第5話 : 秀次(中身千華)、完璧美少女の朝ルーティンに殺される

 ――爆音。


「ぎゃああああああっ!?!?」


 朝五時。

 スマホが地震警報みたいな音量で鳴り響き、秀次(中身千華)は布団から跳ね起きた。

 心臓が喉から飛び出しそうになり、髪が乱れる。


 画面を見ると、通話相手は“自分自身(外見)”――つまり千華(中身秀次)。


 通話に出るや否や、怒声が爆発した。


「起きて!! 遅いのよ!! 五時ちょうどって言ったでしょ!!」


「五時ちょうどって何よ!! 人間に対する尊厳ゼロか!!」


「黙りなさい。朝のルーティンは戦いなのよ」


「なんで戦わなきゃいけないんだよ!!!?」


 布団の上で絶望しながらも、

 完璧美少女の身体は軽やかに動いてしまう。


(……身体、軽っ!?

 なにこれ、朝から羽根みたい……)


 その衝撃すら、次の命令で吹き飛ぶ。


「まずは早朝運動! ストレッチ→軽いラン→シャワー! 早く!」


「聞いてない!!」


「言った!!(※言ってない)」


 早朝ランニング:身体性能の違いに愕然


 しぶしぶ外へ出ると、朝の空気がひやりと肌を撫でた。

 ジャージの袖を整えて、千華(中身秀次)の怒りを背負いながら走り出す。


(うわっ……走りやすっ!!?)


 千華の身体は異常なまでに軽い。

 呼吸も整いやすく、地面とのリズムが自然に取れる。


(これ……楽しい……かも……?)


 つい速度を上げる。


「なに調子乗ってんの! クールダウンまで計算して走りなさい!」


「軍隊かよ!!」


(けど……毎日これやってるのか……

 千華、すげぇな……)


 


 シャワー&化粧地獄


「次、シャワー。時間は七分」


「短すぎるだろ!!」


「七分で十分よ、美は段取りなの」


「段取りの問題じゃないのよ!!!」


 シャワーを浴びたあと、

 机に並ぶ化粧品の数に絶望する。


「……何これ、武器庫?」


『全部使うの。ベース→下地→ファンデ→眉→まつげ→リップ』


「多いわ!! プロの仕事量だろ!!」


『女子は毎朝これやってんのよ』


「尊敬した……無理……」


 震える手で化粧をする。

 鏡の中で“黒川千華”が徐々に仕上がっていく。


(やめて……俺が、綺麗になってく……

 意味わかんない……でも……すげぇ……)


 鏡に映る千華の顔が、羞恥と困惑でわずかに赤くなっている。


(これ俺なんだよな……?

 心の準備一ミリもできてないんだけど……)


 


 近所の人たちの反応が破壊力高すぎる


 登校のため家を出ると、近所のおばさんが声をかけてきた。


「千華ちゃん、今日も可愛いわね〜!」


「ひっ……!? あ、ありがとうございます……!」


(やばい……“可愛い”が直撃すぎる……死ぬ……!!)


 別の人にも声をかけられる。


「黒川さん、おはよう! いつも清楚だねぇ」


「う……うううう……」


(褒められるのこんなに心臓に悪いの!?

 千華、毎日これ受け止めてたの!?)


 羞恥で足が震える。

 顔から湯気が出そう。


 だが不思議と、

 千華の身体は姿勢が自然に整ってしまう。


(……美少女の身体、自動でキマるのずるすぎない?)


  


 登校中も監視LINEが飛んでくる


 スマホが震える。


【姿勢! もっと胸張って歩いて!】

【歩幅広すぎ、男が出てる】

【右手、振らない!】

【三秒ルール忘れてないわよね】


「はっ……はい!!」


 街中に向けて返事をしてしまい、周囲の視線を集める。


(やばい……俺もう精神崩壊しそう……)


 


 千華の努力に気づく瞬間


 学校へ向かう坂道で、秀次(中身千華)はふと気づく。


(……これ、めちゃくちゃ大変じゃね?

 外見を完璧に保つために、毎朝この量の努力……

 呼吸の仕方、歩き方、表情、体力管理、立ち振る舞い……

 千華って、こんなハードな毎日を普通にやってたのか)


 昨日の“怯え”、神社での影、

 そして完璧さの裏にある努力。


 初めて、彼女の一部が理解できた気がした。


(……すげぇよ、お前)

 


 今日一日が恐ろしい


「――学校着いたわよ」


 スマホ越しに千華(中身秀次)が告げる。


『絶対ヘマしないでよ。変な動きしたら即死だからね』


「分かってる……! 分かってるけど……俺、今日何回死ぬんだ……?」


 校門の前で深く息を吸う。


 美少女・黒川千華の身体で、

 凡人・田辺秀次の“初めての登校”が始まろうとしていた。

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