第6話 「蓬莱山の宝の枝」前編

旅の資金も貯まり、ついに蓬莱山に向け旅立つ時が来た。

場所は都紀ノ國屋の主人が教えてくれたが、登るにはとても険しい山らしい。

餞別にと、お守りと熊よけの鈴を持たせてくれた。

熊が出るのか……。

奏絵ちゃんは、店の入り口からこちらを眺めて、袖で目尻を押さえている。

えっ、そんなに危険なの……?


旅の荷物をサイドカーに乗せ、KAGUYAを後ろに乗せ、僕はアクセルを回した。



---


ここは政枝まさえだ地方。

政枝は政前まさまえ/政中まさちゅう/政後まさごの三つの地方からなっている。

政前は蓬莱山をはじめとした山岳地帯、政中は大きな湖と中央都市、政後は農村地帯だ。


蓬莱山の麓までは街道が整備されている。

僕らは麓の茶屋で一服し、情報収集することにした。


この茶屋の名物は、あの「名前を言ってはいけない饅頭」だ。

美味い。

ほんのり甘い生地、中のあんこは少しゆるく煮てあり、最高にお茶に合う。

玉露に最適だ。


いや、その情報じゃなかった。


蓬莱山は観光名所となっているが、神聖なものとされ、みんな麓から眺めるだけで分け入る人は少ないそうだ。

山頂までの道のりはとても険しく、死者が出ることもあるらしい。

山頂付近には廃寺があり、そこに徐福じょふくと言う名の大男が宝を守っているという。

なんでも、何百年もそこにいるという噂であり、麓に住む人たちからとても恐れられている。


僕らはその茶屋にバイクを停めさせてもらい、山に分け入ることにした。



---


頂上付近にたどり着くと、見るからに何か出そうな廃寺があり、その入り口に大男が座っていた。

立ったら二メートルはあるだろう。丸太のような腕、荒い息づかい。薄暗がりのせいで、最初は本気で熊が仁王立ちしているのかと思った。


「あなたが徐福さんですか?」

僕は恐る恐る尋ねた。


「ああ、そうだが、お人形さんを連れた若造が何の用だ?」

彼はギョロッとした大きな目を僕に向けた。


お人形とは何だと言いかけたところで、

KAGUYAが僕の前に一歩踏み出し、こう答えた。


「わたしはお人形なんかじゃない。からくり人形だ」


えっ、そっち?

一瞬だけ、徐福の目線が僕に流れた。なんでこっちを見る。

KAGUYAは僕の方を振り返って、同意を求めるように頷く。

僕は仕方なく親指を立てて応えた。


「そうか、それは悪かったな。では改めて、からくりのお嬢さん、一体何の用だ?」


「蓬莱山の宝の枝を譲ってもらえませんか? 私にはそれが必要なんです」

KAGUYAが素直に答える。


「ハハハ。正直者だな。そうやって今まで何人もの旅人が宝物を求めてやって来た。永遠の再生という伝承に目がくらんでな……。ククク……その度に……送ってやったがな」


僕は思わず息を飲んで尋ねた。


「送るとは……一体何処へ……」


「フフフ……分かるだろう?」

「家まで安全に送り届けたんだよ。帰りの山道は危険だからな。熊が出るかもしれん」


えっ、優しい……。

不気味に笑ってはいるが、その目つきだけは本気で心配そうだった。

実は良い奴なのでは?


「とにかく、オレとバトルだ。お嬢さん、見たところ格闘タイプのようだな」

そう言うと、前屈立ちの構えでKAGUYAに対峙する。


ヤバい。相当強そうだ……。


「おや、きぐうだねぇー、くしくもオナジカマエ」

同じく前屈立ちの構えを見せるKAGUYA。


おまえ、一体どこでそんな高度なギャグを……。

しかし、棒読み……。


徐福は一瞬驚いたような顔をしたが、気を取り直すと両腕の着物の袖を引きちぎり、二の腕を見せて威嚇してきた。

太く鍛えられた腕に鉄の鎧で武装している。


そして、傍にある巨大な岩を粉々に砕いてみせた。


KAGUYAは前屈立ちの構えのまま、大きく息を吐く。

「ふーっ」


やる気だ。

格闘タイプと言われてすっかりその気になっている。


「わたしも負けない!」

そう言うと、おもむろに着物を脱ごうとする。


『待て、待て、待てーい』


慌てて止めに入る徐福と僕。

なぜ脱ぐ?


「えっ? 格闘家って脱ぐんじゃないんですか? 脱いだ方が動きやすいし」


「いや、それはアレだ。そういう人もいるかも知れないが、さすがに……ほら、色々まずいだろう。な? あの、コンプラ的に……」


KAGUYAは少し首を傾げて言った。

「ちょっと何言ってるか分かりません」


分かってくれよ。


そのやり取りを徐福は静かに待ってくれていた。

さっきは一緒に止めに入ってくれたし、ほんとに優しいやつだ。


僕とKAGUYAが待っている徐福に気づくと、続きを始めてくれた。


「で、では、気を取り直して……。オレは見ての通りパワータイプだ。岩をも粉砕するわが鉄拳を受けてみよ」


徐福は一気に間合いを詰め、体重を乗せた一撃を繰り出す。

気持ちの切り替えが早い。


しかし、KAGUYAはそれを華麗にジャンプでかわす。

すごい、思い込みとは恐ろしい。


徐福は一瞬渋い顔をしたが、KAGUYAの行方を目で追うと、ゆっくりと向きを変えた。


「フッ、なかなかやるじゃないか。しかし、オレをただのパワータイプと思っているだろう。甘いな。オレは飛ぶこともできるのだ」


そう言うと、徐福はマントを脱いだ。

背中にプロペラ。何かダサい。


ん?……あの羽根の形は……。

奴は……空力が分かっていない。


「あっ、竹とんぼ」

KAGUYAが余計なことを言う。


「竹とんぼとは何だ!」

激昂し大きくジャンプする徐福。


高さは二メートルほど。

プロペラは右回転している。


「やばいです。奥菜さん。上を取られたら」

慌てるKAGUYA。


しかし、僕は冷静だ。

「いや、飛べない。二時の方向、三メートルの位置に墜落する。岩の横だ。そこを狙え!」


「はい! キュイーーン!」

そう叫びながらKAGUYAがダッシュした。


……自分で言うんだ。ノリが良いな。


案の定、体勢を崩し予言した位置に墜落する徐福。

そこ目掛けてKAGUYAのローリングソバットが火を噴く。


「くらえ〜。KAGUYAローリングキーーック!! ドガァァン!」


咄嗟にガードをする徐福。

そのガードを越え、KAGUYAの右踵が徐福の首元に刺さる。


「ぐあ〜。まさか、そんな」


徐福、戦闘不能。

勝者、KAGUYA。


「勝てました! 奥菜さん」

喜ぶKAGUYA。

徐福の巨体が完全に倒れたのを確認してから、僕は深く息を吐いた。

「よくやったぞ。KAGUYA」


「やった、奥菜さんの役に立てた……」

KAGUYAは満足そうにつぶやいた。


ギリギリの戦いだった。

お前も強かったぞ、徐福。


――しかし、KAGUYAが服を直していたとき、右肩に何か痣のような影が見えたような。

気のせいかもしれないが。

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