華(秀次ボディ)が小さく笑う。
「でしょ?
私の苦労、もっと知りなさいよ。
少し……誇らしいでしょ?」
「誇らしげに言うなよ……でも……うん。
すげぇよ。本当に」
「……ありがと」
ようやく息が整ったところで──
ピコンッ。
(……まさかまた……?)
恐る恐る開くと、
今度は“千華の友達”からDMが来ていた。
《今日のリボンほんと可愛かった!
写真撮りそびれたから、今撮って送って♡》
「ひ、ひぃっ……!!!
なんで夜に写真求められるんだよ!!?」
「自撮りぐらい撮れるでしょう?」
「“ぐらい”って言うな!!
俺が撮るのは“俺の顔”じゃなくて“千華の顔”なんだぞ!?
なんか……罪悪感すごいんだよ!!」
「大丈夫。今日のメイク崩れてない?」
「知らねぇよ!!」
「じゃあ崩れてない前提で、
角度は少し上、光は正面、口角は2ミリ上げて」
「2ミリってなんだよ!? 精密機械かよ!!」
死にかけながら写真を撮影し、
DMに添付し、送信する。
ほんの一瞬──
《やっぱ可愛い〜!!ありがとう千華♡》
(……終わった……
なんか……色々……終わった……)
心のHPがゼロを通り越してマイナスに落ちた。
同時に、静かに理解する。
(千華は……
期待されて、求められて、頼られ続けて……
ずっとその全部に応えようとしてきたんだ……)
胸の奥が、重く、でも温かいように軋む。
人気は光じゃない。
“責任”であり“重荷”であり、
だからこそ千華は美しく立っていたのだ。
(……すげぇよ、お前……本当に)
今日送られた何百もの言葉よりも、
通話越しのたった一言のほうが、よっぽど心に響いた。
「ありがとう、秀次」
その柔らかい声に、
秀次はただ、耳まで熱くしながら目を閉じた。
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