世界の終わりの見聞録
ながな
プロローグ
きっと終わりの三年前
手から本がこぼれ落ちる。
ゆっくり、ゆっくりとコマ送りのように落ちていく。
風に煽られ、扇のようにページが捲られる様は美しいが、私からしたら溜まったものではない。地面に着く前に手を伸ばすべきか、そんなことをしている場合ではないのか逡巡している間に本は地面に跳ね返されて、私の意識も落ちてしまった。
はらり
と、ようやくページは落ち着いたがあまりに小さくて、聞こえなかった。
きっと終わりの三年前
萩野 茜
一刀 蒼羽 著
「おはよう。皆意識ははっきりしてるかな?」
先程まで入学式を除けば初めての通学路を歩いていたはずなのに、気がつくと屋内にいた。とても落ち着いた雰囲気だ。目の前には少年?少女?中性的な見た目の、ともかく子供がいた。
「ぁ、えっと…」
状況が飲み込めなくてあわあわしていると、後ろから緊張感漂う声が聞こえた。
「とんぼちゃん無事!?刺されたように見えたけど…あれ、何ともなさそうだね?」
ツインテ元気っ子、
「私は大丈夫だよ?それより、ここは……?」
振り返ってみると私と玲乃の他にあと二人の少女があたふたしていた。どちらも知らない子だが私達と同じ制服を身に着けている。腰ほどまであるロングヘアの子と……それはそうとして、後ろを見て初めて気がついたがここは博物館らしい。無数の展示ケースが規則正しく並んでいて奇妙な人形や船の模型が飾られている。…何の博物館だろう?ケースのほとんどが空なので余計に推測しづらい。
「ここは終わりの博物館だよ。皆大事ないみたいだし、自己紹介といこうか。ほら、もっと近くにおいで」
終わりの博物館?先程の子供に目をやると、その子ははっきりとした声音で語り始めた。
「僕はあらゆる世界のあらゆる場所、あらゆる時間に存在していて創造主とか神様とか呼ばれてるんだけど、まあ好きに呼んでよ」
あらゆるを三連発しながらその子、いや主はそんなことを宣ったのだった。
「かみさま…神様!?ってあの髭モジャの!?」
「別に姿にこだわりは無いけれど、髭モジャの方が良いかい?」
からかうようにそう言ったところを見るに、不敬ともとれそうな私の発言は赦されたようだ。少しホッとしていると、
「いきなり知らない場所に連れてきて、かと思ったら僕は神様だなんて信じられません。神様なのに一人称『僕』って何ですか。神様である証拠を見せて下さい。というか帰して下さい」
なんて声が後ろから聞こえた。
「君を納得させるのは容易いけれど、先に自己紹介を済ませてくれないかい?後でまとめて説明してあげるからさ」
神様がそう言うと、セミロング?の小柄な少女は納得したのか、
「……分かりました。一刀です、
と不満そうに名乗った。……やはり気になる。どこか棘のある雰囲気を纏っていて、そのせいで先程から言い難かったのだが………
「蒼羽ちゃん。寝癖ついてるよ?アノマロカリスみたいな」
玲乃ちゃんは空気が読めない。それがありがたいような危なっかしいような、そんな子なのだ。
「なっ…!そ、そんなこと今はどうでもいいでしょう!?それに何ですか誰ですかあなた!いきなり馴れ馴れしいですきもいです!」
「れのは如月玲乃だよ。ごめん、実はお気に入りの髪型だったりしたのかな?威勢の割に……何ていうか、斬新な見た目だったからついつい気になっちゃって。ああいや、大事なのは本人がどう思ってるかだよね!すっごく良いと思う!」
「…私のことをアノマロカリスみたいな寝癖が似合う人間だと言いたいのですか。分かりました。私はあなたが嫌いです。以後よろしくお願いしません」
今回は悪い方に転んだらしい。ただ一つ救いがあったのは、仲裁しなければと思ったのが私だけではなかったらしいことだ。
「まあまあ二人とも、蒼羽ちゃんに玲乃ちゃんだったよね。私は
「わ、私は
普段だったら小粋なとんぼジョークでも挟んで爆笑をかっさらうところだが、今回は流石に止めておいた。何故か玲乃ちゃんは「そんなバカな……!」みたいな顔をしている。一方で蒼羽ちゃんは今にも噛みつきそうな顔をしながらも、一旦は矛を収めてくれたようだ。牙は収まっていないけれど。
「それじゃあ簡単な自己紹介も終わったところで、皆さんお待ちかねの質問ターイム!」
