第7話 : 二人の初めての“登校並走”と 立場逆転の衝撃

 翌朝。

 校門前に立った秀次(千華ボディ)は、すでに魂が半分抜けていた。


(やばい……視線の圧が……!!

 なんで校門の時点でスポットライト浴びてんだよ!?)


 スカートが風で揺れるたび、羞恥が腹の底からせり上がる。

 千華の身体は、存在しているだけで人を惹きつける“仕様”らしい。


「黒川さん、おはよう!」

「今日なんか雰囲気柔らかくない?」

「可愛い……ずるい……」


 その囁きが四方八方から飛んでくる。


(無理無理無理!!

 頼むから見ないで!! 今日は背景でいさせてくれ!!)


 そのとき――


「……来たわね」


 背後から低い声が落ちた。


 振り返ると、フードを深く被り、地面を見ながら歩く“男子”がいた。

 秀次の身体に入った千華である。


 その姿はあまりに地味で、誰の視界にも入らない。


「……あんた、なんでそんな姿勢悪いのよ。

 男子の“地味さ”が倍増してるわよ」


「だって誰も見てこないんだもん!!

 逆に怖いんだけど!!」


 千華(秀次ボディ)は、震える声で言った。


「……本当に誰も私を見ないのね。

 視界にも入らないって……こんな感覚なの?」


 その言葉には、24時間前まで“注目される側”だった人間の衝撃が滲んでいた。


 歩き出した瞬間――


 ガツンッ。


 男子生徒が肩をぶつけてきた。


「悪ぃ」


 それだけ言って、振り返りもせず去っていく。


 千華(秀次ボディ)は呆然と立ち止まった。


(え……これだけ……?)


 これまで千華は――

 ぶつかられたら相手が恐縮し、

 目が合えば向こうが逸らし、

 周囲が道を開ける世界にいた。


 今、その全てがひっくり返る。


(普通の男子って……こんな雑な扱いなの?)


 胸がじくりと痛んだ。


「……私、秀次に……こんなことしてたんだ」


 その呟きは、秀次の心臓に深く刺さった。


「いや、別に俺は……」


「良くないわよ」


 即答。

 怒りではなく、“初めて知った痛み”から来る声だった。



 千華ボディの秀次は、人気者の千華として歩く恐怖で足が震え、

 秀次ボディの千華は、普通男子として扱われる雑さに心が折れかけている。


 二人は、なるべく目立たぬよう壁沿いを歩くが――


「黒川さん今日可愛すぎ!」

「髪型変えたの? 似合う!」

「やば……天使……」


 男女からの言葉が波のように押し寄せる。


「ひぃっ……!?」


 秀次は本気で後ずさりし、千華(秀次ボディ)が袖を掴む。


「落ち着きなさい!! 堂々と歩くのよ!」


「無理だって!!

 この注目度、酸素より濃いんだけど!!」


「例えの意味!!」



 校舎に入った瞬間、廊下の空気がずしりと重くなる。


 視線。

 視線。

 視線。


(避けるなよ……!!

 俺を避けないでくれ……!!

 その避けられ方が逆に恥ずかしいんだよ……!!)


 廊下の人波が自然に割れ、道ができる。


「……これが私が普段どう見られてたかってことなのよね」


 千華(秀次ボディ)がぽつりと呟く。


「まあ、そうかもな」


「あなた、よくこんな環境で……私に話しかけてきたわね。

 男子って、美少女に声かけるの勇気いるんでしょ?」


「う、うん……まあ……」


「なら、あなた相当強いわよ」


(褒められた!?!?

 よりによって千華本人に褒められた!?

 心臓止まるんだけど!!)


 秀次の顔が一瞬で真っ赤になる。



「お、田辺。今日静かじゃね?」


「あ、うん……」


「まあ元々か。ははっ」


「……」


 軽く笑われる。

 悪意がない分、余計に刺さる。


(こんな軽さで……人って扱われるの……?

 秀次……ずっとこんな世界にいたのね……)


 胸がじわりと締めつけられる。



 教室の前で、秀次(千華ボディ)は蒼白になった。


「む、無理……入れない……!!」


「入るのよ。あなたは今日、黒川千華なの」


「無理だって……!!

 視線で死ぬ……!」


 教室内はすでにざわついている。


「今日の黒川さんなんか違くない?」

「雰囲気柔らかい……」

「可愛さバフ増してる……」

「男子の目線すご……」


(死ぬ……マジで今日死ぬ……!!)


 一方で千華(秀次ボディ)は小さく息を吐いた。


「……でも、悪くないわね」


「ど、どこが!?」


「誰にも見られないって……自由よ」


 秀次はハッと息を呑む。


「あなた、本当にずっとこれだったのね。

 誰にも見られず、雑に扱われて……」


「まあ、慣れてるし……」


「……つらかった?」


「つらくない。こういうもんだと思ってたし」


 千華の目が揺れた。


「……あなた、強いのね」


(三回目えええ!!!

 千華の“素”の褒め言葉、破壊力強すぎるんだが!?)


 胸が熱くなる。



「せーの――」


「――入るわよ」


 立場が逆転したまま、

 二人の初めての“共同登校”が始まった。


 この日生まれた気づきが、

 後の二人の運命を大きく変えることを――


 今の二人はまだ知らない。

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