第2話 聞きたいことに答えよう

「シャラヴァーンから聞いているよ。ジューキー君だね。

 私はカロムネス。あの子の姉弟子だよ。

 アスタラジャ魔導学院の客員教授をしている。専門は魔導師実戦学だね。

 それに加えて、アスタラジャ魔導師協会の幹部でもある。

 よろしくね」


 そう言ってウインクしながら僕に握手を求めてきた。


「よ、よろしくお願いします」


 師匠とは比べ物にならないその肩書きに気後れしながらも、その手を握った。


「なぁにをビビっているのかは知らないけれど、まずは寝袋から出て、私の執務室に来てもらうよ」


 彼女はそう言うと、僕と握手していない方の手をゆっくりと弧を描くように胸の前に持ってきて、指をパチンと鳴らし、手を開いて掌を上に向けた。

 すると、その掌に収まるくらいの小さく細かい〈念動〉の魔法陣が中心から順に目で追える速さで描かれていく。

 魔法陣の緻密さや描写速度といい、緑色の燐光の数と輝きのバランスといい、わざとそうしていることを理解できるが故に、その難しさも理解できてしまう。

 今の僕が目を輝かせていることを自覚できるくらいに興奮してしまっている。


 魔法陣が完成し、魔法が発動する。

 寝袋のチャックが開いていく。

 こんなことになんて高度な技術を使うのかと唖然としているうちにチャックが開き終わる。

 途端に握手したままだった手で引き上げられ、立たされる。

 そのまま手を引かれてこの屋上の出入り口である階段を下りていく。


 訳もわからずされるがままになっていると、カロムネスさんが話しかけてきた。


「私のパフォーマンス、気に入ってくれたようで何よりだよ。

 あぁ、寝袋と布団なら心配いらないよ。

 メイドに取りに行かせるから」


 その言葉で、再び思考が回り出す。


「あぁっと、その、お布団のことはありがとうございます。

 ――じゃなくって! いや、じゃなくってでもないのか。その、かっこよかったです! それはそれはもう!」


 そう聞いてにっこりと笑ったカロムネスさん。

 階段を下りて廊下に出ると、僕の手を離した。

 そして、ふと昔を懐かしむように宇宙そらを仰いだ。

 すぐに『ついておいで』と言って歩き出したので追いかける。


「それにしても、シャラヴァーンあの子の破天荒っぷりが周りを振り回しているのは相変わらずみたいだね。

 ところで、あの子の弟子は今君一人だよね?」


 突然の話題転換に驚きながらも質問に答える。


「はい、以前はもう一人居たのですが。

 というか、何故知っているんですか?」


「いやね、私らホムライル一門では有名な話なんだよ。

 私たちの師匠が酒の席になると一度は必ず愚痴っていたからね。『他の弟子が弟子を取っているのに、シャラヴァーンだけは弟子を取らない。早く孫弟子の顔を見せてほしいものだ』とね。口うるさく急き立てられてようやく弟子を取ったかと思えば、いつまで経っても私たちに紹介する素振そぶりもない。

 今度は、『シャラヴァーンが育てた孫弟子の顔が見たいのに見せてくれない』という愚痴が増えてね。うんざりしただろうあの子はすでに持っていた仕事がある向こうの星から出て来なくなってしまったんだ。

 報連相はしっかりと身に着けさせたから、一人脱落したということは上がってきていたけれどね。

 すでに私に長の立場を譲って引退していた私たちの師匠は、それに拗ねて隠居してしまったのさ。師匠はあの子を殊の外かわいがっていたからね。もちろん私らもだ。

 だから、結局師匠はお前の顔を見ないまま今に至るんだよ」


 説明がひと段落すると、カロムネスさんの執務室の前に着いたようだ。

 僕を振り返って『ここだよ』と言うと、扉を開いて入っていく。


「失礼します」


 そう礼をして、僕も後に続く。


「少し待っていて。

 今メイドたちに指示を出すから」


 そう言って僕を応接椅子に座らせると、執務机の向こうに行ってしまったカロムネスさん。

 眺めの良い窓に向かって立つと、右手を頬の近くに持ってきて、掌がすっぽりと覆われる大きさの魔術陣を展開した。

 師匠が魔法専門だったため、魔術については専門的なことはまだ理解できない。

 しかし、マギアネットで公開されているうちの簡単なことはある程度知っている。


(あれは複合陣か。上下の端にある四重の正方形は風の魔術陣で、それらを繋ぐ六本の平行線は無属性の魔術陣だね。

 でも、知らない魔導文字マギスペルが多すぎる。カロムネスさんかここの先人たちの研究成果だろうけれど、やっぱりすごい!)


 何やら指示を出して戻ってくると、『待たせたね』と言って僕の向かいに腰掛けた。


「先程の魔術陣で使っていたいくつもの複雑な魔導文字マギスペルはどういう意味ですか? カロムネスさんが考案したのですか?」


 気になって気になって、居ても立っても居られず口を開いてしまった。


「えぇっと、そうだね、二つの風の魔術陣の中心に書いた魔導文字マギスペルは発音と集音の意味を――――ってここからあの魔術陣が読めたのかい!?」


 僕の勢いに押されて素直に答え始めたが、その質問が出てきた意味に気付いたカロムネスさん。

 目を見開いてテーブルに両手をつきながら身を乗り出すと、先程までより大きな声で質問してきた。


「はい、読めますよ。あの距離ならあってないようなものですね。

 僕たち龍種の種族特性に視力の良さがありますから」


「いやいや、そうでなくても逆光だったろう!?」


 被せるように質問を返してきたカロムネスさん。


「そんなに逆光って見えにくいですかね?」


 それを聞いて、その体勢のままがっくりと項垂うなだれたカロムネスさん。


「一旦修行のことは忘れてゆっくりしてもらおうという私の配慮は何のために……。

 いやまぁ知ったのが早くて助かったと思おうか……。

 あー、えー、気を取り直して、聞きたいことに答えよう。

 ――まずは修行のこと以外で、だからね!!」


 目をキラキラと輝かせて先程の続きを催促しようとすると、思いっ切り釘を刺されてしまった。

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お題「魔法使いのアルバイト」 🍳きみろん🀄 @Kimiron

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