そしてそんな軽快な声と共に、飢えた獣の檻に肉を投げ込むかのような質問会が始まったのだった。……いや、決して蒼羽ちゃんが獣だとかではない。例え寝癖がたてがみに見えても。牙を剥き出しにしていたとしても。
「神様だという証拠を見せてください」
「君は良く寝坊していたね。いつしか怒られることもなくなりただ呆れられるようになった。『寝る子は育つって言うものね〜』なんて言っていた母君も、『まあ、その……いや、まあ……えと…………良くはない……かしらね』なんて目を逸らしながら言うようになってしまったし、今日も初日だと言うのに寝坊して、おまけに派手な寝癖まで付けて。あと賢そうなのに意外と勉強は出来」
「分かりました認めますからもう止めてください!」
「皆れのと同じ高校の新入生ってことでいいんだよね?」
「そうだね。それどころか、ここに来る直前は全員同じ場所にいたんだよ。君はとんぼちゃんを見かけて駆け寄るところだっただろう?その近くに一刀蒼羽と春風春花も居たんだ」
「…へー。(神様もとんぼちゃん呼びなんだ。)」
「ここはどこなんですか?終わりの博物館?とか言ってましたよね?」
「どこに位置するか、という問いなら答えようが無いけれど、どういう場所か、なら答えられるよ。ここでは世界の終わりを集めて展示しているんだ。ここにある展示ケースの数がそのまま僕が作った世界の数なんだ。君達のいた世界のケースもあるよ。まだ空っぽだけどね」
「あなた、とんぼ?とか呼ばれてるんでしたっけ?何でとんぼなんです?」
「わ、私!?えっと…あきのあかねから、れのちゃんがアキアカネを連想してとんぼちゃんって呼び始めて、それが定着したんです。……槍が得意です!………本多忠勝の…………ほら……とんぼと蜻蛉切みたいな………切られる側やないかい!……的な…………」
「…………あなたも大概空気が読めないんですね」
「……………………あはは」
「私からもいい?どうして私たち四人だけなの?あの場所には他にも人はいたはずだし、とんぼちゃんと玲乃ちゃんは仲が良いみたいだけど、共通点と言えば同じ高校の新入生ってくらいだよね?」
「あれ、もしかして皆、まだ分かっていなかったのかい?」
その問いに私たちは顔を見合わせる。……なんだか嫌な予感がする。危険が迫っているような、それこそ眼前で弓が目一杯引き絞られているかのような、そんな感じだ。だが、そんな恐怖には少しも構うことなく、無感情に矢は放たれた。
「最初に如月玲乃が言ってたじゃないか。刺されたように見えたって。死んだんだよ。ここにいる全員、あの時、あの場所で、通り魔に刺されて」
唐突に意識が現実に引き戻される。非現実に酔っていたと言うか、どこか上の空だったのだ。鼓動が早くなる。息が荒くなる。そうだ、刺されたのだ。悲鳴の中に知り合いの声が聞こえた気がして、立ち止まった瞬間、振り返る刹那。今思えば、あの時私は「逃げて」と、そう言われたのだ。その声にはいつものような心地良さは無く、緊迫感に溢れ苦しさが滲んでいた。何より「ここにいる皆」という文言が重くのしかかる。それはつまり
「やっぱりとんぼちゃんも刺されてたんだね。それに、蒼羽ちゃんと春花ちゃんも」
「その通りだ。残念だけれど気持ちを切り替えてこの先の話を……」
「な、何呑気な事言ってるんですか!死んだって、それじゃあここはあの世って事ですか!?もう二度と……パパにも、ママにも…お姉ちゃんにも……会えないって事じゃ………ないですかぁ」
その声はすぐに勢いを失い、最後には微かに震える吐息となっていた。嗚咽を漏らす蒼羽ちゃんの背中を隣の春花ちゃんが
「えーっと、すまない。とっくに理解しているものと思って配慮に欠けた言い方になってしまったね。けれど一つ訂正するならここはあの世ではないし、そもそもあの世なんてない。だから大切な人ともう二度と会えないというのはほとんど正しいね」
蒼羽ちゃんの震えが激しさを増す。かくいう私の指先も無生物のような冷たさだ。死人のようだ。…………死人なのか。でもこういう時、玲乃ちゃんは
「だとしたら、どうして死んじゃった玲乃たちはここにいるの?」
こういう時、玲乃ちゃんは冷静なのだ。怖ろしいくらいに。
「それじゃあショックを受けてるところ悪いけれど、続けさせてもらおうか。まだ本題にも入っていないからね」
たかが四人の終焉なんて、前座に過ぎないのか。さっきは親しみすら感じていたが、今は目の前の存在が分からない。
「まずは質問に対する答えだね。実は君達はただ死んだわけではないんだ」
「ただ死んだわけではない?私たちの肉体はまだ生死の境を彷徨ってるとか、そういう話?」
「そういう話ではないね。君達は間違いなく死んだ。それどころか、何故だか枠から外れてしまったんだよ」
「枠って、何の、ことですか?」
少し落ち着いたのか、つっかえながらも蒼羽ちゃんが問う。枠。輪廻転生とかだろうか。
「枠というのはね、君達がいた世界の事だ。人は生まれてから様々な事を経験して、そして死ぬ。その全ては世界そのものに刻まれている。それが存在するということだ。だけど、君達四人はその全てが、元いた世界から抜け落ちてしまったんだよ」
「?それってどういう……」
ちらりと隣を見る。理由があってそうした訳では無いけれど、しかし期せずして如月玲乃の口から答えが与えられた。
「つまり、れの達は最初からいなかったことになったってこと?」
「そういう事だ。仲が良かった友達、親や兄弟からも忘れられ、世界からも忘れられた。そうして行き場を失った君達は本来の世界を抜け出し、ここに辿り着いたというわけさ」
目眩がした。吐き気がする。……死んだ人を弔うというのがどういう事か、真面目に考えたことはなかった気がするけれど、そうか。こういうことか。私たちは、弔われることもないのか。思い出して、悲しんで、もらえないのか。そう思うと世界が急に色褪せて取り残されたような感覚になる。いや、
「でも悲しいことばかりじゃないんだ。だから少しくらい希望を持って欲しいんだけれど……少し時間を置こうか。前に四つの扉があるだろう?それぞれの個室を用意したから、好きに使って寛ぐといい」
コンコン。枕を抱えながらベッドの上で蹲っていると、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「誰ですか。私は人と話す気分ではないので自分の部屋に帰って下さい」
大きい声ではなかったが、ちゃんと聞こえた筈だ。そう思って目を閉じる。
ガチャリ
ガチャリ?不審に思って再び目を開けると春風春花がずんずんとこちらに近付いて来る。
「な、何なんですか不審者ですか頭おかしいんですか!?」
「ん〜鍵かかってなかったし、まあいいかなって」
そんな事を言いながら春風春花はベッドに座る。慌てて枕を押し退けながら体を起こす。そして扉の方を見ると、どうやら鍵が備え付けられているらしい。こんな事なら鍵を掛けておけば良かった。いや、それよりも
「鍵が掛かってなかったとしても帰れと言われて入るなんてどうかしてます!あなたはもっと良識ある人だと思ってました!一瞬でも気を許した私が馬鹿でした!」
「そんなふうに思ってたの?うれしいなぁ〜。それはそうと、大変なことになっちゃったねー」
華麗にスルーされた。本気で頭がどうかしているらしい。
「大変なことになっちゃったねーじゃないです!何を平然と……いや、もう良いです」
諦めた。コイツに何を言っても無駄だろうと、そう直感した。
「っ!」
いきなり頭を撫で始めた。いや、どうやら髪を梳いてくれているらしい。櫛どころか鞄すらも持っていなかった気がするが、いったいどこから取り出したのやら。
「……」
柔らかい香りが鼻腔をくすぐる。わけの分からない状況だがどうしてか止めさせる気になれない。
「何しに来たんですか」
「別にー。ただ暇だったから遊びに来ただけだよ?」
……強がっているが、私と大差無いのだろう。そんな気がする。
「そうですか」
ため息を吐いてからそう返す。
「そうだ、お茶淹れてあげるよ。この部屋のキッチン色々揃ってるんだよ〜」
そう言うと返事も待たずにキッチンの方へ行ってしまう。全く忙しない。もう少しくらい………。
「好きにして下さい」
ぶっきらぼうに言って枕を裏返し、そこに顔を埋める。
「ふんふふ〜ん」
春風春花は鼻歌を歌いながらお茶を淹れ始めた。かなり手際が良い。盗み見るようにしていたが、思わず見入ってしまう。
「私一人っ子なんだけど、両親が共働きでねー。寂しかったからよくお菓子作ったりしてたんだー」
視線に気付いているのかいないのか、そんな事を語り始める。
「でも本当は妹が欲しかったんだよね。一緒におしゃれしたりお菓子食べたりしてさ。仲良く登校とかしてみたかったな〜」
「あなたの『春花って呼んでほしいなぁ』……春花の妹になった人は幸せでしょうね」
「ほんとー?じゃあ特別に春花お姉ちゃんでも良いよ〜」
「ぜっっったい嫌です!皮肉ってものが分からないんですか!そもそも同い年でしょう!?それに!姉妹なんて、そんなに良いものじゃ……ないです………」
「お姉ちゃんと仲良くないの?」
「……喧嘩ばかりでした。一緒に出掛ける事もあまりありませんでしたし、小学校くらいまではお菓子も良く奪い合ったりして」
そこまで話したところで春花がティーセットを持ってきた。机に置く時にカチャリと音が鳴る。
「仲良かったんだね〜」
「どう解釈したらそうなるんです!」
春花は二つのティーカップにお茶を注いでいく。香りからするとハーブティーのようだ。それどころか、それは引き出しの奥に追いやられていた箱を、幼い自分の宝箱を開けるようで。
「……カモミールでしたっけ」
「お、わかるの?」
「ずっと前に何度か、姉が淹れてくれました。なのでこれだけは分かります」
そう言ってカップに口をつける。爽やかで後を引かない風味が、優しく心を洗う。場所も時間も、どころか世界も、そしておそらく淹れ方すらも違うのに同じ温かさを感じる。それをゆっくりと、一口ずつ大切に飲む。
その間春花は何も言わず、ただ微笑んでいた。
「もう寝ます」
これ以上は
春花も「おやすみ」とだけ言って静かに部屋を出て行った。察してくれたのかも知れない。あるいは、最初から。
扉を開けると既に玲乃ちゃんと春花ちゃんがいた。昨日と違う印象を受けるのは服装が違うからだろうか。部屋のタンスには以前着ていたものによく似た服が入っていたから、それに着替えたのだろう。そう思いながら横に並ぶと、丁度蒼羽ちゃんが出てきた。
「さて、皆揃ったところで続きを話そうか。昨日話した内容は覚えているかな?」
ここには時計が無いので分からないが、体感では丸一日程経っている。しかし、忘れられるわけがない。
「私たちは家族にすら忘れられて、ここに辿り着いたんですよね」
口に出すと余計に重い。
「悲しい事ばかりじゃないとも言ってたね」
玲乃ちゃんが続けてそう言う。そう言えばそんなことを言っていた気がする。だが、希望なんてあるのだろうか。生き返るとは言わないまでも、元の世界に帰れるなら確かに希望を感じるような……いや、それも希望とは言えないか。世界から忘れ去られて今まで経験したことのない孤独を感じるが、おかげで今こうしていられるのだ。
「ちゃんと覚えててくれたんだね。気付いていたかな?実はここの展示ケースはほとんどが空なんだ」
そう言えばそうだった。だが、それが何だというのだ。私たちみたいな人間にお土産として渡しているのだろうか。
「ここに展示されているものは、正確には遺物というんだ。世界が滅ぶ瞬間、人類が文明の粋を集めて生み出した象徴に世界の記憶が宿る。それが遺物となるんだ」
「だから終わりの博物館なんですね。でも、それが私達にどう関係するんです?」
驚いた。蒼羽ちゃんは私よりも
「君が『家族にもう会えない』と言った時に、僕はほとんど正しいと言ったんだ」
「?」
蒼羽ちゃんが首を傾げる。
「遺物に触れるとね、その世界の記憶を追体験出来るんだよ」
「それは……つまり、元の世界の遺物に触れたら、また………?」
「一応言っておくと蘇れるわけでもその世界の住人と会話ができるわけでもない。再びその姿を見られるというだけだ」
それでも十分過ぎるほどに嬉しかったらしい。蒼羽ちゃんの瞳に力強さが宿る。生きているかのようだ。
「でも、あの世界はまだ滅んでいないはずでしょ?」
春花ちゃんが不思議そうに問う。確かに昨日、私たちの世界のケースは「まだ空っぽだ」とそう言っていた。
「世界がいつ滅ぶかは関係ないんだ。時間というものがここでは成り立たないからね。あの世界で君達が生きた時間も、その遥か昔も遠い未来も、ここから見れば全て同時に存在している」
「じゃあどうして遺物があったり無かったりするの?」
やはり玲乃ちゃんは冷静だ。不気味さすら感じるようだ。……けれどどうしてか、その姿が絶望感を少しだけ和らげる。
「如月玲乃、そこが問題なんだよ。実は僕には遺物を回収することが出来ない。僕が触れてもその世界の記憶が再生されることはないからどれが遺物だか分からないんだ。だから遺物は他の人に回収してもらうしかないんだ」
「私たちに集めて来て欲しいってことですね。ここまで遺物を集めた人はどうなったんですか?」
心なしか神様が目を見開いた気がする。おかしなことでも言っただろうか。
「…鋭いね。先に言われてしまったけれど、本題はそれだ。僕の代わりに君達に遺物を集めてきて欲しい。君達にも利のある話だろう?元いた世界の遺物を見つけることができれば、大切な人に再び会うことができる」
「それはそうかもだけど、れの達の前の人はどうなったの?否定しないってことは居たってことでいいんだよね?」
玲乃ちゃんの質問に一呼吸置いて、神様は説明を続ける。
「確かに、前任者はいた。けれどその子は遺物に飲まれてしまったんだ」
遺物に飲まれた?一体どういうことだろうか。
「残念だけど今はこれ以上の説明は控えさせてもらうよ。そんなに重要な話でもないしね」
「なっ…!怪しすぎます!都合の悪い部分を隠そうとしているようにしか聞こえません!」
「そう思われても仕方ないけれど、本当に大した話じゃないんだ。むしろ大切なのはここまで聞いてどうするかだよ」
露骨に話をそらされたが、どうせ話す気がないなら同じ事か。春花ちゃんもそう思ったらしく
「選択肢なんてあるの?」
と、そう問いかけて続きを促す。
「強制する気はないし、行き場のない君達を無理に追い出すつもりもないからね。遺物の回収なんてしたくないと言うならここで仲良く一生暮らすといい。すでに死んでいるし、終わりもないのに一生と言うのかは分からないけれど」
「つまり選択肢なんてあってないようなものってことだねー」
春花ちゃんはそう納得し、隣の蒼羽ちゃんと視線を交わす。何やら覚悟を決めた表情だ。同時に、玲乃ちゃんがこちらを見つめてくる。「どうする?」とでも言いたげだ。正直もうどうでもいいような気がするが、仕方がない。
「やります。皆も、それで良いよね」
蒼羽ちゃんと春花ちゃんが力強く頷く。玲乃ちゃんはどこか不安そうな顔をしているが、反対はしないようだ。
「助かるよ」
そう言って神様は感情の読めない微笑みを浮かべた。
神様から支給されたリュックを背負い直しながら、目の前の空の展示ケースを見つめる。
「これが異世界の入り口なんて信じられないねー」
そう、どうやら各展示ケースがそのまま対応する異世界に繋がっているらしい。しかも空のケースについては、神様ですらどの世界に繋がっているかわからないという。ケースは無数にあるから、元の世界を引き当てるなんて到底不可能なんじゃないかと思うが、神様曰く「一応世界の数は有限だし、君達には時間なんていくらでもあるんだから問題無いだろう?」とのことだ。
「それじゃあ開けるよ。皆、注意事項は覚えているよね?」
「一度遺物に触れたら追体験が終わるまで決して遺物、もしくは遺物に触れている人から手を離さない、だったよね。もしも離したら……」
飲まれる。
それが神様から伝えられた注意事項だった。
「向こうで死んでもこちらに戻ってくるだけだから、そういった心配は必要ないよ。逆に言えば、戻ってきたかったら皆で自殺すると良い」
「……もう一度死ぬのは、嫌です。他に方法はないんですか?」
蒼羽ちゃんが伏し目がちにそう言う。
「……それもそうか。ならこれを渡しておこう」
そう言って一人一つ、袋が手渡される。開けてみると中には赤と青、合計二つの玉が入っていた。飴玉のような見た目で1センチくらいの大きさだ。
「寝る直前にその二粒を一緒に飲むと良い。目が覚める頃にはここに戻ってきているだろう」
……目を瞑っていれば幽霊なんて怖くないといったところか。そう考えていると神様が展示ケースの鍵を開ける。
「とんぼちゃん」
「?」
玲乃ちゃんが私の手を握る。
「――――――」
何と言ったかは聞き取れなかった。
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